魔法使いの先輩

「あんなエリザさん、初めて見たわ」

 皆が帰ったあと、残された私とミラさんは話を続けていた。

「前はいつも余裕の表情で、魔法に関しては厳しくて。さっきはちょっと可愛かった」

「私もさっきみたいなのは初めてです。でも普段も可愛いですよ。朝起こすときとか」

 もう少しだけ、と言いながら目をこする子どもみたいな姿を見れるので、朝起こしに行くのは私の密かな楽しみだ。

「え? エリザさん、いつも自分で起きてこない?」

「はい。少なくとも私が来てからは一度も」

 てっきり昔からそうだと思って話したが、ミラさんは不思議そうにしている。

 二人して首を傾げて、レイヴンに答えを求める。

「ミラの時は、あいつなりに結構気合入れてたんだよ。弟子を取るのも初めてだったからな。舐められねえようにっつーか、幻滅されねえように。俺から見ればだいぶボロが出てたがな」

 そんなに気にしなくてもいいのに。私はエリザさんの大雑把な所や生活能力のない所も含めて好きだし、ミラさんもそうだと思う。弟子を持つといろいろ考えてしまうものなのだろうか。

「レイヴンは変わらないね」

「俺は良く見られようなんて思ってねえからな」

「でもレイヴンも優しいですよね。ガーディも見習ってほしいです」

「なんでそこで俺に飛び火すんだよ」

 ガーディが不満そうに反応する。

 和やかな空気でミラさんがいた頃の話を聞いてみた。魔法の練習はどんな感じだったか。家事は大変だったか。料理はどんなものを作っていたか。


「エリザさん、こういうの好きでしょうか? それに辛いのって作ったことないですし……」

「大丈夫、大丈夫。私が前に作ったときは全部食べてたよ」

 話の流れで今日の夕飯は一緒に作ることになり、台所に二人並んで料理を進める。

 ほとんど出来上がって家の中に良い匂いが立ちこめる。

 部屋までそれが届いたのか、呼びに行く前にエリザさんが出てきた。

「なんか懐かしい匂いね」

「ちょうど出来上がりましたよ」

 ミラさんが答えて鍋を運ぶ。私は取り皿と箸を持って席の前に並べた。

 今日のご飯はキムチ鍋だ。村では聞いたこともない料理だったけど味見してみたらすごく美味しかった。皆で鍋をつまむようなものは好きじゃないかと思って今までは遠慮していた。

「美味しいです。他にも教えてもらえますか? 私、あまりレパートリーないので」

「いいよ。また一緒に料理しよう」

「ルカのも美味しいけどね。まあいろいろ覚えてくれれば私も助かるわ」

 エリザさんの機嫌も完全に直ってくれたらしい。三人で会話をしながらゆっくりと食事を楽しんだ。


 食べ終わったあとで、エリザさんが真面目なトーンでミラさんを呼んだ。

「肝心なところをまだ聞いてないのだけど。そろそろ聞いていいかしら」

「なんですか?」

「どうしてあの塔にいたのか」

 エリザさんが簡潔に質問を投げる。

 いろいろなことがありすぎて忘れていたが、ミラさんは盗賊団の根城に一人でいた。その理由はまだ聞いていなかった。

「実は、私は協会から派遣された盗賊団の討伐隊のメンバーなんです。今の魔法の先生は、来た依頼を全部受ける人で、私も少しずつ一人で任されるようになってきまして」

「討伐隊は全員やられたんでしょう?」

「殺されたわけではないです。罠にかかったのは前衛部隊で、控えていた後衛部隊がすぐに転移で安全な場所まで避難させました。ただ……」

 ミラさんが言葉を切る。何か言いづらいことがあったのか。一人で捕まってたということは何かあったのだろうけど。

「私も後衛部隊だったんですが、その、少し出遅れてしまって。転移する前に集中砲火されまして……」

「え、大丈夫だったんですか!?」

「鈍くさいわねえ」

「で、でもちゃんと防御したんですよ! ほら、怪我もないですし! その甲斐あって仲間は避難できましたし!」

 エリザさんの呆れた顔にミラさんが反論する。後衛部隊だったなら動きを止める罠にはかかっていなかったのだろう。相手は初級魔法のみとはいえ防ぎきったのなら魔法は上手なのかもしれない。

「それでも捕まってたじゃない。逃げ切れなかったんでしょう?」

「うっ……」

 小さくうめき声をあげる。痛いところを突かれたらしい。

「だって私、転移苦手なんですよ……。追い回されて、防いだり逃げたりしながらじゃ出来なくて。結局捕まっちゃいました……」

 それで一人だけ塔にいたのか。でもすぐに救出できてよかった。身なりにおかしいところは無かったので丁重に扱われてはいたのだろうけど、一人残されてどれだけ心細かっただろうか。

「とにかく、お疲れさま。今日は、いや、しばらくはここにいなさい」

「いいんですか?」

「たまには休んだって罰当たんないわよ。部屋はないけどこれで我慢して」

 居間の隅にベッドが現れる。

 きっとエリザさんももう少し一緒にいたいのだ。勘違いしたままお別れしていたから、本当はずっと気にしていたはずだ。

 ミラさんがお礼を言うと、エリザさんはもう眠いからと部屋に引っ込んだ。照れていたのだろう。少し頬が赤かった。

 その日はそれで話を終えて、私も部屋に入って眠りについた。


 翌朝、私は静かに朝食の支度を始める。

 ミラさんは疲れがたまっていたのか、ぐっすり眠っていた。起こさないように気をつけてトーストとコーヒーの用意をする。出来ればもう少しちゃんとしたものを作りたい。昨日はミラさんが主体となって夕飯を作ったので、今度は私も良いところを見せよう。

 サラダとオムレツを作って綺麗に盛り付ける。これで少しは格好がつくかな。

 そろそろ二人を起こさないと。

 思いついたことがあって、先にミラさんを起こすことにした。

「ミラさん。おはようございます」

 声をかけて肩を揺するとすぐに目を開けた。エリザさんと違って寝起きが良い。

「おはよう。ルカちゃん。あ、良い匂いする。ご飯作ってくれたの?」

「はい。いつものことですから」

「ごめんね。お邪魔してるのに手伝えなくて」

 ミラさんが申し訳なさそうに笑う。

「いいんですよ。それより、今からエリザさんを起こしに行きますけど、一緒にどうですか?」

「あっ。本当に起こしてるんだ」

 昨日、エリザさんが見栄を張っていたことをレイヴンが暴露したのだが、まだ信じ切れていなかったようだ。ミラさんの中では完璧な女性だったのだろう。

 ミラさんを連れて、そっとエリザさんの部屋に入る。

「うわあ……」

 エリザさんはいつも通りぐっすりと眠っていた。いつもは下着姿で寝ているけど、今日はバスローブのようなものを身につけている。

 だが帯は外れてほとんど袖を通してあるだけの状態で、結局下着が見えていた。

 厳しくて優しくて強い。それはミラさんもよく知っていると思う。でも、可愛いところも知ってほしかった。

「寝顔、可愛いですよね」

「そうね」

 二人並んでベッドの横にしゃがみ込む。初めは意外そうな顔をしていたミラさんも笑顔になる。そのまましばらく寝顔を眺めていた。

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