魔法使いの基礎

「今日から新しい魔法を教えるわ」

 いつも通りコーヒーを飲んで目を覚ましたエリザさんが宣言する。

 今までは攻撃系の火の魔法と防御系の壁の魔法しか教わっていない。それに昨日は使い魔の件で初めて魔法の練習をしなかった。だから今日になっていきなり新しい魔法に進むとは思わなかった。

「杖を変えて攻撃も出来るようになったし、ガーディがいればそこまで攻撃に拘る必要もないし。一度基本に戻るわよ」

「基本?」

「転移と変化よ」

 初めに聞いた説明を思い出す。魔法協会で学ぶ者はまず転移と変化の魔法を覚える。そのあとに攻撃と防御の魔法に進む。私の場合は身を守ることを第一に考えて攻撃と防御の魔法を先にしたのだ。

「なんかつまんなそうだな。ルカの修行の間、俺と勝負しようぜ、先輩」

「俺、完全にサンドバッグじゃねえか」

 ガーディがレイヴンに勝負を挑むがあっさり断られる。いつのまにかレイヴンを先輩と呼ぶようになっていた。ガーディも割と馴染んできたということだろうか。

 二人とも口調が荒いのでケンカしているようにも見えるが一応ガーディもレイヴンのことは尊重している。レイヴンも本気で怒ったりはしないし、エリザさんに勝負を挑まれるよりは安心だ。

「転移と変化って難しいんですか?」

「簡単よ。普通は最初に教わるくらいなんだから」

「家ごと引っ越しはすぐには無理だがな。まあ気長にやんな」

「はい! 頑張ります!」

 新しい魔法を覚えられる。また少し自分の中の世界が広がる気がしてワクワクする。

 早く練習を始めたい。熱いコーヒーに苦戦しながらいつもより早く朝食を済ませた。


 皿洗いと掃除を終えて外に出る。

 やっと練習開始、なのはいいのだが。

「ルカさん、転移と変化はまだ教わってなかったんですね」

「なのに攻撃と防御はやってるんだ」

「さすがエリザの弟子って感じよねー」

「うるさい。なんであんたまで来てんのよ」

「なんだ、こいつら。敵か」

「お前は黙ってろ」

 ずいぶんとギャラリーが増えていた。

 まず皿洗いをしている間にリードが来た。エリザさんに用事があったらしい。何か紙を渡していたのでまた依頼があったのだろう。

 続いて掃除をしていたらあーちゃんとフレイさんが現れた。あーちゃんは何度か来ていたが、フレイさんは以前の一件以来顔を出していなかった。話を聞くとエリザさん同様、協会から注意を受けて仕事に励んでいたらしい。

 エリザさんはフレイさんを見て露骨に嫌そうな顔をして無視を決め込んでいた。

 ガーディは暇だからとまた森をうろついて、ちょうど練習を始める少し前に戻ってきた。

 図らずも大勢が集まってしまい、初対面だったり仲が悪かったりで中々落ち着かない。

 しかもリード以外はみんな特に用があるわけではなく、リードの用事も終わったので私の練習を見ていこうという流れになっている。

「なんか、恥ずかしいんですけど……」

 大魔法使いが一人、修行中とはいえ私より魔法使い歴の長い友達が二人。見守られながら練習するのは一番初級の魔法。これがすごく難しい魔法の練習だったらまだ格好もつくのだけど。

「ほら、縮こまってないで始めるわよ」

 エリザさんに背中を押される。杖を持っておずおずと前に出た。でも具体的に何をすればいいのかはまだ聞いていないのでポツンと突っ立っている。

「せっかく集まってるんだし、少し手伝ってもらおうかしら。アーシャ、ちょっといい?」

「え、はい」

 突然呼ばれてあーちゃんが驚きつつ私とエリザさんの方へ来る。

「転移魔法は名前の通り自分やものを瞬時に移動させる魔法。移動というより座標を変えるイメージなのだけど」

「どう違うんですか?」

「実際にやってみるのが分かりやすいわ」

 そう言ってエリザさんが軽く杖を振る。すると私とあーちゃんの前に一つずつ熊のぬいぐるみが現れた。可愛いけど、魔力で作り出したのか元々持っていたものなのかが気になった。

