緊急事態

 景色が一瞬にして変わった。

 とはいえ転移した先も町の外れなので、家の近くとそんなに違うわけではない。

 変わったと思う原因は、目の前にそびえ立つ高い塔のせいだ。

「もう離して大丈夫よ」

 胴に腕を回してぴったりくっついていた私にエリザさんが声をかける。フレイさんがなぜか生温かい目で私達を見ていた。

「皆さん気づいていると思いますが、あれが件の塔です」

 リードが塔を指差す。かなり近くまで転移してきたが周囲には誰もいない。

「盗賊団って皆あの中にいるの?」

「そうですね。報告では塔の入口や外壁、周囲の地面に罠が仕掛けられていたそうです」

 仕事のスイッチが入ったリードは私に対しても敬語で答える。続けてエリザさんと情報共有を行う。

「人数は?」

「確認できているのは十人前後です。全員かどうかは分かりませんが、ほとんどは初級の攻撃魔法を使っていた、と」

「火や水を飛ばされたって防ぐなり躱すなり出来るでしょう?」

「普段ならそうですが、問題は周囲の罠の魔法の方です。触れた者の動きを止める効果があり、動けないところを塔の上から集中砲火されたそうです」

 塔には窓や外階段がついている。罠にかかるとそこから攻撃を浴びせられるということか。たしかに動けない相手なら防御魔法も使えないし狙いやすいので魔法の強さは関係ない。

 でも、そこまで大掛かりな罠の魔法を使える人がいるのだろうか。私も攻撃魔法以外の簡単な魔法はすぐ出来るようになったけど、何者かの接触を感知して動きを止めるさせる、というのは難しいと思う。

「それなら近づかなきゃいいのね」

「ええ。ですが出来る限り塔を壊さずにお願いします。元々は町の住人が使っていたものですので」

「また面倒なこったな」

「そうね。あんたの仕事が出来たわ」

 レイヴンがため息をつく。

 エリザさんの頭の中ではすでに攻略方法が浮かんでいるらしい。レイヴンとフレイを呼んで一言、二言だけ言葉を交わす。

 私とあーちゃんは離れて見ているように言いつけられた。リードもお目付け役として一緒だ。

「アーシャ、遠見は出来る?」

「はい。あまり遠くは無理ですけど」

「じゃあこれ持って。塔の中の様子を見ていて、何かあったら知らせなさい」

 エリザさんが水晶玉を渡す。あーちゃんが手をかざして念じると、塔の中の景色が映った。入口のすぐ裏側、人の気配はなかった。盗賊団は下の階層にはいないのかもしれない。

 私達が見守る中、三人の作戦が始まった。


 まずはレイヴンが塔の周りをぐるりと旋回する。戻ってきたらエリザさんに声をかけた。

「強化完了だ。これで塔そのものは壊れねえぜ」

「ありがと」

「次は私の番ねー」

 続いてフレイさんが杖を振る。防御魔法の壁が現れた。厚みはほとんどないが、横並びに次々と出現した。そして塔の周りを一周するとその上にまた一周、さらに上に一周と続く。瞬く間に増え続ける壁はついに塔の高さを超え、半球状に塔を囲んだ。

「はい、終わり」

「さすがに向こうも気づいたみたいね」

 塔の最上部付近の窓から数人の男が顔を出していた。一様に青いバンダナを頭に巻いている。盗賊団のトレードマークなのだろうか。

 そのうちの一人が火の玉を撃ち出す。だが塔の周りを囲む壁を破ることは出来なかった。

「本当に魔法使ってるね」

「でも遠くに出現させることは出来ないみたいね。壁の外、私達に直接火を飛ばして着たりはしないし」

 そういえばあーちゃんと勝負して負けた時の状況と似ている。あの時は私が四方を囲み、あーちゃんは杖の先から出した魔法を私の眼前に転移させて、私が負けたのだ。それと同じことが出来るなら向こうにもまだ攻撃手段があるということになる。

 だが盗賊団は私達の存在に気づいているのに、ただひたすら壁を壊そうと魔法を繰り出し続けていた。

「じゃあエリザ、やっちゃってー」

 フレイさんの言葉を受けて、エリザさんが目を瞑って集中する。そして目を開いて杖を振った瞬間、半球状の壁と塔の間に無数の武器が現れた。剣や槍、斧、矢が宙に浮かんでいる。

 それを見た盗賊団の男達は慌てて塔の中に引っ込んだ。武器はゆっくりと向きを変え、やがて全てが塔の方を向いた。

「行きなさい」

 浮かんでいた武器が塔に向かって飛んでいく。無数の武器はそれぞれ近くの窓を目指し、場所を取りあうようにして塔の中へ侵入した。盗賊団は慌てふためいているらしく、少し離れたところの地上にいるのに悲鳴が聞こえるほどだった。

