決闘
エリザさん達から少し遅れて外に出ると、すでに辺りは信じられない光景になっていた。
雪は溶けて地面には火柱が立ち、木々は折れたり燃えたり凍りついたり、この世の終わりのような景色が広がっていた。
そしてそれらはすべてエリザさんの魔法によるものだった。
「この、いい加減当たりなさいよ!」
「いやですよー。直撃したら私でも死んじゃいますから」
フレイさんはその激しい攻撃をすべて受け流していた。飛んでくる魔法を次々と躱し、避けきれない攻撃には別の魔法を当てて軌道を変える。
「すごい……」
「師匠は守りに関しては協会一と言われてるからね」
「攻撃に関してはエリザさんが一番らしいです。そんな二人がぶつかると、まあこうなりますよね」
エリザさんが攻めて、フレイさんが守る。正反対の戦い方だが、どちらも一歩も譲らない。おそらく世界で一番激しい膠着状態だ。
だが、ついにその膠着が破られた。
エリザさんが攻撃の合間に閃光を放つ。攻撃ではなく、目眩ましだ。攻撃が飛んでくると思っていたフレイさんは反応できなかった。
「何を、っ!」
続けてエリザさんが火の魔法を飛ばす。フレイさんは反射的に正面に壁を出して防ぐが、さらに攻撃が続いて壁が壊れる。
「終わりよ!」
とどめにエリザさんが槍を飛ばした。これで決着だ、と思った。
だがそれはフレイさんには届かなかった。
「師匠、まだ続けるなら私が代わります」
「あーちゃん……」
守ったのはあーちゃんだった。私が夢中で見ている間に、あーちゃんは自分の師匠を守れる位置まで移動し、待ち構えていたのだ。
「だめよ。そんな危ないことはさせません」
「ちょっと、人を悪者みたいにしないでくれるかしら。元はと言えばあんたが」
「エリザさん、ストップ。落ち着きましょう、ね?」
向こうの師弟の会話が気に障ったらしく、まだケンカを続けそうなエリザさんの袖を引っ張る。
私の顔を見て、渋々という様子で杖をしまった。
よかった、これで一件落着だ。
「そうね。ここからはルカの番よ」
「え?」
「ああ、それならちょうどいいわぁ。ね、あーちゃん?」
「はい?」
なんだかよく分からないまま話がまとまってしまった空気を感じる。私もあーちゃんも互いの師匠を見て頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。
「というわけで」
「ここからは弟子同士の一騎打ちよ」
師匠二人が言葉を繋ぐ。さっきまでケンカしてたくせに。
「なんでですか」
「仕方ないじゃない。向こうが弟子を出してきたんだから」
「師匠。私、別にルカと戦うつもりはないんですけど」
「そんなこと言わずに私の仇を取ってよ、あーちゃん」
私がフレイさんを倒したかのような言い種だ。というか、私であーちゃんの相手が務まるのか。弟子という身分は同じでも、三年修行している魔法使いと魔法使い歴二週間足らずの私。誰がどう見ても勝敗は明らかだ。あーちゃんが勝負を渋っているのもそれが理由だろう。
「私じゃ無理ですって……」
エリザさんに抗議するが聞き入れてはもらえない。
「そんなことないわ。ちょっと耳貸しなさい」
向こうの二人に聞こえないように声を抑えてエリザさんが私に囁く。
「ちょ、本当にそんなことするんですか!?」
「あなたが何ができて何ができないか、あの子には教えてるんでしょう? それなら有効なはずよ」
もうやることになっている。ちらっと向こうを見ると、フレイさんもあーちゃんを説得したようだ。
何もしてないのに後には引けなくなっていた。
私とあーちゃんが距離をとって向かい合う。
「ルカ、本気でやるからね。師匠にみっともないところは見せられないし」
「うん。私も負けないよ」
私もエリザさんの前で恥ずかしい姿は見せたくない。使える魔法の種類も経験も足りないけど、絶対勝てないわけじゃないんだ。
「二人とも、用意はいいですか?」
いつの間にか審判をやらされているリードが声をかける。私とあーちゃんが同時に小さく頷いた。
「では、決闘用の魔法をかけますね」
「決闘用?」
「防御系の一種よ。攻撃から身体を守る代わりに、当たった箇所が光るの。先に一発食らったら負けってこと」
エリザさんの説明が終わったところでリードが私たちに魔法を使う。特に変化はない。攻撃されるまでは普段通りということか。
勝負の準備が整い、改めて向かい合った。
「では、はじめ!」
私はリードの合図とともに横に駆け出す。魔法でもなんでもなく、ただ身体能力に任せて走った。
一秒後には私がいた位置を矢が通過した。
「まだよ!」
あーちゃんが次々に矢を放つ。弓は無く、杖を振る度に何もない空間から矢が生まれて飛んでいく。
開始と同時に走り出していなければもう負けていたかもしれない。エリザさんの言うとおりだった。
さっきエリザさんから言われたことは三つ。
一つ、開始と同時に走ること。二つ、以前の物を使って飛ぶのは禁止。
二つ目の意味は分からないけど、たぶん従った方がいい。
私は立ち止まらずに、あーちゃんを中心に円を描くように走り続ける。
「ウォール!」
