魔法使いの師弟

「ルカ、お待たせ」

「おはよう。あーちゃん」

 町の入口で立っているとあーちゃんが現れた。後からリードも来る予定だ。

「珍しいね。ルカの方からお出かけに誘うなんて」

「いつも来てもらってばっかりだもんね。今度そっちにも遊びに行こうかな」

「師匠がいるからエリザさんが反対するかも」

 そんな話をしているうちにリードも合流した。何をするかは決めてなかったのでとりあえず喫茶店に入ることにした。

「今日は家事しなくて大丈夫なんですか?」

「うん。ミラさんがやるって。あと敬語はやめようよ」

「そうよ、仕事じゃないんだから。それに姿も戻してよ。年上みたいでなんかやだ」

 お店に入ってすぐ私達のブーイングを受けたリードはお手洗いに向かう。

 戻ってきたときには年相応の姿で服も着替えていた。大人用のスーツはさすがに合わなかったようだ。

「ミラさんとはうまくやってるの? 気まずかったりしない?」

「大丈夫だよ。なんで?」

「だってエリザさんの昔の弟子なんでしょ。ルカにとっては先輩みたいなものじゃない。魔法使いとしてもお世話係としても」

「お世話係って」

 その言い方だとエリザさんの方が子どもみたいだ。

「ルカさんとミラさんってなんとなく似てるし、ケンカとかしなさそう、というか出来なさそうだね」

「あー、それは分かるかも。ルカって怒ることあるの?」

「あるよ。最近はガーディに怒ってばっかり。今日はミラさんに任せてきちゃった」

 朝も夜も関係なく、フラフラと出歩いては獣を狩って返り血を浴びて帰ってくる。不良の弟ができたような気分だ。

「ガーディも私には反抗するけどミラさんにはそうでもないし」

「ミラさんが来てもう一週間経つからね。さすがに慣れたんでしょう」

「家族より親戚のお姉さんに懐くタイプなのね」

 あれからもう一週間が経過していた。ミラさんは今も家で一緒に過ごしている。

 洗濯は交代で、料理は一緒に。私が最近のことを話したり、ミラさんから昔の話を聞いたり。私の魔法の練習を見てくれることもある。

 エリザさんも口にはしないけど、今の三人の暮らしが嬉しくて楽しいに違いない。今まで以上に家にいることが多くなったし、よく話をするようになったと思う。

 今日、二人を誘って外に出た理由の一つは、エリザさんとミラさんを二人にしてあげるためだ。

 きっと二人とも、そんな気遣いはいらないと言うだろうけど、二人きりだから話せることもあるだろう。

「本当に良い子ねー」

 私の思いを聞いて、あーちゃんに頭を撫でられる。リードはそれを微笑ましそうに眺めている。同い年の二人といてもなぜか末っ子のような扱いだ。

「でも、今日誘ったのはもう一つ理由があるの。あーちゃん最近元気ないでしょ」

 一瞬驚いた顔をして、あーちゃんが手を引っ込めた。三日前にも家に遊びに来てくれたが、ぼーっとしていることが多かった。

 何かあったのか、話を聞くことが今日の目的だ。

「そんなに分かりやすかったかぁ。ごめん、心配かけて」

「いいの。それより何があったの?」

「この前の戦いのことを考えちゃって……」

 戦いというと、盗賊団の一人と戦ったときのことだろうか。口を開きかけたがリードに目で制された。ひとまず話を聞こう、と言われたようだった。

「自慢じゃなくて、魔法使いとしての実力はあの場で私が一番上だったと思う。だから私がしっかりしないといけなかったのに、何も出来なかった。リードが指示を出してくれて、最後はルカとガーディが決めてくれて。私は守られただけだった。人を傷つけるのが怖くなって、足を引っ張った」