「これで全員引っ込んだから、あとはトドメを……」

「待ってください!」

 追撃しようとしたエリザさんをあーちゃんの声が止めた。水晶で何か見つけたのだろうか。

「中に女の人がいます! 他の盗賊団とは全然違う格好で、普通に町の住人みたいな感じで」

「え、聞いてないわよ、そんなの!」

 エリザさんが再び杖を振る。武器をすべて消したのだろう。中の様子は分からないが悲鳴が聞こえなくなった。

 あーちゃんの横から水晶を覗くと、たしかに一人の女性が映っていた。見た目は二十代前半くらい。美人というより可愛い感じだけど、剣や槍に襲われたせいか非常にくたびれた表情をしている。盗賊団の仲間には見えない。

「仕方ないわね。大雑把に済ませるつもりだったけど、もう少し丁寧に行きますか」

「そうしましょう。子ども達に悲惨なものを見せたくないものね」

 二人の師匠が塔に向かって歩いていく。壁は一枚だけ消えて二人の通り道をつくる。レイヴンはいつのまにか私達のところに移動していた。

 無茶しないこと。レイヴンの傍を離れないこと。エリザさんの言いつけによって、私達は二人を追いかけることは出来なかった。


 三分ほど待っていると、それまで黙っていたガーディが口を開いた。

「敵だ」

「え?」

 私が聞き返している間に二人は杖を構える。同時に体に何か膜がついた感覚があった。レイヴンの魔法だ。

「プロテクション。前にもかけた魔法だ」

「ありがとうございます。ガーディ、敵って何人? 近くにいるの?」

「一人だ。まだ俺らには気づいてねえ。正面、来るぞ」

 塔の反対側、町の方から一人の男が現れた。例の青いバンダナを頭に巻いている。盗賊団の仲間だ。男は塔を囲む壁を見て眉をひそめた。

「お前ら何してやがる!?」

 誰も返事はしない。初めに動いたのはガーディだった。

 腕を振り抜いて三本の斬撃を飛ばす。男は右に飛び退いて直前で躱した。

「くそっ、外した!」

「お嬢、防御だ」

 レイヴンの指示で自分と男の間に壁を出す。男の方から飛んできた槍が壁にぶつかって消えた。一瞬遅れていたら間に合わなかった。

「ルカさん、防御に専念してください。アーシャさんは攻撃を」

 リードが場を仕切る。あーちゃんはすでに氷の飛礫を飛ばしているが男も壁を張って防ぐ。攻撃はガーディ含めて三人、防御は私とレイヴンの二人で分担して相手を追い詰める。だがあと一歩決めきれずにいた。逆に男は余裕がありそうにしている。

「ふん。魔法は使えるようだが、人間相手は初めてか」

「っ! うるさい!」

 激昂したあーちゃんが矢を放つ。すると男は自分の前に出していた壁を突然消した。矢は男の顔をめがけて飛ぶ。だが男は微動だにしない。このままでは直撃する。と思った瞬間、矢が消えた。

