魔法使い達の戦い

「どれだけ湧いてくるの、こいつら」

 地上に残った私達はひたすらゴーレムを相手に戦い続けていた。すでに数十体はバラバラにしているのに、まるで減った気がしない。

「エリザさんもいなくなってますし、このままだとまずいかもしれません」

 リードが斧を手に戦いながら答える。初めは武器を生み出して相手にぶつけるところまで、全て魔法でやっていた。だがあまりにも数が多すぎるので出来る限り魔力を温存することにしたのだ。

 手で扱っても魔法で作った武器の切れ味は変わらないし、師匠のサポートがあれば大怪我は免れられる。

「大丈夫。エリザが向こうに行ったなら終わりが近いってことよ」

 師匠は微塵も焦りを見せずに敵の攻撃を躱し続ける。自分は最小限の動きだけでゴーレムの拳や蹴りを避けつつ、私達の状況を確認して魔法の盾を作り出す。壁ではこちらの攻撃も遮ってしまうからと、一瞬のうちに私達の身を守るために盾の最適な大きさまで判断しているのだ。

 私には到底真似できない芸当だった。頼もしさとともに悔しさも感じる。それでも今は自分に出来ることを一つずつやるしかない。悔しさを力に変えて目の前にいるゴーレムの頭を斧で力一杯殴る。

「って、あれ?」

 ゴーレムは斧が当たる前に崩れだした。全力で空振った私はよろけて尻餅をつく。自分でもはっきり分かるほど隙だらけになった私は慌てて周りを見渡した。

 この場に立っているのは私達三人だけになっていた。

「どうなってるの? リード、何かしたの?」

「僕じゃないです。力を失って崩れたように見えましたが。しかも、残っていたゴーレムが全て一気に」

「まだ気を抜いたらだめよー」

 二人で首を傾げていると少し離れたところから師匠が注意する。

「これで終わりか、もしくはここからが本番だからね」

「本番、ってことは……」

 悪魔が本気を出した、ということか。

 思わず塔を見上げる。向こうはどうなっているのか。エリザさんがいるから大丈夫だとは思うけど。

 塔は変わらず高くそびえ立っている。にも関わらずなぜか最初の印象より低く感じた。その違和感の原因は、最上部の窓から、さらに上へ延びる黒い靄のせいだった。夜空に紛れて気づかなかったが、月明かりを阻む高さまで上がった巨大なそれは、人間の姿に一本の角を生やしたような不格好な形を作っていた。

 まだこの目で見ていなかった私でも分かる。

 あれが悪魔だ。


 あまりの超展開に私の頭は一時停止していた。

「ルカ、ぼーっとしない」

「あ、はい!」

 エリザさんに言われて意識を取り戻す。

 ついさっきまではエリザさんが来て、悪魔が悔しそうにしていて、もう勝った気分だったのに。急に外に逃げたかと思ったら巨大化して戦闘態勢に入っているなんてほとんど詐欺じゃないか。

 でも。ここでなんとかしないと。初めてここまで追い詰められた悪魔が、私達を放っておくはずがない。今戦って倒すか、この先命を狙われ続けるかのどちらかだ。

「エリザさん、何か作戦とか……」

 戦う決意をしても、怖いものは怖い。ゴーレムや以前戦った魚の魔物の比ではない。今立っているこの塔と比べても遜色ないくらいの大きさだ。身体を乗っ取られる心配は無くなったけど、それ以上に手がつけられない相手になっている。

 エリザさんはあの悪魔をなんとかする方法をずっと調べていたのだから、何か考えがあるに違いない。

「ないわ」

「え?」

「だから、作戦なんてないわよ。私が調べたのは悪魔に取り憑かれない方法と倒し方だけ」

「こいつが出たとこ勝負の力押ししか出来ねえのはとっくに分かってんだろ」

 最強故の悲しい現実があった。たしかにエリザさんならほとんどの敵を力で捻じ伏せられるだろうけど、あの化け物のような悪魔もそれでなんとかしようというのか。

「大丈夫よ。向こうもかなり頭に血が昇っているようだし、もう下手な小細工はない。それに、下を見てみなさい」

 悪魔の靄がかかっていない窓から下を覗き込む。地上との距離がありすぎて細部は分からないが、三人の人影を見つけることが出来た。周りに落ちている岩の塊はどれも活動を停止している。

