杖の選び方

 二週間ほど勉強を続けて、やっと少しは魔法文字の読み書きが出来るようになってきた。

 あーちゃんはあの日以降も何度かやってきて私の勉強を見てくれたし、普段はエリザさんも教えてくれた。

「今日は買い物に付き合いなさい。たまには気分転換も必要よ」

 というエリザさんの一言で、一日だけ勉強はお休みになった。

 少しずつ出来るようになってもやっぱり勉強が肌に合わない私は喜んでお供することにしたのだった。


 引っ越した頃に比べて雪は減り、代わりに町を歩く人の数は増えていた。人混みの中、はぐれないようにエリザさんにぴったりくっついて歩く。

「今日は何を買うんですか?」

「それは着いてからのお楽しみ。いつもと違うところへ行くからちゃんと着いてきて」

 その言葉の通り、途中で行ったことのない裏路地へ入った。大通りとは違い、店も人も少ない。たまにすれ違う人はどこか遠くを見つめていたり何かに怯えていたり、皆様子がおかしい。

「あんまりきょろきょろしないの。堂々としてないと変な奴に絡まれるわよ」

 不思議な空気に圧倒されていたらエリザさんに注意される。周りを見ないように気をつけて数分歩くと目的地についた。

 そこは寂れた外見の店で、看板がなければ店とは分からないほどだ。その看板も魔法文字で書かれているため普通は何の店だか分からない。まだ勉強中の私はかろうじて『杖』、『営業中』という単語だけ理解できた。

「杖のお店ですか?」

「そうよ。いつまでも私のお下がりじゃ締まらないでしょう」

「え、私の杖ですか!?」

 今までずっと最初に渡された杖を使ってきた。エリザさんの杖の半分くらいの大きさで、宝石が一つついているものだ。

 これはこれで愛着があるけど、あくまで借り物という意識だった。

 ついに自分の杖を持つことが出来る。嬉しさを抱いて店に入った。


 店の中は外見以上に寂れていた。十畳ほどの空間の中、左右の棚や籠に所狭しと杖が並べられている。奥には机と椅子が一つあり、その後ろにはさらに奥へ続く通路が伸びている。

「お店の方いませんね……」

 店内には他の客もいないので私達二人だけ。これだけ商品を置いていながら不用心すぎるのではないか。

「また奥に引っ込んでるのね。シオン!」

「はーい。お客さん?」

 エリザさんが呼びかけると女の子の声が返ってくる。シオンというのはこの店の従業員だろうか。

 パタパタと足音が近づいてきて、通路から小さな女の子が現れた。白いワンピースを着た、十歳くらいの女の子だ。

「ああ、エリザさん。いらっしゃいませ! そちらの方は?」

「ルカよ。今日はこの子の杖を買いに来たの。ルカ、この子はシオン。子どもだけどこの店の店長よ」

「え、店長?」

 驚いて聞き返すとシオンはニッコリと微笑む。

「店長と言っても一人だからってだけですよ。ルカさんも今後ともご贔屓にお願いしまーす」

 最初はエリザさんのように見た目を若いまま止めているのかと思ったが、そういうわけではなく本当に私より年下の女の子らしい。

「それで、ルカさんの杖を新調とのことですが現在はどんな杖をお使いですか?」

「あ、これです」

 私は持っていた杖を差し出す。シオンはそれを受け取る。そして軽く振ったりしばらく眺めたりしながらブツブツ呟く。

「なるほど、防御系……。でもこの使い方なら……、そうすると……」

 私とエリザさんは何も言ってないのに、杖を見ただけでどんな魔法を使ってきたか分かっているようだ。

 むむむ、と少し悩み、右の棚に近づいていく。棚に並んだ杖を三つ取り出して奥の机に置いた。

「この中から選んでいただくのがいいかと思います。それぞれ特徴はありますが、あまり癖のないものを選びました」

「癖、ですか」

「杖にも性格があるんですよー。まあ性格といっても製作者の好みや材料の特性に依るものですが。ルカさんが使っていたものはだいぶ癖が強いです。正直初心者用とは言えないですね」

 私の質問にシオンが苦笑を返す。エリザさんはそれで納得したらしい。

「あ、そっか。私の予備用に作ってもらったから、攻撃系以外を重視した杖だったわ」

「エリザさんはそれで十分使えると思いますし、他の魔法については使いやすくなるはずなのでちょうどいいと思いますが。初心者がいきなりそれで攻撃系の魔法使うのは難しいですよー」

 話についていくのがやっとだったが、どうやらあの杖は私に向いていない、というのはなんとなく分かった。

 机に置かれた三つの杖を見る。大小様々で装飾も全て異なっている。

「まずこちらの一番小さい杖。性格は今までのものに近いですが、もう少し扱いやすいです。軽いので普段から出して持ち歩くならオススメです。次に一番大きい杖。こちらは全く癖のない子ですね。ルカさんの場合、足から首までのサイズなので振り回すには不便かもしれないですが」

