魔法使いの平穏

「おはようございます」

「おう、お嬢。相変わらず朝早えな」

 普段通りに起きて朝食の準備をする。あとは盛りつけるだけのところまで出来たらエリザさんを起こす。

 あの依頼を解決した日から一週間が経ち、私達は今まで通りの生活を続けていた。

「ルカ、私は今日出かけるけどあなたはどうする?」

「私は練習を……」

 まだ攻撃系の魔法は進歩がなかった。この前は魔物と戦うことができたけど、結局同士討ちを狙うしかやりようがなかったのだ。それにいつでもエリザさんが側にいてくれるとは限らないということも実感した。もっと頑張らなければ。

「大活躍だったってのに謙虚だな」

「調子に乗られるよりはいいけどね。あまり根を詰めてはダメよ」

 それだけ言い残してエリザさんとレイヴンは町へ向かった。

 私も掃除を済ませてから外へ出る。以前エリザさんが出した的は無傷のまま残っている。魔法で傷つかないようにしてあるらしいので当然なのだが、何度も向かい合っていると未熟さを見せつけられているようでなんとなく憎らしく思う。

 今までは何かを傷つけたいと思うことは無かったのに、今日こそ壊してやろう、と思うのは少なからずエリザさんの影響もあるのかもしれない。


 しかし、一時間経過しても私が出した火が的に届くことはなかった。

 気分転換に他の魔法を使ってみよう。といっても私は壁しか出せない。試しに自分の掌くらいの壁を出す。この魔法ばかり上達して、今では大きさもある程度自由に変えられるようになった。

 その壁に魔力を流して浮かせてみる。ふと思いついてそれを前に飛ばす。先ほどまでの火とは違い、ずっとまっすぐ進む。

 ドン、と鈍い音が鳴る。壁は狙い通り的に当たって消える。もうこれを攻撃にしてしまおうか。

「すごいですね。そこまで自由に魔法を扱えるなんて」

 突然声をかけられてビクッと震える。振り返ると、そこにいたのはリードさんだった。

「あ、どうも。まだこれしかうまく出来ないんですけど……」

「一週間かそこらだったら十分すぎるくらいですよ。私は未だにどの魔法も基礎しかできませんし。だからこうして使い走りのような仕事ばかりしているんです」

 自嘲気味に笑う。仕事をテキパキとこなすすごい人、というイメージだったがリードさんにも悩みがあるようだ。

「あ、仕事ってことはエリザさんに用事ですよね。すいません。今は町に出かけてるんです」

「ああ、やはりそうでしたか。何の用事で出かけているかは聞いてますか? あの町も広いので当てもなく探すのは大変なんですよね……」

「うーん、たぶんただの買い物だとは思うんですけど。そうだ、戻ってくるまで中で待ちますか。お茶とお菓子くらいはありますから」

「いいんですか?」

「リードさんならエリザさんも知ってますから大丈夫ですよ。ここは寒いですし、どうぞ」

 躊躇っているリードさんの手を引いて家に入る。

 だが、私の後に続いてリードさんが家の敷居をまたいだ瞬間、ボンと不思議な音がした。

「今の……、って、え?」

 後ろにいたリードさんに変化が起こっていた。

 身長は私と同じくらいになり、服はだぼだぼで顔は幼くなっている。

「まさか、いや、そのくらいは当然か」

「えっと、リードさん、ですか?」

 驚いたような納得したような顔をしている少年に声をかける。

「すみません。実はこれが本当の姿なんです」

「ええーーーー!!」

 私の叫び声が家に響き渡った。


 気を取り直してお茶を淹れる。お菓子は戸棚に羊羹とドーナツがあった。少し迷ってドーナツを皿に乗せた。

「どうぞ。粗茶ですが」

「ああ、ありがとうございます。それから敬語はいらないですよ。僕はまだ十六歳なので」

「え、同い年です……だね」

 焦って変な言葉になってしまった。そもそも村を出てから敬語でしか話していない。私の普通の話し方ってどんなだ。

「落ち着いて」

 頭の中でぐるぐると悩んでいたらクスクスと笑われた。

「もう。なんであんなことしてたの。最初からこの見た目だったらよかったのに」

「魔法協会の使いとしては見た目が若すぎるとだめなんです。魔法を知らない大人と話す必要もありますし。それに変化の魔法は基礎なので、魔法協会でも二十歳未満の見た目をしているとそれだけで半人前と思われてしまうんです」