「ゴーレムに魔力を割く余裕もないみたいね」

 その言葉でやっと気づいた。悪魔にとっても最後の力を振り絞った、全力の抵抗なんだ。もうあと一歩なんだ。あと少しで、この戦いを終わらせることが出来る。

 あーちゃんも、リードも、フレイさんもいる。

 悪魔を退治するのにたった五人というのは少ないのかもしれない。それでも、この五人ならきっと勝てる。そう思えた。

「ルカ、やれるわね?」

「はい!」

 杖をしっかり握りしめて返事をする。エリザさんは満足そうに笑った。

「それなら、あなたはあなたのやり方でやりなさい。サポートはレイヴンとフレイがなんとかするわ」

「俺かよ」

 こんな時でもレイヴンは律儀に突っ込みを入れる。エリザさんはそれさえも笑って答えた。

「私も、私のやり方でやるわ」


 橙色の壁を足場にして、悪魔の待つ空へ飛び立つ。

「来たわね。人間どもが」

 悪魔が私に気づいて怒りを露わにする。それだけで肌を刺すような威圧感を受ける。

「爽快だな! びびってんじゃねえぞ!」

「だ、大丈夫!」

 肩に乗ったガーディは風を切って飛ぶ感覚に高揚していて、恐怖や焦燥を微塵も感じていない。私もこんなに単純だったらどれだけ良かったか。

 悪魔が巨大な右手を私に伸ばす。もはや魔法も小細工もない。大きさと力だけで私をつぶそうとしている。実際、私を倒すにはそれでも十分すぎるくらいだ。

「ちっ、切り裂いてやる」

「待って。まだだよ」

 攻撃しようと腕を上げたガーディを止める。悪魔の手が私に迫る。

「あらあら。信頼されちゃってるわね」

 私の前に魔法の壁が現れた。悪魔の手はそれにぶつかって止まる。フレイさんが守ってくれたのだ。

「やああああーーーーーー!!」

「はああああーーーーーー!!」

 あーちゃんとリードが伸びきった腕の左右に現れ、手にした大剣を振り下ろす。

 二人の剣に切り落とされた右腕はそのまま地上まで落ちていった。

「っ、あああぁぁぁぁぁ! 餓鬼どもが、よくも!」

 悪魔が悲痛な叫び声を出す。二人は追撃を受ける前に転移で地上に戻った。下にはフレイさんがいるから安全だ。

 悪魔がそちらに気を取られている隙に私は悪魔の顔をめがけて突き進む。

「ガーディ、お願い」

「やっと出番かよ」

 悪魔の顔を狙って爪から斬撃を放つ。だがあと少しのところで首を捻って躱された。私も火の弾を撃って攻撃する。私なんかの魔法じゃ効かないかもしれないけど、撃ち続けて邪魔をするくらいは出来る。

 地上に戻った二人もたぶん同じ考えで魔法を撃っている。防御はフレイさんとレイヴンに任せればいいとエリザさんも言っていた。私のやり方でやればいい、とも。

 だから私も、私に出来ることを精一杯やるだけだ。

 杖に魔力を込めて、魔法の壁をつくり出す。自分の前ではない。悪魔の頭上にだ。それをそのまま落下させる。攻撃魔法じゃなくても、それなりの大きさと質量でぶつければいい。

「邪魔だ!」

 悪魔は上を向いて、口から魔力を放つ。あまりの威力に、壁は一瞬で破壊された。

「ルカ、今のでいい。頭を狙え」

「どうして?」

「悪魔の魔力の源は角だ。一本壊された時点で、奴は魔力の制御が甘くなってる。もう一本を壊せば終いだ」

 悪魔のガーディが言うならその通りなんだろう。思えば、さっき壁を壊したときも威力が強すぎるように感じる。私の防御魔法を破るだけならそこまでの威力は必要ないし、それを見極められないとは思えない。