「ルカ、物を移動させるのは出来るわね。アーシャは転移、ルカは移動でそれぞれのぬいぐるみをフレイのところまで持っていくこと」

 移動なら木材や魔法の壁でやったことがある。フレイさんまでの距離は十メートル程度。魔物との戦いで壁に乗って飛び回ったときの速さを考えれば一瞬のはずだ。これではあまり差が分からないのではないか。

「いいかしら。それじゃあ、はじめ」

 エリザさんの合図で私とあーちゃんが同時に杖を振る。

 魔法をかけられたぬいぐるみがフレイさんめがけて飛んでいく。届く、と思った瞬間突然ぬいぐるみとフレイさんの間に壁が現れた。

 ぬいぐるみは壁に激突してぼてっと落ちる。

「な、なんですかそれ!?」

「はい、ルカは失敗」

「あらあら。残念ねー」

 私の抗議は聞き入れられなかった。残念、と言っているがあの壁を出したのはフレイさんだ。エリザさんがこの形式を指示したときから意図が分かっていたのだろう。なんの合図も無かったのに絶妙なタイミングだった。

「それで、アーシャが転移させたぬいぐるみはあそこ」

 フレイさんが熊のぬいぐるみを抱きしめる。転移させたあーちゃんはその様子を少し恥ずかしそうに見ていた。

「つまり、転移だったら障害物を無視していける、ってことですか」

「そうよ。それが移動させる場合との一番大きな違い。それだけじゃなくて、転移だったら距離にかかわらず必要な魔力が一定なの」

「移動させる時は魔力を流し続けるから、遠くなるほど疲れやすいよ」

 エリザさんとあーちゃんが説明を続ける。だがそこで一つ、疑問が湧いた。

「……そもそも魔力ってどういうものなんですか?」

 私の言葉にみんなの表情が固まる。フレイさん、あーちゃん、リード、ガーディの四人は「えっ」という顔。エリザさんとレイヴンは「あっ」という顔だ。

「それ、説明してないの?」

「……してねえな」

「一番基礎ですよね……」

「というか、ルカさんはなんで知らずに魔法使えてるんですか」

「どっかおかしいんじゃねえの」

「なんか普通に使えてたから忘れてたわ……」

 口々に感想を述べる。魔法使いにとっては常識のような雰囲気だけど、知らないものは知らないのだから仕方ない。

「ルカ、魔法を使うときは何か意識してる?」

「うん。体の中の魔力の流れを意識して、杖の先に通すイメージ。ですよね」

 あーちゃんに聞かれてエリザさんに教わったことを繰り返す。エリザさんは無言で頷いた。師匠二人はあーちゃんに説明を任せるつもりで黙っている。

「じゃあ、その魔力はどこから出てきてる?」

「え、えーっと……。お腹の辺り、とか」

「まあ、間違ってはないけど。魔力は体力を変換して生成されてると言われてるの。だから普段出来てる魔法でも疲れてると失敗するし、しっかり休んだ後は疲れてるときより上手くいくの」

「じゃあ、使い過ぎたら無くなるの?」

「当たり前でしょ」

 当たり前、と言われても。無くなったことがないので分からない。たぶん使えるのが基本的な魔法ばかりだから無くなるほどではなかったのだろう。

「さて。説明はそのくらいにして、練習に入りましょうか」

 エリザさんが声をかける。同時に、地面に落ちていたぬいぐるみが私の前に飛んでくる。

 講義が終わり、練習が始まった。


 一時間ほど経過した頃、リードがどこかへ行った。エリザさんが言うには、協会から連絡がきたのだろう、とのこと。協会を運営するメンバーや協力者は特殊な魔法で連絡を取り合うことができるらしい。エリザさんやフレイさんは協会に所属してはいるが、あまり深い関わりではないので使えないそうだ。だからリードのような仲介役が必要だと聞いた。

