課外授業
昨日話した通り、今日は魔法協会から渡された依頼を解決しに行く。早朝からなんとかエリザさんを起こして準備を済ませ、二人並んで町へ行く。レイヴンは私の肩に乗っている。美女と烏を乗せた少女の組み合わせは街中ではとても目立っていた。
「すごい目立ってますね……」
「いいの。この方が手間が省けるから。堂々としてなさい」
縮こまってエリザさんの陰に隠れるように歩いていた私を前に押し出す。仕方なく注目を浴びながら横に並んで歩く。でも手間が省けるというのがどういうことか分からなかった。
「それで依頼って具体的にはどういうものなんですか?」
「さあ。私も詳しくは見てないわ。すぐ捨てちゃったし」
予想外の答えに唖然とする。内容も分からずにどうするのだろう。
「おい、もうちょっと説明してやれよ。お嬢が信じられないものを見るような目してんぞ」
「ん、そろそろ出てくる頃かしらね。説明はちょっと待って」
微妙に会話が噛み合っていない。何かを待っているみたいだ。
周りを見回してみる。町の人々に変わった様子はない。出てくる頃、と言っていたから誰かが来るのかもしれない。ただエリザさんの知り合いなんて私は全く知らない。
とにかく待つしかないと思っていると、前から見覚えのある人が現れた。あの依頼の紙を持ってきた男の人だ。男はこちらに気づくと笑顔で近づいてきた。
「どうも。エリザさんにお弟子さん。以前は自己紹介もせずにすみません。私は魔法協会のリードと申します」
「よろしく。この子はルカ。弟子といってもまだ魔法はほとんど使えないから登録はまだだけど」
「ルカです。よろしくお願いします」
リードさんは挨拶している間もニコニコと微笑んでいた。以前は事務的な話のみで堅い印象だったが今日は優しいお兄さんのような雰囲気だ。
「依頼の内容は目を通されてますか?」
「いいえ。確認したのはこの町近辺ということだけ。前の担当から聞いてない?」
「ええ。聞いてます」
堂々としたエリザさんの態度にリードさんが苦笑する。
せっかく渡しておいた資料を見ていないというのに、怒るわけでもなく予想通りといった反応だ。
いいのかな、と思っているとエリザさんが私に説明してくれた。
「一応基本を教えておくと、依頼を受けたら直接現場に行って対応、終わったら協会に報告する。ただ私の場合、受けるときは協会側の担当者に会って内容を聞いて進めることにしてるの」
「ですから、私は依頼を渡して数日間はその町に滞在することになっています。とはいってもエリザさんの担当になったのは今回からですが」
それってエリザさんがちゃんとしないせいなのでは……。
「それで、今回のはどういう話?」
「橋の修理、怪我人の治癒、魔物退治です」
「治癒は専門外だからパス。橋と魔物だけやるわ」
「では治癒の方は別の人を派遣してもらいます。橋はこの先なので、まずそちらからお願いします」
リードさんは特別枠のエリザさんの担当でも特に不満はないようで、テキパキと話を進めている。
「じゃあ行きましょうか」
話がまとまったところでエリザさんが歩き出す。
会話の流れを追うのに精一杯だった私は慌てて後をついていった。
五分ほど歩いた先に件の橋があった。水路の上を通るために架けられたようだが、現在は根元の部分しか残っていない。それ以外の部分に使われていたであろう木材は側に積まれていた。
「あーあ、悲惨ね。何があったのよ」
「水路から魔物が出現したそうです。水は町の外から地下を通ってくるので結界にも引っ掛からなかったようですね」
エリザさんの感想にリードさんが真面目に答える。結界は地上から上空に半球状に張られるので下からの侵入には対応できないのだ。
「ふーん。まあこれくらいならすぐ直せるけど。ルカ」
「は、はい」
「そこの木材を浮かせてみて」
「え、浮かせてって言われても……」
突然呼ばれて無茶振りをされる。物を浮かせるなんてまだ一度もやっていない。
あたふたと慌てているとエリザさんがアドバイスをくれた。
「どんな魔法も基本は同じよ。魔力の流れを意識して、出現させる物やぶつける相手を意識する。今までは杖の先から何かを出すイメージだったと思うけど、今回は木材に魔力を通すようにやってみなさい」
杖を木材に向けて集中する。とにかく言われた通りにやってみるしかない。
