すれ違い

 訓練を始めて数日。

 少しずつ上達した私達は、ついにミラさんから一本取ることが出来た。

「それなりに良くなってきたんじゃないかしら」

「あーちゃんが攻撃、ルカちゃんが防御、リード君がサポート。役割がはっきりしてるから連携もやりやすそうねえ」

 今日はフレイさんも様子を見に来ていてエリザさんと一緒に講評をしている。

 結局、一番初めの訓練で行なった連携を元にして、臨機応変に戦う形に落ち着いた。何度か違う形も試したが、私の攻撃ではミラさんを倒しきれず、リードとあーちゃんでは防ぎきれなかった。私達のことを知っている人相手なら奇襲になるけど、それ以外だとそれぞれの得意分野を捨てるだけだと言われ、不採用になった。

「あーあ、思ったより早く負けちゃった」

「三人がかりでやっとですけど」

 残念そうなミラさんにあーちゃんが悔しそうに呟く。

 まだまだ一対一では勝負にならないので、一人倒されると一気に総崩れになる。最終的にはそれぞれが一人で戦えるくらいにならないと。

「そこまで頑張らなくてもいいんだけどねー。魔法使いの仕事も荒事ばかりじゃないのよ」

「でも師匠なら一人でも戦えますよね」

 フレイさんはエリザさんに並ぶ強者として協会でも特別視されているらしい。私は協会の人なんてリードしか会ったことがないので実感が湧かないけど、あーちゃんは何度か協会本部に行ったことがあるらしい。多くの魔法使いを見ている分、自分も早く一人前になろうと焦っているのかもしれない。

「じゃあもう少し練習しましょうか。見ててあげる」

「よろしくお願いします!」

 二人が練習を始めようとするとエリザさんからストップがかかった。

「フレイ、悪いけど後にして。こっちの仕事が先よ」

「あらら。そうだったわねー」

 ごめんねー、と謝りながらフレイさんとエリザさんはどこかに転移していった。

 この数日、ほぼ毎日同じようなことがあった。いつもはフレイさんと一緒に行動したがらないエリザさんがフレイさんを連れてどこかに行ってしまうのだ。訓練は見てくれているし、夜には帰ってくるけど、それ以外の時間はほとんどいない。行き先も教えてはくれなかった。

「二人とも、どうしたんだろうね」

「何か大きな仕事じゃないかな。エリザさんが師匠と一緒にいるのはそれくらいしか思いつかないから」

「リードは何か知ってる?」

 この場で唯一協会の事情に詳しいリードに尋ねる。エリザさんへの依頼だったらリードを通しているはずだ。

「僕も詳しいことは聞いてないよ。アーシャさんの言うとおり、大仕事には違いないみたいだけど。そういう場合は協会も上層部の人が出てくるから僕まで話が降りてこないんだ」