「おい! 当てらんねえなら下がってろ!」

 ガーディが吠えて斬撃を放つ。今度は防御魔法を使ってそれを防いだ。男は本気で当てるつもりの攻撃を見極めているのだ。

 単純な魔法の腕なら私達が勝っているが、戦闘経験の違いは明らかだった。レイヴンは攻撃は出来ないし、ガーディ以外は本気で相手を傷つける覚悟ができていなかった。

「ちっ、相手は一人だってのに。このままじゃ全滅もあるぞ」

 もはや攻撃はガーディ一人に任せきりだった。それもすべて防がれ、合間に放たれる反撃を私とレイヴンで防ぐ。

 どうしよう。どうすればいい。ぐるぐる思考をめぐらせながらひたすら防御を続ける。

 あーちゃんは戦意を失ってしまっている。男は反撃の度に狙う相手を変えてくるため、防御だけでも気が抜けない。

 考えていると、頭の中にガーディの声が響いた。

「おい、なんとかなんねえか。俺の攻撃が届きさえすりゃあ一発なんだが」

「でもガーディは警戒されてるから防がれちゃうよ。なんかまっすぐ飛ばす以外の魔法とかないの?」

「あったらやってる。お前が前にやったっていう飛び回るのは出来ねえのか」

「だめ。そうしたらあーちゃん達が狙われるよ」

 飛び回れば男の隙をついて攻撃できるかもしれない。でも飛び回る相手より止まっている相手を先に狙うだろう。結局守るためには私はこの位置を離れない方がいい。

 せめて一瞬だけ、一度だけでもガーディが男の隙をつければ。

 そう考えたら一つ案が閃いた。

「レイヴン、ちょっとだけ防御お願いします!」

「ああ!?」

 集中するために一度壁を引っ込める。レイヴンが慌てて新しい壁を作り出して攻撃を防ぐ。

 二度はばれるだろうけど一度だけならなんとかなる方法がある。

 魔力の流れを意識する。身体から杖に。杖からさらに先に。行きつく先はガーディだ。魔力が届いたことを確認して、盗賊団の男の方を見る。狙いは敵、のさらに後ろ。

「今だよ!」

「任せろ!」

 魔法を発動させる。隣にいたガーディが男の背後に転移した。そして一筋の斬撃が放たれる。

「ぐあっ!?」

 男はそれに直撃して倒れる。それっきり動くことはなかった。まさか、死んではいないだろうか。

「死んじゃいねえよ。必要ならやるが」

「い、いいよ! もう大丈夫だから」

 とどめを刺そうとするガーディを抑える。男は気を失っただけのようだ。ともかく、無事にみんなを守ることができた。

 でも、たった一人を相手に私達は満身創痍だった。

 リードは盗賊団のメンバーは確認しているだけで十人くらいだと言っていた。残りは全員塔の中か。

 エリザさんとフレイさんなら大丈夫だとは思うけど、本当に二人に任せていいのか。

「お嬢、余計なことは考えんなよ」

 不意にレイヴンから声をかけられる。

「お前らより、あっちの二人の方がよっぽど安全だ。助けに行きてえだろうが、むしろ邪魔になるからな」

「はい……」

 それでも不安は拭いきれず、私は高くそびえ立つ塔を見上げた。


「はあ、やっぱりこの程度か」

 階段を上りながら盗賊団を蹴散らす。

 ここまでに六人。残りは三人くらいか。

「面倒ねえ」

「癇癪起こして大爆発、とかはやめてねー。もう半分以上は昇ってきたんだから」

「分かってるわよ」

 それで済むならもうやっている。だから面倒だというのだ。

 話しているうちにまた敵が現れる。相手が魔法を放つよりも早く棍棒と縄を生み出し、殴りつけて縛り上げる。すべて魔法で行なっているので動作としては杖を向けるだけだが。

「ったく、いい加減……」

「イライラしないの」

 子どもをあやすような口調のフレイに余計苛立つ。

 転移で一気に最上階まで行くこともできるが、アーシャに女性の位置を聞き忘れていたので仕方なく下から順に上っていた。

 それもやっと終わりだ。階段を上り切り、ついに最上階に到達する。

 今までは階段の踊り場に一人ずつ敵が配置されていたが最上階はそれなりの広さがあった。

 敵は三人。左右と奥に一人ずつ。そして奥の敵の足元に顔を伏せてしゃがみ込んでいる女性が一人。結局、最初から最上階にくればよかったのか。私の苛立ちに気づくこともなく、奥の男が怒鳴り声をあげる。

「てめえら下の奴らをどうした!?」

「うるさいわね。生きてるわよ」

「そういう質問じゃないと思うけど」

 私達の態度が気に食わなかったらしく、三人の敵が同時に魔法を使用する。飛んでくるのは火、矢、剣の三種類。私が何かをするまでもなくそれらは消え去った。フレイが一人で同じ魔法を出してすべてを弾いたのだ。別に相殺させるだけなら同じものでなくてもいいのに、わざわざそんなことをするあたり性格が悪い。

 時間をかける意味もないし、さっさと終わらせよう。

 私が杖を振ると塔に突風が吹く。風は敵だけを狙って吹き上がり、男達を窓から放り出した。

「あらら。本当に雑ねえ」

「いいのよ。下にはレイヴンもいるし、適当に捕縛しといてくれるでしょ」

 途中の相手は捕縛してきたのだが、最上階で捕縛したら下まで運ぶのも面倒だろう。やるのは私ではなく協会の誰かに任せるつもりだけど、そのくらいは楽をさせてやろう。

 そんなことよりも女性の救助が優先だ。膝を抱えて震える女性に近づく。

「あなた、怪我はしてない? 奴らの仲間ってわけじゃないんでしょう?」

 私の声にぴくっと反応した女性が顔を上げる。

「エリザさん……?」

 女性は信じられないものを見たような顔で私の名前を呼ぶ。

 きっと、私も同じ表情をしていただろう。

「ミラ……!」

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