勉強会

「ルカ、そこ間違ってる」

「うー……」

 先日の出会いからしばらく経ったある日。

 突然あーちゃんが訪ねてきた。フレイさんは仕事中とのことで、今回は一人だ。特に用事があったわけではないらしく、私の勉強に付き合ってくれている。

「そっちも。魔法文字は書き順も意味を持つから気をつけてね」

「んー……」

 つくづく思う。私に勉学は向いていない。

 どうしても座って紙とペンを使う作業は集中力が保たないのだ。

 少し前からあーちゃんの指摘を受けて、唸り声を出すだけの存在になっている。

 その様子をエリザさんとレイヴンが可笑しそうに眺めていた。

「意外だな。性格的には勉強好きそうだと思ってたんだが」

「あの村じゃ碌な教育受けてないんでしょうからね。先生役が来てくれて助かったわ。今日は出かける予定だし」

「どこか行くんですか?」

 出かけると聞こえて話に入る。勉強から逃れるチャンスだ。

「また少し仕事しないといけなくなったの」

「この前の派手なケンカで協会に怒られてんだよ。罰としてしばらく優等生やんねえといけなくてな」

「なら私も」

「あなたは勉強してなさい」

 着いていこうと思ったのに一蹴されてしまった。ぶー、と不貞腐れてみるがエリザさんは気にせず支度する。

「たいした依頼じゃないからすぐに戻るわ。良い子で留守番してなさい」

 バサバサと羽ばたいてレイヴンがエリザさんの肩に乗る。次の瞬間には二人とも消えていた。


 それからしばらく魔法文字の書き取りを練習して、書いた文字をあーちゃんに添削してもらう。

 見ないようにしてもペンの音が聞こえる。明らかに丸をつける音よりペンが跳ねる音の方が多い。

「あの後何かあったの?」

「何かって?」

 添削しながらあーちゃんが唐突に質問してきた。あまり意味が分からず聞き返す。

「うーん。何か雰囲気が変わったっていうか。ルカとエリザさんの接し方が、なんというか、近くなったような」

「え、そうかな。あのね、この前二人が帰った後にね……」

 エリザさんと話したことを伝える。少し恥ずかしいけど嬉しいことでもある。距離感が近くなったというならその影響だろう。

 それに、単純に人に聞いてほしかった気持ちもある。

「……ていう感じで」

「なるほどねー。家族かあ。いいね、そういうの」

 家族になりたい、と言ってエリザさんははっきりとした答えは言わなかった。でも嫌とも言わなかった。私自身もあれ以来家族らしくしよう、とよく考えている。エリザさんの前で不貞腐れてみたりするようなことも今まではしなかった。

「……あのさ、ルカ。ミラさんのことって聞いてる?」

 周りには誰もいないのに声を潜めて尋ねられる。それは忘れようとしていた名前だった。

「ううん、聞いてない。本当はこの前それも聞こうと思ったんだけど、そんな雰囲気じゃなかったし、あんまり言いたくないだろうから……」

「……知りたい?」

「知りたい」

 忘れようとしても忘れられなかった。フレイさんが言っていた、エリザさんが大事にしてあげなかった人。ふとした時に考えてしまう。何があったのか。どんな人だったのか。

 でもその話になってすぐエリザさんが怒ってフレイさんとのケンカが始まった。それほど触れられたくない話を聞く勇気はなかった。

 もしかしてあーちゃんは何か知っているのだろうか。フレイさんは知っているのだから何か聞いているかもしれない。

 もう二人とも紙とペンを置いて話に集中していた。

「私も直接会ったことはないし、あの後師匠に少し聞いただけなんだけどね。ミラちゃんは今のルカちゃんと同じだった、って言ってた」

「同じってどういうこと?」

「エリザさんの所で家事をこなして魔法を覚えて。今のルカと同じようなことをしてたみたい」

 私の先輩ということか。たしかにエリザさんが自分で家事をすべてやっていたとは考えにくい。一緒に暮らしていて分かったが、家事をやらないのではなく出来ない人なのだ。掃除の仕方も料理の作り方も知らない。簡単なことは魔法で出来るけど、どうしたら物を整理できるか、どうしたら美味しい味付けになるかが分かっていないので、そういう魔法の使い方も出来ない。

「それで、その人は今どうしてるの?」

「それは……」

 一番気になっていることを聞いてみる。あーちゃんは言いづらそうに口ごもった。だがさらに声を落として話し始める。

「今はもういないって」

「いないって、まさか」

「分からないけど、前にエリザさんと魔物退治に行って大怪我したことがあるらしくて、それ以来誰も見てないらしいの」

 それでは、怪我が原因で亡くなったと言っているのと同じだ。

 大事にしなかったというのは、その人に無茶をさせたということなのか。私が以前の魔物退治で無茶をしたとき、エリザさんはすごく慌てていたとレイヴンから聞いた。エリザさんは私とミラさんを重ねているのだろうか。

「ま、まあ又聞きの話だからあんまり深く考えないで。ルカはエリザさんの弟子なんだから、ちゃんと今のエリザさんを見てればいいのよ。師匠もいろいろ噂のある人だけど私は自分の目で見ている師匠を信じてる」

 私を励ますようにあーちゃんが自分のことを話す。たしかにフレイさんもいろいろありそうだ。

 自分の目で見たものを信じる。私ももっとしっかりしないと。

「それじゃ、休憩終わり。勉強に戻るよ」

「うう……、はーい」

 しっかりしないと。

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