「それにしても、本当に才能あるのね」

 練習を見ていたフレイさんが感想を漏らす。

 練習は順調だった。ぬいぐるみの転移は三回ほど失敗して無残な姿にしてしまったが、それ以降は上手く出来た。自分自身の転移にも成功し、そのまま変化の練習に入った。

 転移のコツは送る先を意識すること、変化のコツは変わった後の姿を意識すること。あとは必要な魔力を対象に流して発動すれば上手くいく、というのがエリザさんの教えだ。

 その教えを守ってイメージしやすいものを探した結果、二体のぬいぐるみは烏と悪魔の姿になった。

「私、ここまでに二日くらいかかったのに……」

 あーちゃんが悔しそうに呟く。

「あーちゃんも帰ったら修行しましょうか。このままだと追い越されちゃうよー」

「ま、まだ負けないです!」

 向こうの師弟が仲良く話している間も私は練習を続けた。

「ルカ、まだ自分を変化させるのはだめよ。下手したら戻れなくなるから」

「は、はい。でもエリザさん、前に私を雀にしましたよね」

「私はいいのよ」

 いいのか……。

 若干の理不尽さを感じていると、リードが戻ってきた。なんだか慌てているようだ。

「エリザさん、フレイさん。少しよろしいですか」

「はーい」

「どうしたのよ」

 二人の大魔法使いを呼ぶ。私とあーちゃんもただならぬ空気を感じて近くにいく。

「緊急の依頼です。ある盗賊団の討伐なんですが、すでに協会の魔法使いが数人やられているようです」

「あらー……」

「ただの盗賊が魔法使いを倒したの? そいつら魔物じゃないわよね」

「人間ですが魔法を使っているそうです。勿論、協会には登録されていません」

 なんだか大変な話になっていた。リードの顔も今まで見たことがないほど緊迫している。

「場所は?」

「二つ先の町の外れにある塔です。元は近くの町で管理していたものですが、数日前に突然現れた盗賊団に奪われ、根城にされてしまったらしく」

「それで依頼を受けて取り返しに行った協会の奴らもやられた、と」

「奴らのほとんどは初級魔法しか使えないそうですが、高度な罠を張っているようです。おそらく腕の立つ魔法使いが紛れているかと」

「了解。じゃあさっさと片づけますか。フレイ」

「そうねえ。これでこの前の件は許してもらえるかしら」

 二人は全く恐れていない様子で話し合う。ここまで一言も話に入れていない私達もここぞとばかりに口をはさむ。

「師匠。私も行きます」

「エリザさん、私も」

 二人は顔を見合わせる。一瞬だけ困った顔をしていたが、返事は前向きなものだった。

「無茶はしないこと。レイヴンの傍を離れないこと」

「私達で全部済ませるから、変に欲張っちゃだめよ」

 二人の言葉に頷く。目立ちたいわけではないし、邪魔するつもりもない。ただ待っているのは嫌だった。

 話がまとまったところで、それぞれ転移の準備をする。行き先を頭の中にイメージしているのだ。私以外は、だが。

「ルカは私にくっついてなさい。行ったことも見たこともない場所なんだから、転移は無理よ」

「はい。よろしくお願いします……」

 邪魔はしないと思っていたのに、いきなり足を引っ張ってしまった。

 あーちゃんは行ったことがあるのか、フレイさんには掴まらずに自分で魔法の準備をしている。

 レイヴンがエリザさんの肩に、ガーディが私の肩に乗る。他の三人とは対照的に、ここだけやたら密集していた。

「では、行きましょう」

 リードの合図で、私達はその場から消え去った。

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