魔力が杖に流れていくのを感じる。その魔力を形にするのではなく、そのまま木材まで届ける。とりあえず積まれている中の一番上の木材めがけて魔力を流した。
魔力が木材に達すると、防御魔法の壁と同様にうっすら橙色に包まれる。
「そう。そのまま動かす。重さや大きさは気にしないで浮かせることだけ考えて」
「はい!」
浮かせる。浮け。上がれ。
念じると少しずつ木材がふわふわと持ち上がった。
「よし、もう降ろしていいわよ」
エリザさんの声を受けてまた少しずつ高度を下げる。何事もなかったかのように元の位置に戻った。ふう、と安心して一息つく。
「でも、元に戻しちゃいましたけどいいんですか?」
「ええ。修復は私でやるから大丈夫よ。今のはとりあえず物を動かす感覚を覚えてもらおうと思っただけだから」
そしてエリザさんが杖を取り出す。私はまだ杖を出したり消したり出来ないのでずっと持ち歩いているが、エリザさんは今の今まで手ぶらだった。
「修復魔法は物の移動を含めた複合的な魔法だからすぐには難しいだろうけど、まあ見て学びなさい」
エリザさんが杖を振る。山積みされていた木材が全て浮かび上がり、一つずつ橋の根元から連なっていく。ものの数秒で橋の姿を取り戻していた。
「すごい……」
「こんなものかしらね」
「はい、強度も大丈夫そうです」
私が驚いている間にリードさんが橋を渡って壊れないか確認している。
見て学べと言われたけど正直よく分からなかった。木材を動かしたのはさっき私がやったのと同じかもしれない。でも複合的な魔法と言っていたからそれだけではないはずだ。単に移動して並べるだけでは橋の形を保てない。
「それで橋を壊した魔物はもういないの?」
「壊されるたびに駆けつけるほどこいつはお人好しじゃねえぜ」
エリザさんが尋ねてレイヴンが茶化すように注意する。
そうだ、魔物に壊されたのならただ直しただけじゃ解決にならない。
「もう一つの依頼がまさにそのことでして。すでに町からは去ったようですが倒してはいません。なので再び地下から現れる可能性があるので退治していただきたいのです」
「倒すのは倒せるでしょうけど、どんな奴でどこにいるのよ」
「それが、住民の話では姿は見えなかったそうです。突然水路から水の柱が噴き上がって橋を破壊した、下の方に何かの影が見えた、と。水路は町の外まで続いていて、その先の池まで流れています」
「じゃあその池に行ってみましょうか。レイヴン、あんたは上から先に行って様子を見てきなさい」
レイヴンが飛び去って、残った私達三人は水路に沿って歩き出した。
町を出てしばらく歩くと雑木林に入った。水路は地下にあるようで地上からは見えない。にも関わらずエリザさんは迷いなく進んでいく。
「あの、どうしてこっちだって分かるんですか?」
「魔力の痕跡を辿ってるのよ。魔物は基本的に他の生き物よりも魔力量が多いから、何もしなくても痕跡が残るの」
そう言われて地下に意識を向けてみるが全然分からない。
よく考えるとエリザさんが魔法を使うときの魔力も感じ取れなかった。自分とそれ以外では魔力を感じ取るのに何か違いがあるのか。
考え込みながら歩いていると進行方向からレイヴンが飛んできた。
「池はこの先だ」
「何かいた?」
「中にでっけえのがいるのは感じたが、形までは分からねえな。魔物には違いねえが」
やはり魔物は水路を通って池まで流れてきたようだ。無意識に杖を強く握りしめる。村で見た狼型の魔物を思い出した。
「レイヴン」
「あいよ」
呼びかけと答えだけの短い会話。魔法使いと使い魔だからか二人の信頼関係によるものなのかは分からないが、それだけで何かが伝わったらしい。
不思議に思っていると身体に違和感を覚えた。
「レイヴンに防御の魔法をかけさせたわ。魔物に何かさせるつもりはないけど、念のためにね」
「変な感じするかもしれねえが我慢しろよ。その分一時的に身体が頑丈になってるからな。プロテクションって魔法だ。興味があればそのうち教えてやるぜ、お嬢」
「ありがとうございます」
雑木林を抜けて池が見えてきた。もっと近づこうとしたらエリザさんに襟を掴んで止められた。
「下がってなさい。魔物をあぶり出すわ」
エリザさんが池に向けて杖を振る。だが池には特に変化は起きない。小声でレイヴンに尋ねてみる。
「何をしたんですか?」
「水温を上げてんだよ。もうじき出てくるぞ」