「分かった!」

 杖から火を撃ちながら、上空に壁を出す。さらに地上にいる二人も転移で移動しながら攻撃を続ける。

「小賢しいわ!!」

 悪魔も左腕を振り回し、口から魔力を出して私達を狙う。

「レイヴン、ルカちゃんはお願いねー」

「ぶんぶん飛び回りやがって。守る方のことも考えろってんだ」

 レイヴンが文句を言いながらも的確に防御魔法を繰り出して私に攻撃が当たらないようにしてくれている。

 状況は私達が押している。誰も倒されてはいないし、たくさん撃った魔法のいくつかは当たっている。

 でも角だけはしっかり守っていて、ほとんどダメージは与えられていない。今のところ、戦果としては右腕一本だ。

 やっぱり攻撃の要はエリザさんしかいない。

「待たせたわね」

「エリザァァァァァァ!!」

 今まで塔の中から姿を見せなかったエリザさんが悪魔の眼前に現れた。悪魔は今まで戦っていた私達には目もくれず、エリザさんに狙いを定めた。

「仕込みは済んだ。もう終わりよ」

 エリザさんが杖を振る。

 その直後に、悪魔の身体が爆発した。まずは腹から一発。次に膝の辺りからもう一発。その後も何度も爆発を起こして、悪魔の身体が爆煙に包まれた。

 一瞬の沈黙が訪れる。

「すごい……」

 思わず呟いていた。私達の攻撃とは比べものにならない威力と数だ。

「レイヴン」

「舐めるなあ!」

 爆煙の中から、悪魔の左腕がエリザさんに向かって伸びる。だがエリザさんは一歩も動かない。レイヴンが出した防御魔法の壁で防いでいたのだ。

「終わりって言ったでしょう」

 エリザさんが再び杖を振ると、防いだ左腕から鎖が現れた。鎖は腕に巻きつきながら伸びていき、胴体に達する。

 腕と胴が離れないように縛り、そこからさらに両足に巻きついて締め上げる。

「ああああああぁぁぁぁぁっ!!」

 もはや言葉も出ないほどに激昂した悪魔は、口に魔力を溜める。手足を封じられた以上、悪魔の攻撃手段はそれだけだった。

「それを待ってたわ」

 エリザさんがそう言うと、胴体から顔に鎖が伸びた。何重にも悪魔の顔を覆うように広がった鎖は、何かに引っ張られたかのように一気に顔を締めつけた。

 魔力を溜め込んで大きく開けていた口が力づくで閉じられる。行き場を失った魔力が、悪魔の口内で破裂した。

「っ!!」

 閉じられた口から息が漏れた。エリザさんはそれを見逃さずに私に声をかけた。

「今よ! 角を落としなさい!」

「はい!!」

 私は一直線に角の方へ飛ぶ。ガーディは斬撃を、私は火の弾を撃つ。何度も、何発も撃ち続けて、ようやく亀裂が入る。もう一押しだ。

「やああああーーーーーー!!」

 私とガーディが、それぞれ最後の一撃を放った。

 ガーディの斬撃が正確に角の亀裂に決まる。角の上部に私が飛ばした魔法の壁がぶつかる。

 大きな亀裂が入った角は、壁の質量を受け止めきれずに、真っ二つに折れた。

 私達の勝利だ。


 角を失った悪魔の身体は、少しずつ消えていった。

 安心した私は、全身の力が抜けるのを感じた。次の瞬間、私の身体は地面に向かって落下し始めた。

 集中が切れたせいで、足場にしていた魔法の壁が無くなったのだ。

「きゃーーーーーー!」

 地面がみるみる迫ってくる光景に、慌てて壁を出そうと杖を振るが、もう魔力が残っていなかった。

「ルカ!?」

「くっそ、間に合わねえ!」

 エリザさんとレイヴンが私に気づいた時にはもう遅かった。地上では三人がなんとか私を受け止めようと身構えている。でも塔より高いところから落ちてきた私を受け止めたら怪我では済まない。

 恐怖のあまり目を瞑る。その時、ふわっと誰かに抱きしめられた。

「もう大丈夫」

 驚いて目を開けると、私は地上に戻ってきていた。でも痛みも衝撃もない。落ちて地面に打ちつけられたわけではないようだ。助けてくれたのは誰だろう。まだ私を抱きしめている人を見る。

「ミラさん……!」

 助けてくれたのは、悪魔が抜けてから意識を失っていたミラさんだった。落ちていく私にいち早く気づいて、転移させてくれたのだ。

「ありがとね、ルカちゃん。本当に、ありがとう……」

「そんな、助けてもらったのは私の方ですよ。ありがとうございました」

 ミラさんが涙を流して私にお礼を言う。やっと悪魔のいない身体に戻れて、感情が抑えられないみたいだ。

「あー、疲れた」

「やれやれ。やっと終わったな」

 エリザさんとレイヴンがそばに現れる。フレイさん達も近くで私とミラさんを見守っていた。

「あれ、エリザ。何持ってるの?」

「それって、もしかして……」

 エリザさんが右手に持っていたものを見せる。

 それは生まれたての赤子くらいの大きさで、頭には角の跡があった。

「あの悪魔の正体よ。あの靄はこいつが魔力で作り出したもの。自分の身体とリンクさせてたみたいね」

「じゃあ、こいつが師匠を……」

 ミラさんの顔が険しくなる。悪魔は意識を失っているが、まだ息がある。ガーディの言うとおりなら角が折れた以上魔法を使うことはできないはず。だけどそれで許して良いのか。

「ミラ、どうする? まだ生きてるけど」

「……協会に任せます。それでいいですか?」

 エリザさんはふっと笑って悪魔をリードに投げる。リードはそれをしっかりと受け取って答えた。

「では、私が責任を持って協会本部に連行します。皆さんにも後日、改めて協会に来て頂くことになると思います。悪魔との戦闘経験がある魔法使いはほとんどいませんから」

 それだけ伝えて、リードは先に転移でその場を離れた。

「私達も帰るわよ」

 エリザさんの言葉に、皆が転移を始める。私は以前と同じようにエリザさんに掴まって一緒に飛んだ。

 やっと私達の戦いが終わったのだ。

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