 二つを並べると大人とこどものようだった。小さい方は手から肘までの長さくらい。どちらも今までの杖とは大きさが全然違うので、扱い方も変えなければいけなさそうだ。

 最後の三つ目は今までの杖に似ている。エリザさんの杖の半分くらい、私の身長だと腰より少しだけ低いくらいの大きさだ。

「最後にこちらの杖。今までの杖と形や大きさは似てますが性格は真逆で、攻撃系の魔法が使いやすいようになってます。その分他の魔法の使いやすさが下がってます。持った感じは今まで通りに近いと思いますよー」

 説明を終えてシオンが私を一歩前に促す。持って確かめてみろ、ということだろう。

「あ、ちなみに魔法の試し撃ちは通路の先の地下室でお願いしますね」

 と言われてエリザさんと二人で通路を進む。その先の階段を下りる途中で一つずつ右手に持って振ってみるが、どれがいいのかよく分からない。

「どれがいいんだろう……」

「魔法を使ってみればなんとなく分かるわよ。着いたわ」


 地下室は正方形の白い部屋だった。物は何もなく、ただ広い空間があるだけ。

「魔法使いはそれぞれ重視する魔法が違うし、必要なものは自分で出すからどこの店もこんな感じよ。とりあえず攻撃と防御をやってみたら?」

「はい。じゃあ最初は……」

 二つの杖を置いて小さい杖を持つ。これは今までの杖の性格に近いやつ。

「ウォール」

 パッと壁が出る。ただ想像よりも少し小さい。少し後ろで見ていたエリザさんが声をかけた。

「杖の大きさは流れる魔力量にも影響するのよ」

 ということは、この杖を使うならいつもより魔力を多めに流さないといけないのか。

「ファイア」

 続いて攻撃魔法を試す。火は一瞬現れるが前には飛ばずに消える。たしかに今まで通りだ。

 大きい杖に持ち替えて再び魔法を使う。今度は身の丈の二倍はありそうな壁が出現し、火は少しだけ前へ飛んだ。小さい杖より良いけど、振るのが結構大変だった。

 続いて三つ目の杖に持ち替える。今までの杖に近い大きさでなんとなく手に馴染むような気がした。

「ウォール」

 自分の身体より一回り上の大きさの壁が現れる。イメージ通りだ。攻撃魔法以外は使いづらくなると言われていたが、特に違和感はなかった。

 攻撃魔法を試すために杖を前へ向ける。

「ファイア」

 ボッという音とともに火の玉が現れて飛んでいく。火の玉はまっすぐ飛び続け、壁に当たって消えた。初めて攻撃魔法が成功したのだった。

「エリザさん! 出来ました!」

「ええ、良かったわね」

「私、これにします!」

 嬉しくて跳び回る私にエリザさんが苦笑する。だが、この杖にしようとするとエリザさんが真面目な顔に変わった。

「……どうしました?」

「杖の選び方っていうのはね、自分がどういう魔法使いになりたいのかっていう意思を持つことなの。まあ防御魔法もちゃんと使えてたし、あまり深刻に考える必要はないけど。攻撃系に特化した杖を持つ、ということの意味をちゃんと考えること。いいわね?」

 その言葉を聞いてはっとした。ただ出来ないことが出来るようになったと喜んでいたが、それではだめなんだ。

 何かを攻撃するための魔法を使う。それに特化した杖を持つ。それは人を傷つけるかもしれない。魔法を教えてもらうとき、最初にエリザさんが言ったことを思い出す。身を守るための魔法だ、攻撃手段を持つことが逃げることにも役立つから、と。

「はい。自分の身を自分で守れるようにするために。防御魔法だけじゃ守れないときのために。私はこの杖を使います」

 私の言葉にエリザさんは微笑んで頷いた。


 二人で階段を上がって店に戻るとシオンが出迎える。

「決まりましたか?」

「はい、これをお願いします」

 シオンに杖を見せる。シオンはなぜか笑っていた。

「ふふっ。やっぱりエリザさんの弟子なんですね。お会計こちらになりまーす」

 と一枚の紙を渡される。やはりというべきか、魔法文字で書かれていた。

 どうしよう。数字はまだ読めない。

「はい、これでいいかしら」

 困っているとエリザさんが金貨を三枚をシオンに支払う。

 杖ってそんなに高かったんだ……。

「はい、毎度ありがとうございまーす」

「それじゃ帰るわよ、ルカ」

 笑顔のシオンに見送られながらお店を出る。

「あ、あの、すいません。まだ数字読めなくて。お金返します!」

 どんどん歩いて行ってしまうエリザさんに合わせて早足で歩く。財布を出して中身を数える。前にもらったお金はほとんど貯金箱に入れたままだ。財布の中は銀貨と銅貨が二枚ずつ。全然足りない。

「お金はいいから。大事に使いなさい」

「は、はい」

「それから、攻撃魔法も大丈夫そうだし、帰ったら次のステップに進むわよ」

「次って、なんですか?」

「使い魔の召喚」

 なんとなく、笑いながら挑発する烏の姿が思い浮かんだ。

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