避けきれない矢は正面に壁を出して防ぐ。そしてすぐに壁を消してまた走り出す。
「攻撃しないでどうやって私を倒すのよ」
飛んでくる矢の数が急激に増える。弓を使って放つのとは違い、一度に一つずつとは限らないのだ。
攻撃しない私に苛立ったのか、矢だけでなく火や岩まで出し始めた。
「うわ、うわ! 危ない!」
たまらず立ち止まって防御に専念する。走りながら片手間に魔法を使っていては防ぎきれない。
前方に三重に壁を出す。一つ壊れたらすぐ補充。矢を防いで一つ、火を防いで二つ、岩を防いで三つ。最初に出した三枚は全て壊れた。
「本当に防御はすごいね。それなら……」
あーちゃんが一度手を止めて集中する。見るからに大技の準備をしているようだ。
タイミングを間違えないように、私はあーちゃんを見つめる。
「今!」
あーちゃんが魔法を繰り出そうとした瞬間を狙って、四方を囲むように壁を出現させる。魔物と戦ったときと同じ要領だ。
ただ、今回は自分の周りではなくあーちゃんの周りに出した。
「はあ!?」
あーちゃんの杖の先端からはすでに火が出ている。それを私に飛ばすつもりだったのだろう。
だがそれは私には届かない。壁に阻まれ、自分の身を焼くはずだ。
これがエリザさんの助言の三つ目。私に攻撃魔法は使えないけど、相手の魔法を利用すればいい。そのためにここまでは防御と回避に徹して大技を待ったのだ。
これで勝った、と思った。だがそれは間違いだった。
「っ、ワープ!!」
あーちゃんが何かの魔法を叫ぶ。
その瞬間、杖の先にあった火が消えた。
「きゃーーー!」
油断していた私は、突然身を焼かれた。全身が淡く光る。決闘用の魔法の効果だ。痛みは無いが、熱さは感じる。
あーちゃんが止めたのか、すぐに火は消えた。でも私はへなへなとその場に座り込んだ。
完全に私の負けだった。
「ルカ、大丈夫?」
「あ、うん……」
あーちゃんがすぐに私のところへ駆け寄ってきた。半分放心状態になっていた私を心配して寄り添ってくれた。少し離れたところではエリザさんとフレイさんが話をしているが、あまりよく聞こえなかった。
「すごいわね、アーシャ。正直ルカが勝ったと思ったのだけど」
「私も、あんなこと出来るなんて知らなかったわぁ。いつのまに練習したんだろう」
フレイが教えたのではないのか。自力で魔法を転移させることを思いついたのなら大した発想力だ。
「そういえば、さっきルカの魔法の使い方を聞いてたわね。それでかしら」
「ああ、そっか。ルカちゃんもそんな使い方してたのよね」
壁を浮かせて空を飛べるなら、出した魔法を転移させることもたしかに可能だ。話を聞いてたのなら思いつくのも不思議ではない。だとしても咄嗟にやって成功させる才能は素晴らしい。
「ルカちゃん、どうして今回は飛ばなかったの? せっかく面白いものが見られると思ったのに」
「飛び回ったら大技よりもトラップ系の魔法使われるじゃない。まだそんなもの対処できないわよ」
二人の戦いは、それぞれの師匠とは真逆のものだった。おそらくアーシャはルカが攻撃できないと知っていたから攻撃的になったのだろうけど。
「……フレイ」
「いやよ」
言いたいことがあって名前を呼んだらいきなり断られた。
「まだ何も言ってないじゃない」
「だいたい分かるわ。その上で言ってるの。あの子はあなたの弟子なんだから」
「でも、あの子は」
きっと、ルカはフレイに弟子入りした方がいい。戦い方がそっくりだし、あの子はたぶん攻撃魔法は上手くならない。それはあの子の優しさなのだと思う。だがそれでは私がルカに教えてあげられることはほとんどない。
そう思っての発言だったが、フレイは私の言葉を引き継いで自分の意見を述べる。
「あの子は、あなたが連れてきた子で、あなたを尊敬してる子よ。それくらいは今日一日見ていただけで分かる。もうちょっと自分の気持ちを話してあげなさい。それでなんとかなるから」
フレイが普段のおっとりした口調ではなく真面目に言う。少し説教臭いけど、間違ってはいない。だから私はこいつが苦手なのだ。
「……偉そう。負けたくせに」
「いいんですー。弟子の育て方は私の方が上みたいですから」
挑発するようにフレイが笑う。この話はこれでおしまい、と言っているようだった。
私達は話をやめて弟子の下へ行く。
「ルカ、お疲れさま。戻りましょうか」
「あーちゃんも、今日はお暇しましょう」
ルカはのろのろと立ち上がる。それを見てアーシャもゆっくりとルカから離れてフレイの傍に寄る。
「それじゃあまたねー」
「あんたは来るな。今度からはアーシャだけで来なさい。それなら歓迎するから」
「え、あ、はい。ルカ、また今度ね」
軽く挨拶して、二人はすぐ転移で消えていった。
私は家に向かって歩き出し、ルカもゆっくり後をついてきた。さっきから全く喋らないので何を考えているのか分からない。
もうちょっと自分の気持ちを話してあげなさい、というフレイの言葉が頭をよぎった。
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