私の本音

 エリザさんが家に入った後、両手で自分の頬を叩く。

 話をする前に、一度気合を入れておきたかったのだ。気持ちを強く持って家の中に入った。

「あの、エリザさん!」

「わ、どうしたのよ?」

 突然大声を出したので驚かせてしまった。でも私は勢いに任せてさらに大きい声を出す。

「ごめんなさい! 負けちゃいました!」

 深々と頭を下げる。エリザさんは何も言わず、数秒沈黙が流れた。

「と、とりあえず座りなさい。少し話しましょ」

 まだ驚いている様子のエリザさんの向かいに座り、改めて話をする。

「ごめんなさい。せっかく助言をいただいたのに……」

「そんなに気にしなくてもいいのよ。アーシャはあなたよりもずっと前から魔法を学んでいるのだから。むしろよく戦ったと思うわ」

 やっぱりエリザさんは優しい。でもその優しさが辛かった。言いたいことはあるのに言うのが怖い。もしエリザさんが同じことを思っていたら、もうここには居られなくなるかもしれない。

「気になることがあるなら全部吐き出して。まだなにかあるんでしょう?」

 黙っていたらエリザさんの方から尋ねられた。何を言いたいかまでは

「あの、私、まだここにいてもいいんでしょうか……」

「……どういう意味?」

 間が耐えられずに言ってしまった。エリザさんが静かに問いただす。少し怒っているかもしれない。

「本当は、私よりあーちゃんの方が良かったんじゃ、ない、かと……」

 喋れば喋るほどエリザさんの眉間のしわがきつくなって、私の言葉は尻すぼみになった。

 しばらく沈黙が続いて、やっとエリザさんが口を開く。

「私はあなたにとって、どんな存在かしら」

「え?」

 眉間のしわは無くなった。少なくとも今は怒っていない。でも瞳はなぜか悲しそうに見えた。

 私にとってエリザさんは。魔法使い。師匠。同居人。お世話する相手。世界を広げてくれた人。

 いろいろ思いつくけど、どれもちょっと違う気がした。

「私には家族がいません。村の人達は良くしてくれましたけど、家に帰れば一人で料理をして、一人で食べて、一人で眠る。そんな生活をしていたので、人と一緒に暮らしたのは初めてです」

 そこまで言って一度言葉を切る。家に入ってからずっと緊張しているが今が一番ドキドキしている。

 エリザさんは黙って私の言葉を待ってくれた。

「だから、私は家族というものが分かりません。分かりませんけど、私、今エリザさんと一緒に暮らしていて楽しいし、嬉しいです。ずっとこの生活を続けたい。家族になりたいです」

「ちょ、ちょっと待って……」

 なぜか顔を抑えて震えている。笑っているのか怒っているのかよく分からない。

 困って上を見上げる。今まで空気になることに徹していたレイヴンに助けを求めた。

「あー……、まあ、あれだ。ちょっと待ってやってくれ」

 レイヴンもなんだか歯切れが悪い。二人だけが分かっているみたいでもやもやする。

「……ふう。ごめん、もう大丈夫」

 落ち着きを取り戻したエリザさんがいつもの笑顔を浮かべる。いろいろ考えて喋って待っている間に、そもそも何の話をしていたか忘れそうになっていた。

「前にも言ったと思うけど私はあなたを無理やり連れてきたつもりなの。それだけ私はルカのことを気に入っているってことは忘れないで」

「は、はい。ありがとうございます……」

 改めて言われると恥ずかしい。なんで気に入ってもらえたのかはあまりよく分からないし、今でもそう思ってもらえている自信もない。だからあーちゃんの方が良かったのではないかと思ったのだ。

「たしかに今の時点で魔法使いとして優秀なのはアーシャの方だけど、それは当たり前のことでしょう」

「でも、私はエリザさんみたいには全然出来なくて。あーちゃんの方がたぶん合ってるんだろうなって思ったら……」

「はあ。それでさっきの言葉になるわけね」

「お前も似たようなもんだろうが。なんで気づかねえかね」

 ため息を吐くエリザさんをレイヴンが煽る。

 おそらくこの場で二人の気持ちを一番よく分かっているのはレイヴンだが、積極的に話に入るつもりはないらしい。今も言うだけ言ってまただんまりを決め込んでいる。

「そうね。私も思ったわ。ルカはフレイに弟子入りした方がいいんじゃないかって。まあ言う前に断られたけど」

 やっぱり私はいらないのか。落ち込んでテーブルに頭をつける。ずーん、と効果音が聞こえてきそうだ。

「ねえ、ルカ。私はね、別にあなたが優秀な魔法使いにならなくてもいいと思ってる。もともとやる気があるならやらせてみよう、くらいに思っていたし、今もそれはあまり変わらないわ。嫌ならいつやめてもいい」

 必要ない、と突きつけられているようでさらに沈んでいく。そういえば最初から家事をするために呼ばれたのだ。魔法は私のお願いで教えてもらっているだけで、ただの我が儘なんだ。

「でも、たとえあなたが魔法使いになってもならなくても。私はあなたを見捨てたりはしない」

 ぱっと顔を上げる。沈んだ気持ちはきれいさっぱり消えていた。我ながら単純だ。

「じゃあ、私はまだここにいていいんですか」

「もちろんよ。明日からもよろしくね」

 今日はもう休みなさい、とエリザさんが微笑む。安心した私は一気に疲れを感じて部屋に入った。

 今日はフレイさんとあーちゃんに出会って、魔法の決闘までしたのだ。落ち込んで忘れていただけで身体はもうへとへとだった。


 ルカがいなくなった居間でレイヴンと話し合う。この子はどうも真面目な話をするときは気配を消したがる。そのくせに後から文句をつけるのだから手に負えない。

「肝心なことは何も言ってやらねえんだな」

「肝心なことって何よ」

「ミラのことだ」

 またその話か。今日はフレイもレイヴンもそのことばかりだ。

「話す必要はないでしょう。どうせもう会えないんだから」

 ミラがいたのは過去のことだ。たしかに私はミラを守れなかった。でもルカのこととは関係ない。

「どうかな。気になってると思うぜ。フレイもわざとその話をしたんだろうしな」

「ルカに聞かせるためってわけ」

 本当に嫌な奴だ。

 それでも話すつもりはない。アーシャのことだけでもあんなに悩んでたのに、ミラのことまで知ったら今度こそ私の下から去ってしまうだろう。

 せっかくルカが家族になりたいとまで言ってくれたのだ。誰にも、これ以上余計なことは言わせない。

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