 結局、よく分からないとのことだった。それならばと今度はミラさんの方を見る。

 でもミラさんも困ったように笑うだけだった。

「ごめん。私も聞いてない。というか、以前にエリザさんといたときもこんなことは無かったからね。でもまあ毎日ちゃんと帰ってくるから大丈夫じゃないかな」

 レイヴンも連れて行ってしまったので、これ以上聞く相手もいない。不思議に思いつつ、魔法の練習を続けることにした。


 日が暮れて練習を切り上げた後、私とミラさんはいつも通り夕飯の支度をしていた。

「はあ、また無駄に平和だなあ。つまんねえ」

「良いことでしょ。それよりお皿運ぶの手伝ってよ」

 暇そうにしているガーディに手伝わせて、テーブルに料理を並べる。

 ミラさんは使った調理器具を洗いながらその様子を見ていた。

「前から気になっていたけど、ガーディって悪魔、なのよね?」

「そうですよ。私も召喚して初めて見たときはびっくりしました」

「悪魔って、そんなに言うことを聞くものなの?」

「え、うーん……。あんまり聞いてくれてはいないですけど……」

 使い魔なのに自分勝手に行動するし、口は悪いし。気づいたら獣を狩ってくる。

 そんなことを思っているとガーディが吠えるように抗議した。

「はああ!? 今手伝ってやってんだろうが!」

「はいはい。ありがと」

 おざなりに礼を言ってなだめる。不満そうだけど、とりあえず静かにはなった。

「……こんな悪魔もいるんだ。使い魔として召喚されてるからなのかな」

 ミラさんが何か呟いている。悪魔について気になることがあるのだろうか。

 聞いてみようと思ったが、ちょうどエリザさんが帰ってきた。

「ただいま」

「あ、お帰りなさい。ちょうど夕飯出来たところです」

「そう、ありがと」

 そして三人で食事を始める。エリザさんは疲れているのか、ほとんど何も喋らなかった。ミラさんもそれに気づいていて、無言で食べる。

 エリザさんの仕事のこと。ミラさんのこと。聞きたいことがいろいろあったけど、結局何も聞けないままだった。


 食事を終えてすぐ、エリザさんは部屋に向かった。

「私はもう寝るわ。二人とも、夜は外出ないようにね。もうすぐ新月だから」

 と言っていたので、もう眠っているのだろう。

 居間には私とミラさん、それに使い魔のガーディとレイヴンがいる。

「新月だから、ってどういう意味なんですか?」

 暗くなってから外に出るのは危ない、というのは分かる。でもエリザさんはもうすぐ新月だからと言った。新月だと何か問題があるようだ。

「新月は魔物や悪魔が活発化するって言われてんだよ。月明かりがねえからやりたい放題なんだと」

「実際、暗いほど強くなる魔物とかもいるんだよ。だから気をつけてね」

 魔物や悪魔。隣にいる悪魔に目を向けてみる。暇そうに椅子に寝転んでいるこの悪魔も、凶暴になったりするのだろうか。ガーディが私の視線に気づく。言いたいことが分かったようで、聞く前に答えた。

「別に新月が来たってお前を襲ったりはしねえよ。使い魔じゃなけりゃ見境無く暴れるがな」

「あ、そっか。使い魔は魔法使いを攻撃できない」

「その通り。ちゃんと勉強してんだな」

 魔法文字の勉強用にとエリザさんが買ってくれた本に書いてあったことだ。最近は訓練優先であまり勉強時間を取れていないけど、一応勉強は続けている。

「すごいね。家事もして、魔法の勉強と練習もちゃんとこなすなんて。もう協会に登録できるんじゃないの?」

「エリザさんとリードにはたぶん大丈夫だろうって言われてます。でも登録すると今ほど自由に時間を使えないから、協会側から言われるまでは黙っといた方がいいって」

 後半はエリザさんの言葉だ。それを言われたとき、リードも傍にいたが聞こえないふりをしていた。協会のメンバーとしてもまだ許容範囲らしい。このくらいの我が儘を注意してエリザさんを敵に回したくはない、とこっそり言っていた。

「ああ、私も同じこと言われたなあ」

「お前は不満そうだったがな。そのせいであいつもご機嫌ななめで大変だったぜ」

「だって、自分では出来てるつもりだったのに、まだ半人前だって言われてるみたいだったもの。今思うとその通りだけどさ」

 昔のことを思い出してミラさんが口を尖らせる。でも今となっては良い思い出なのだと思う。少し頬が緩んでいた。

「でも、そっか。ルカちゃんももうほとんど一人前だもんね。今日は負けちゃったし」

「いや、あれは三人がかりでやっとですから」

 そもそも私が魔法を学んでいる理由は、興味があったから、身を守るためだから、というだけなのだ。人より上手くなりたいとか、強くなりたいという理由ではない。ましてや協会に認められるかどうかも、正直気にしていない。

 ミラさんはきっと、私よりも真面目で、常に上を見ているのだろう。

「それでも、まだ本気出してなかっただろ」

 突然ガーディが口を挟んだ。いつも外を勝手に駆け回っているので気にしていなかったが、今日の訓練は見ていたらしい。

「えー? ちゃんと本気だったよ」

「……ふーん」

 ミラさんの返答に納得していないような顔をしている。

 ガーディはなぜそう思ったのだろうか。後で部屋に戻ったら聞いてみよう。

 そう思っていたのに、遅くまでミラさんとレイヴンと話し込んでしまい、部屋に入ったらすぐベッドに横になって眠ってしまった。

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