戦闘訓練

「そこっ!」

「甘い!」

 ミラさんが横に跳んで槍を躱す。続けて飛来した氷は壁を出して防ぐ。

「ファイア」

 壁を消すタイミングを狙って私が火の魔法を放つ。ミラさんの胸のあたりをめがけて飛んでいった火の玉を、ミラさんが上半身を後ろに反らして躱した。

「これで終わりよ」

 ミラさんがそう呟いた瞬間、私達の足元から無数の刃が現れた。追いかけているうちにいつのまにか固まってしまったのだ。

「まだです!」

 三人ともそれを寸前で横に跳んで避ける。

 もう一度こちらの攻撃だ。

 あーちゃんが先陣を切って走り出す。その後ろをリードが追う。当然ミラさんはそれを黙ってみてはいない。正面から魔法で生み出した剣を飛ばしてきた。

「ウォール」

 私は後方から壁を出してそれを弾き落とす。進む二人の邪魔にならないように、防いでは消しての繰り返しだ。

「行きます!」

 あーちゃんが魔法を繰り出そうと杖を構える。ミラさんはすでに壁を出して正面の攻撃に備えている。

 だが次に魔法を使ったのはリードだった。突如ミラさんの背後にあーちゃんが現れる。走り込んでいた態勢のまま杖を振って矢を放った。これで勝った、と思ったらミラさんは身体を捻ってそれを躱し切った。

「そこまで!」

 エリザさんの声が響く。第一回の対人戦闘訓練が終わった。


 昨日エリザさんとミラさんの二人に訓練のお願いをして、早速今日から訓練が始まった。

 対人訓練といっても、エリザさん相手では三人がかりでも歯が立たないということで、ミラさんを相手に三人で戦い、エリザさんに講評をしてもらう、という形になった。

「なんで止めたか分かる人、挙手」

 私達を集めてエリザさんが質問する。師匠というより先生みたいだ。

 連携攻撃はミラさんに避けられたが、まだ誰もまともに攻撃されてはいない。正直ここで止められるとは思っていなかった。

 横を見るとリードだけが手を挙げていた。

「さすがにあんたは分かってるみたいね」

「まあ、自分のことですから」

 二人だけで会話を進められる。私とあーちゃん、ミラさんはそれを見て首を傾げていた。

「さっきの連携攻撃だけど、味方を転移させて相手の背後を取るのは良い発想よ。でもまだ甘い。もし相手が転移にも気づかず正面に攻撃していたら。あるいは勝てなくても一人くらいは倒そうと思っていたら。無防備になったリードは死んでたわね」

 言われてはっとした。以前の盗賊との戦いでも使った手だが、あの時はレイヴンに防御を任せたのだった。役割的に、今回は私が守らないといけない場面だったのだ。

「ごめん、リード」

「いや、打ち合わせしてなかったから仕方ないよ。ごめんね」

 たぶん二人も以前の戦いを意識していたのだろう。あーちゃんは突然転移させられても驚いていなかった。私だけ考えが足りなかったのだ。

「それから、ミラ」

「はい。な、何かだめでしたか……」

「少し手を抜いたでしょう」

 うっ、とミラさんが声を詰まらせる。全然攻撃が当たらなかったし、すごい動きだったのに、あれでも手を抜いていたのか。

「手を抜いたわけでは……。たしかに今のは防御重視でしたけど」

「もっと攻めてもいいのよ。遠慮してたら訓練にならないでしょう。相変わらずアクロバットはすごいけどね」

「そうですよ! どうやってるんですか。あの動き」

 流れに乗って聞いてみる。ミラさんはバク転や横跳び、上体反らしなど身体能力だけでほとんどの攻撃を躱していた。魔法で防ぐのは必要最小限だけという感じだった。

「いやー、あれは昔の名残というか。エリザさんに拾われる前の野良犬時代になんとなく身についたものだから、うまく教えられないの」

「初めて会った時も、身体能力だけで魔物と戦っていたような子よ。真似しないように」

 はーい、と声を揃えて頷く。ミラさんは照れたように頭を掻いて笑った。


 最後にエリザさんが、今日の訓練はここまで、と宣言して今は各々で適当に過ごしている。

 エリザさんとリードは何か難しい話をしているし、あーちゃんは一人で魔法の練習を始めた。私も練習しようかと思ったがミラさんが暇そうにしていたので話しかけてみた。

「付き合ってもらっちゃってすいません。迷惑じゃなかったですか?」

「ううん、大丈夫だよ。それより、ルカちゃん達すごいね。私が魔法を学び始めたときより上手でびっくりしちゃった」

「いやいや、びっくりしたのはこっちですよ。あんな動きするなんて思いませんでした」

 普段のミラさんはどちらかというと穏やかで、焦ると結構おっちょこちょいだったりする。とてもバク転するようには見えない。

「でも、ミラさんでも逃げ切れなかったなら、あの時の相手ってすごい強かったんですね」

「え、あー、うん。まあエリザさんとフレイさんにかかれば一瞬だったけど。私もまだまだだなー」

 少し困ったような反応だった。やっぱり敵に捕まった時のことはあまり考えたくないのだろう。余計なことを言ってしまった。

「ルカちゃん達の相手するのは私も練習になるし、エリザさんにもついでに見てもらえるから、私のことは気にしなくて大丈夫だよ。ほら、アーシャちゃんもまだ頑張ってるし、ルカちゃんも負けないで」

「はい。あーちゃんにももう負けないように頑張ります!」

 私はあーちゃんの下へ駆け出す。ミラさんは不思議そうな顔をしていた。そういえば以前一対一の勝負をしたことは言ってなかった。何のことか分からなかったかも。

 一度ミラさんの方を振り向くが、もうこちらを見ていなかった。エリザさんとリードが話していた方向を見ているが、二人はいつのまにか遠くまで行ったようで姿は見えなかった。

 まあいいか、と気持ちを切り替えて、私も練習を始めた。


「それで、もう調べはついたの?」

「まだ全てではありませんが、今も協会では調査を続けています」

 ルカ達の下を離れて、森の中でリードと話をする。この辺りは以前まで魔物や動物が多かったが、ルカがガーディを召喚してからよほど奥へ行かない限り姿を見なくなった。近場の魔物は狩り尽くしてしまったのだろう。

「ただ、分かったことが一つあります」

 リードに頼んでいたのはミラのことだ。ここを出た後のこと、今までに解決した依頼のことなど、なんでもいいから情報を寄越すようにと伝えてある。

「あの盗賊団の討伐隊に、ミラさんの名前はありませんでした」

 リードは少し溜めて、はっきりと口にした。ミラが私に嘘をついている、と。

 ミラがいろいろなことを隠しているのは分かっている。おおよその見当もついている。大丈夫。これはまだ想定内だ。

 本当に知るべきことは、もっと別のことだ。

「ミラの師匠のことを優先的に調べなさい」

「エリザさんは知っているのでは? ミラさんに弟子入りを勧めたんですよね」

「私が知っていることも、知らないことも。全て調べ直してって言ってるの。名前も、家も。死に様も」

 そうすれば、きっと敵の姿が見えてくるだろう。

 相手が誰であっても、私があの子達を守る。

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