「そうなんだ。なんか大変だね。あ、リードさんも私には敬語じゃなくてもいいよ」

「いえ、そういうわけには」

「だって、その見た目で敬語使われるの変な感じだもん」

 はじめはぎこちない会話だったけど、少しずつ話が弾むようになった。


 しばらく二人で話をして待っていると買い物袋を提げたエリザさんが帰ってきた。

「あら、私がいない間に男を連れ込むなんて意外とやるじゃない」

「ハハハハハ! 男の扱いに関しちゃあっちが上かもなあ」

「ちょ、そんなんじゃないですから! ほら、協会のリードです!!」

 私とリードを見ていきなり二人してからかう。

「ルカさん落ち着いて」

「リードも否定してよ!」

「あらあら、仲が良いのね」

「そのくらいにしてやれよ。お嬢、顔真っ赤だぜ」

 今までこんなふうにからかわれたりしたことがなかった。慣れてなくてすぐ赤面してしまう。リードはやけに落ち着いているが慣れているのだろうか。

 ひとしきり騒いで満足したエリザさんがやっと話題を変えた。

「それで、協会の使者がわざわざ家まで何の用?」

「いくつか伝えることがありまして」

 リードが背筋を伸ばして答える。見た目は幼くなっても、すぐ仕事モードに切り替わるところはさすがだった。

「まずは先日の依頼の件、改めてありがとうございました。協会への報告は済んでいます」

「お疲れさま。それで?」

「上層部は驚いていました。エリザさんが弟子をとったのがとても意外だったようで。それで弟子のルカさんも早く登録をするようにと伝言を預かってきました」

 私だったら、それで、なんて言われたら委縮しそうだ。なんてことを考えていたら話題は私のことになっていた。二人の視線を受けてなんとなく小さくなる。

「別に登録を渋っているわけじゃないわよ。この子にはまだ早いと思って後回しにしてるだけ。魔法文字もまだ読めないし」

「あれ、そうだったんですか。でも防御魔法は完璧みたいですし、創意工夫も出来る、魔物と戦った経験もある、となるとあまり長くは待ってもらえないでしょうね」

「もしかして、これから勉強漬けですか……」

 嫌な流れになってきた。正直勉強は苦手だ。畑仕事や家事のように体を動かして覚えることは問題ないけど、机にかじりついて本を読むのはやりたくない。文字や数字の読み書きも村の子ども達の中で一番覚えるのが遅かったくらいだ。

「そんなに嫌そうにしないの。せっかくこれ買ってきてあげたんだから」

 エリザさんが買い物袋から一冊の本を出して私に手渡す。

 普通の文字と魔法文字の二種類で書かれているようだ。魔法文字の方は分からないけど、表紙に書いてある普通の文字は『魔法入門書』。

「基礎的な魔法が一通りと文字の読み方が書いてあるわ。大事にしなさい」

「無駄にしたら燃やされるから気をつけな。なんせ一時間も迷って選んだんだぜ」

「うるさい。私はこういうの使ってないから分からないのよ」

 レイヴンに火の玉が飛んでいくが、直前で壁に阻まれて消える。魔法使いと使い魔の喧嘩は派手で危ない。

「分かりました……。頑張ります」

 エリザさんが選んでくれたと聞いては断れない。これからは家事と練習以外に勉強の時間も確保しないと。

「それから、もう一つ伝えておくことがあります」

 リードが話を進める。だがさっきまでと違って少し困った顔をしていた。

「なにか嫌な話かしら」

「申し訳ないのですが、先ほどの件を報告する際に、その……、フレイさんが聞いていたようで」

「あいつか……」

 エリザさんが苦々しく呟く。フレイ、というのは聞いたことのない名前だ。もっとも魔法使い関係で私が知っているのはこの場にいる二人だけなので当然だが。

「それで、フレイさんがこちらに向かっているそうです」

「こちら、って、はあ!? ここに!?」

 珍しくエリザさんが大声を出して驚く。よほど会いたくない相手なのだろうか。水晶に手をかざしてどこかを見始めた。

「フレイさんって、どんな人なの?」

 エリザさんの邪魔をしないように小声でリードに尋ねる。リードは少し言いづらそうにしていたが、口を開いた。

「フレイさんは、エリザさんに並ぶと言われている魔法使いで、エリザさんの天敵と言われている人だよ」

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