「そんなことないよ! みんなで戦ったから勝てたんだよ」

「そうだね。アーシャさんの攻撃がなければ、相手にもっと余裕を与えていたと思う。それに人を傷つけたくないっていうのは当たり前のことだよ」

 私とリードが励ましてもあーちゃんの表情は暗いままだ。

 もっとうまく出来たはずという悔しさと、もっとうまくやらなきゃいけなかったという責任感で圧し潰されそうになっている。

 なんとかしてあげたくて、私は勢い任せに言った。

「じゃあ、皆で――」


 懐かしい家で、懐かしい人と二人きり。

 ルカちゃんはきっと気を遣ってくれたのだろう。それを察してレイヴンもガーディを連れて出て行った。

 そんなに気にしないでもいいのに。

「ミラ、なにをぼーっとしてるのよ」

「いやぁ、平和だなーと」

 本当はそんな場合じゃないのだけど、居心地が良くてつい何日も居座ってしまった。

 せっかくみんなが気を利かせてくれたのだから、今のうちにエリザさんにはちゃんとお別れを言っておこうかな。

 口を開きかけたところでエリザさんに先に話しかけられた。

「聞くの忘れてたけど、あんたの今の師匠はどうしてるの?」

「え、あぁ……。実は、亡くなりました。先月、悪魔退治の依頼のときに」

「そうだったの……。じゃあ今は一人で暮らしてるの?」

「そうですね。まあ家にいても気が滅入るので、協会からの依頼をやってばかりであまり帰っていませんけど」

 私がここを出て弟子入りしたのは、白髪の温和なお爺さんだ。師匠は弟子に恵まれない人だった。以前に育てた弟子は早くに亡くなったり怪我をして魔法使いを続けられなかったりしたらしい。

 私が弟子入りしたいと言ったときはとても喜んでいた。師匠も一人暮らしが長く、エリザさんとは違って大抵のことは自分でやってしまったので、私は空いた時間で魔法の練習に明け暮れた。困っている人を見過ごせない人で、協会から来た依頼は片っ端から受けていた。見かねた私も手伝ったり分担したりして、二人で仕事をこなすようになった。

 そんな折、悪魔退治の依頼が舞い込んできた。

 久々の大仕事だ、と師匠は笑った。師匠の笑顔を見たのはそれが最期だった。

「それなら、もう少しここにいてくれるかしら」

「え?」

 エリザさんが思いがけない言葉を発した。てっきり私は邪魔者だと思っていたのだけど。

「ルカも懐いてるみたいだし。ミラが嫌じゃなければ、だけど」

「ぜ、全然嫌じゃないです! でも、いいんですか?」

「何が?」

 エリザさんは不敵に笑う。きっとこの人は気づいているのだろう。普段は大雑把だし、あまり人の気持ちが分からなくて悶々としている様子も見てきたが、こういうことはさすがに鋭い。

「迷惑かけますよ」

 たとえ何もかもバレていたとしても、全てを話すことはできない。これが精一杯の私に言えることだ。それでもエリザさんは引かない。

「頼りなさいよ。私は今でも、あんたの師匠のつもりよ」

 ずるいなぁ。そんなことを言われたら断れないのに。

 泣きそうになって、返事ができなかった。なんとか落ち着かせて答えようとしたら、ちょうど家の扉が開いてルカちゃん達が帰ってきた。

「エリザさん、ミラさん! 私達を鍛えてください!」

 突然ルカちゃんが大きな声を出して頭を下げる。その後ろでアーシャちゃんとリード君もお願いします、と言っている。

「何よ、突然。ていうかアーシャはフレイに見てもらってないの?」

「いえ、師匠との練習も続けます。でもそれとは別で、対人訓練というか」

 そういえば三人も盗賊団の一人と戦ったと聞いている。その時に何かあったのだろうか。いや、そんなことより、私も呼ばれた?

「あの、私も教える側ってこと? 自分で言うのもなんだけど、敵に捕まっちゃうような奴だよ」

 私の横でエリザさんが噴き出しているが気にしない。三人は笑わずに真剣な顔をしているので私も堪える。エリザさんも咳払いしてから真面目な顔になって私にお願いする。

「相手してあげてくれるかしら。この子達も本気みたいだし」

「……分かりました。その代わり、もうしばらくお邪魔させてもらいますね」

 ルカちゃんの顔がぱっと明るくなる。エリザさんもこの顔に負けたのだろうか。

 今日にでも出て行くつもりだったのに。こうなってしまっては仕方ない。いつまで居られるか分からないけど、もう少しだけ付き合おう。

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