魔法使いの天敵
「あの女、もう町まで来てる! レイヴン、遮断!」
「俺の魔法はあいつにゃ効かねえよ。分かってんだろ」
エリザさんの焦りようを見たときはどんな人が来るのかと私も恐々としていたが、レイヴンがいつも通りなので安心した。きっと嫌な人、というわけではなく、ただエリザさんが苦手としているだけだろう。
「リード、その人は一人で来るのかな」
「どうでしょうね。ああ、そういえば弟子が一人いますよ。僕らと同じくらいの年の子です。今一緒にいるかは分かりませんが」
じゃあ、多くて二人か。お茶とお菓子の準備をしないと。リードと二人でつまみながらお喋りしていたのでテーブルの上はさみしくなっている。
「あいつにはお茶もお菓子もいらないわよ。塩まいときなさい」
「ひどいですね。久しぶりに友達が会いに来たのに」
エリザさんの大声に、外から返事がきた。ゆっくりと扉が開く。
現れたのは見た目はエリザさんと同じく三十代くらいのおっとりした雰囲気の女性と、人形のように綺麗な女の子だった。
「勝手に入ってくるんじゃないわよ」
「いいじゃないですか。友達なんだから」
「友達じゃない!」
威嚇するように睨むエリザさんにニコニコと対応する女性。変な空気に業を煮やした後ろの女の子が女性に声をかける。
「師匠」
「ああ、ごめんね。私はフレイ。こちらは私の弟子のあーちゃんです。よろしくね」
「アーシャです。よろしくお願いします」
フレイは私に、アーシャちゃんは全員に対して自己紹介した。
「あ、私はルカです。こちらこそよろしくお願いします」
「私は協会の使いのリードです」
こちらも自己紹介すると、フレイさんが笑顔で私に近づいてきて手を握った。
「まあまあ。あなたがルカちゃんね! 会いたかったわ。エリザが弟子をとるなんて、どんな子なんだろうと思って見に来ちゃった」
ぶんぶんと握った手を振りながらフレイさんが話す。現れてからずっとこの人のペースだ。
エリザさんが苦手とする理由がなんとなく分かった。おっとりしている割に自分のペースに周りを引き込むフレイさんは、基本的に他人に興味がなくて自分中心に過ごしていたいエリザさんとは真逆だ。そしてパーソナルスペースを守ろうとするエリザさんより、入り込んでくるフレイさんの方が強い。
「ちょっと、うちの子にあんまり近づかないでくれるかしら」
「えー。じゃああとは若い人達で仲良くしてね。大人は大人同士でお話してるから」
フレイさんが私から離れて再びエリザさんの方へ向かう。
そういうことじゃない、と言いたげなエリザさんの視線を全く気にしない笑顔はある意味尊敬する。
「改めて、私はアーシャ。十六歳よ。あなたたちは?」
「私たちも十六だよ。よろしくね、アーシャちゃん」
子どもたち三人になったところでもう一度自己紹介を行なう。偶然にも全員同じ歳で親近感が湧いた。
「ねえルカ、防御魔法だけで魔物を倒したって本当?」
「な、なんか話が大きくなってるような……」
「フレイさんは断片的に盗み聞きしていたみたいだから……」
そのときの詳しい状況や私の魔法練習の進捗などを話す。
「だから、ちゃんと倒したわけじゃないし、まだ攻撃魔法は一つも出来ないの」
「でもすごいよ。というか発想がぶっ飛んでる。普通防御のための壁に乗ろうなんて思わないもの」
アーシャちゃんは興奮して、褒めているのか貶しているのか分からないことを言う。
あのときはああするしかないと思ったけど、言われてみれば普通の使い方とはかけ離れている。
「アーシャちゃんはいつから魔法使いになったの?」
「私は三年前。四年前に師匠に拾われて、師匠が魔法使いだって知ってから教えてほしいって頼み込んだの。説得するのに一年かかったわ」
「そういえばルカさんはどうしてエリザさんの弟子に?」
「それは……」
私もエリザさんと出会ったときの話をする。
話題は尽きることなく、順番にそれぞれの話をしていった。
「ルカちゃん、良い子ねえ。あなたが好きそうって感じの」
「あげないわよ」
「いいですよー。うちのあーちゃんだって可愛いもん」
弟子たちの会話を眺めながらフレイとお茶を飲む。早いところ追い返したかったが、自分以外の魔法使いに会うのもルカのためになるかと思って我慢していた。
特に子ども同士の方が話しやすいことなどもあるだろう。ルカは私といるときもいつもニコニコしているが、やはり同じ年頃の子と話すときは様子が違う。
「本当に、どうして急に弟子を持つことにしたの?」
「あの子が魔法を覚えたいと言ったからよ。魔法については本人の意思に任せるつもりで、もともとは家事係として連れてきたのよ」
「ああ、だからこんなに綺麗になってるのね。でも私が聞きたいのは、そもそも今更他人と暮らすなんてビックリ、ってことなんだけど」
ビックリ、と言いながらわざとらしく両手を上げる。こういう所作の一つ一つが私をイライラさせていると分かっていないのか。あるいは私にケンカを売ってるのか。
「あんたの方こそ、まだ修行中の身だとか言って弟子はとらなかったじゃない。あの子はいいの?」
「だってあーちゃん、一人でも勝手に魔法使い始めちゃったんだもん。危なっかしくて、つい口出しちゃったのよねー」
礼儀正しく真面目そうな印象だったが、アーシャも意外と向こう見ずのようだ。だからだろうか、ルカとは気が合っているように見える。
さっきから向こうの三人はルカとアーシャが喋りまくって、リードが聞き役に徹していた。
「ルカちゃん大事にしてあげなよ」
「うるさい。してるわよ」
向こうと違ってこちらは仲良くするつもりはない。早く帰ってくれないかと思いながら適当に返事をする。今度からはアーシャだけで来てくれればいいのに。
「どうかなー。ミラちゃんだって……」
「フレイ」
ピシッとグラスにひびが入る。まだ残っていたお茶が漏れているが気にしない。ただならぬ空気を感じた子ども達の視線もどうでもいい。
「おい、エリザ」
止めに入ろうとするレイヴンも無視する。
今の一言だけは聞き流せなかった。
「ミラがなんだって?」
「ミラちゃんは大事にしてあげなかったのに、ルカちゃんは大事に出来るの?」
フレイも挑発するように言葉を返す。この場にいる中で彼女だけが冷静だった。
その態度も気に入らない。杖も使わず、魔力だけの力技で自分とフレイを外に転移させた。
二人の姿がなくなった直後、外で派手な爆発音が響いた。
「なに、何の音!?」
「ど、どうしよう」
私とあーちゃんが慌てる一方で、レイヴンとリードはため息をつく。困っているようでもあるし、呆れているようでもある。
「落ち着け。ただのケンカだ」
「あの二人の場合、ただの、とは言いづらいですが」
「ケンカって、どうして?」
途中まではエリザさんとフレイさんも普通に会話していた。仲良く、とは言えないがそこまで険悪ではなかった。
「まあどっちもどっちだな。ミラのことを言えばこうなるって分かってただろうに」
「ミラって?」
先ほどフレイさんも言っていた、私の知らない名前。大事にしてあげなかったとはどういうことだろう。
「それは俺から話すことじゃねえ。それより、三人とも外出てみろ。大魔法使い様がガキみてえにケンカする姿はそう見れるもんじゃねえからな」
レイヴンは話をそらして私たちを外に促す。無理に聞いても答えてはくれなさそうだ。
話を聞き出すのは諦めて、杖を持って外へ出た。
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