魔法使いの過去
盗賊団の身柄を協会の人達に引き渡して、私達は家に戻った。みんな怪我はなく無事だ。
でも出発したときより一人増えていて、重苦しいわけではないがなんとなく気まずい空気が漂っていた。いつもは軽口を叩くレイヴンと騒ぎ立てるガーディも、もちろん私も、誰一人言葉を発せず、エリザさんがただ一言、
「帰るわよ」
と言っただけだった。
家に入るとエリザさんはいつもの席に座り、レイヴンは天井から吊り下げられた籠に入る。
残る椅子は二つ。私が普段使っているものと、あーちゃんやリードが来た時のために出したものだ。こんなに大勢が訪れることは無いので、今まではそれで十分だった。
どうしよう、とおろおろしていたらレイヴンが助け舟を出した。
「エリザ、とりあえず椅子出してやれよ。家の中じゃお前しか魔法使えねえんだから」
「……え、ああ。そうね」
今気づいたという様子でエリザさんが答える。
パッと人数分の椅子が現れた。ようやく安心して私は自分の席に着く。
だが皆が座ってからも沈黙が続いた。知っていること、知らないことはそれぞれだが、誰から話すべきか、誰に何を聞くべきか、困惑しているようだった。
「あ、私お茶淹れますね。ちょっと待っててください」
空気に耐えかねて台所へ移動する。といってもすぐ近く、居間から見える所なので気まずい空気は感じ続けていた。
自分を含めて六人分のお茶を用意して席に戻る。
皆がそれに口をつけたところでようやく会話が生まれた。
「ありがとう。あの、私、ミラって言います」
「あ、えっと、ルカです。よろしくお願いします」
塔から連れてきた女性はミラさんというらしい。その名前には思い当たることがあった。さすがにここまで連れてきて名前が同じだけ、ということはないだろう。
「……あれ、ミラさんって、亡くなったんじゃ」
「え。私死んだことになってるんですか!?」
ポツリと呟くとミラさんがびっくりして大声を出す。エリザさんが険しい顔で私を見る。そういえばエリザさんから直接話を聞いてはいなかった。噂を聞いたあーちゃんを見ると、視線の先にはフレイさんがいる。
エリザさんも私達の視線を追ってフレイさんにたどり着く。
「あー……、そんな風に聞こえたかもしれないわねー」
フレイさんは弟子に話したことを思い出して苦笑していた。
「あんた、本当に余計なことばっかりしてくれるわね……」
エリザさんの額に青筋が浮かぶ。声は抑えているが本気で怒っているようだ。さすがにフレイさんも言い返せずにいる。
見かねたレイヴンが再び言葉を発した。
「今までお前が黙ってたせい、てのもあるだろ。少なくともルカには何度か話す機会もあったのによ」
「話す必要がなかっただけよ」
「今は必要あるだろ」
今この場で唯一エリザさんと対等に話せるレイヴンに諭されて、やっとエリザさんが折れた。
「ミラは、昔拾った子よ」
「そんなペットみたいに……」
「でも本当にそうなんですよ。私、小さい頃に親に捨てられて、偶然エリザさんに会って拾ってもらったんです」
話が始まったらいきなり重い展開だった。私も親はいなかったけど捨てられたのではないし、村の人達に面倒を見てもらえていた。今の話しぶりだと、もっと過酷な生活だったのだろう。
「それで、家事をやってもらったり、少し魔法を教えたりしてたの。二年間くらいかしら」
「今のルカみてえなもんだな。あの頃はこいつももっと厳しかったが」
レイヴンが簡潔にまとめる。厳しいエリザさんはあまり想像が出来なかった。私にとっては少しだらしなくて、いつも優しい印象しかない。
「大変でした……。教えた魔法が出来るまでご飯抜きとか。まあ作るのは私なのでこっそり食べてましたけど」
「あんたも意外と図太いわよね……」
エリザさんが呆れて、ミラさんが誤魔化すように笑う。
やっと穏やかな雰囲気になってきた。昔はこの二人で、こんな風に過ごしてきたのかな。
「でもなんで今は一緒に暮らしてないんですか? それに、大怪我してそれっきり誰も知らない、なんて聞いたので、てっきり……」
私の質問を受けてまたエリザさんがフレイさんを睨む。そんなことを話したのか、と目が語っている。フレイさんはぬいぐるみで顔を隠した。私が変化させた烏と悪魔のぬいぐるみだ。外に置きっ放しで忘れていたのにいつのまに持ってきたのだろう。
「ちょっと、いろいろタイミングが悪かったのよ」
「大怪我したのは本当です。魔物退治の依頼を手伝おうと思って同行した時に、腕が折れちゃって。でもそれはすぐ直ったんですよ。ここを出たのは、別の魔法使いに弟子入りすることになったからです」
「怪我する前から、別の魔法使いに弟子入りした方がいいんじゃないかって話はしていたの。私が教えられるのは基礎以外だと攻撃系の魔法ばかりだし。ミラは別に戦い方を学びたいわけじゃなかったしね」
それでは、ほとんど誇張した話が噂になって広まってしまっただけということか。仲違いしたわけでもなく、怪我のせいでもない。ただ別々の道を歩いているだけで、二人は今でも信頼し合っている。
「それならそうと早く言ってくれればいいのにねえ。ね、ルカちゃん」
顔を隠したままフレイさんが言う。私に話しかけるように言っているけど、エリザさんに聞かせるためだろう。
たしかに今の話だと隠す必要もないし、以前フレイさんがミラさんの話題を振ったときの反応を考えると少し大袈裟とすら思う。
エリザさんは聞こえていたはずなのに無視して顔を背けている。それを見て、ミラさんが何か気づいたようだ。
「もしかして、厳しくしすぎて私が逃げ出した、と思ってますか?」
「正解」
答えたのはレイヴンだった。
「たしかに他の魔法使いに学ぶよう勧めたのはこいつだけどな。ミラが二つ返事で出て行ったもんだから落ち込んでたんだよ。本当はさっさと出て行きたかったんだ、自分は良い師匠じゃなかったんだ、てな」
「だ、だってその方がいいって言ってくれたじゃないですか!」
レイヴンの言葉にミラさんが抗議する。二人のやり取りを聞いて、ついにエリザさんも黙っていられなくなった。
「言ったわよ! 言ったけど、本当に出て行くとは思ってなかったのよ!」
顔を真っ赤にしてエリザさんが怒鳴る。
その言葉にミラさんはポカンとして、横で聞いていた私達はそれぞれ下や横を向いて笑いを堪えて震えていた。
「可愛い……」
堪えきれずにフレイさんが呟く。それは私達全員の気持ちの代弁だった。
恥ずかしさが限界を迎えたエリザさんは私とミラさん以外の全員を追い出して、しばらく部屋に籠ってしまった。
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