池からボコッと音がした。気泡が一つ、二つと出てくる。さらにボコボコと音が鳴り、気泡が増え続ける。
そしてついに巨大な影が水飛沫をあげて池から飛び出した。
「さ、魚?」
「いや、でもこの大きさは……」
「グォォォオオオオオオーーーーー!!!!」
現れた魔物は魚の姿をしていた。私の身長の何倍もの大きさをしている魔物は獣のように凄まじい雄叫びをあげる。
「え、あれ飛んでません!?」
「ただの魚じゃねえんだ。そういうこともあらぁな」
大きさを除けば見た目は完全に魚なのですぐに池に戻ると思っていたが、その巨体は空中に留まっている。
ぐるりと周囲を見渡して私達の存在に気づいた。こちらを睨み、大きく口を開ける。
「何か、狙われてます、よね?」
「大丈夫よ。その前に終わらせるわ」
魚の魔物は口の先に水を生み出す。
リードさんが住民から聞いた話では、水路から突然水の柱が噴き出したとのことだった。それは下から上に出たから柱に見えただけだとしたら。今魔物が集めている水がまっすぐこちらに飛んでくるのではないか。
しかも池の水が減っている様子はない。ならばあれは魔物の魔力で生成されたものだ。橋を壊すほどの威力、直接食らったら怪我では済まない。
だがその水が飛んでくることはなかった。
「終わりよ」
エリザさんが呟いた瞬間、魔物の巨体が爆発した。
もくもくと爆煙が立ち込めて魔物の姿が覆われる。
「さすがですね。一撃で終わるとは思いませんでした」
「跡形もないですね……」
爆煙が少しずつ晴れていく。あの魔物の身体が収まるほどの煙はないのに姿は見えない。爆発で完全に消えたのだろう。
「……いや、まだよ。ルカ、壁!」
「は、はい!」
エリザさんが急に指示を出す。慌てて防御魔法を発動させて、自分の前に壁を生み出した。
直後に何かが壁にぶつかって爆発する。先ほどの大爆発に比べれば小さいものだが、立て続けに三回ほど衝突と爆発が繰り返された。
やっと落ち着き、魔物がいた場所を見上げる。
「なんですか、あれ」
そこには無数の小さな魚が飛んでいた。数匹こちらに向かってくるが、途中で火の玉を浴びて消滅する。
「あれが本当の姿みたいね。寄生していたのか擬態していたのかは分からないけど」
「協会の記録にもない新種です。出来るだけ情報を集めたいところですが……」
「燃やせば消える、ってことだけ分かれば十分よ」
エリザさんが杖から次々と火を放ち、魚を倒していく。
それをかいくぐる魚も私が出した壁でなんとか防ぎきっている。
まだまだ魔物の数は多いがこのままいけば大丈夫なはずだ。落ち着いて壁に魔力を流し続ける。
だが、唐突に状況が悪化した。
水中からいきなり斜めに水の柱が噴き出したのだ。
「え、キャーーー!!」
それはエリザさんに直撃した。エリザさんの身体は空中に投げ出されて林の方へ飛ばされる。
「え、エリザさん!? っ、きゃあ!」
動揺して魔力の流れが止まる。その隙に小さな魚たちによって壁が破壊されてしまった。
「落ち着け! 俺の魔法は効いてる。あいつは無事だ。それより前見ろ」
レイヴンに言われて前の池を見る。そこには最初にいた大きな魚の魔物が現れた。まだ小型の魔物も二十匹ほど残っている。最初のとは別でもう一体いたのか。
「そんな……。エリザさんがいないのに」
「とりあえずもう一回壁出しとけ。俺の魔法もあれ全部を防ぐほど強力じゃねえからな」
壁を出すが追撃は来ない。ずっと魔物に攻撃をしていたエリザさんを排除したことで向こうも落ち着いたらしい。
「レイヴン、どうしよう」
「エリザはすぐには戻れねえ。おい、お前は何か出来ねえのか」
「私は基本的な魔法しか使えません。代わりに壁をつくることくらいなら出来ますが……」
レイヴンがリードさんに尋ねるが答えは心許ないものだった。
どうしよう。どうにかしなければ。
でも私が出来るのは壁を出す防御魔法と、さっき初めてやった物の移動だけ。火を飛ばすのはまだ一度もうまくいってない。
対して魔物の攻撃は大型の水と小型の爆発。爆発は壁で防げるけど大型の水の攻撃は防ぎきれるか分からない。
「お嬢、とにかく耐えることだけ考えろ」
「あの、さっきエリザさんが大きいのを倒した魔法って、爆発ですか」
「あ? ああ、中から爆発させたんだろ。それがどうした?」
一つ作戦を思いついた。危険だがうまくいけばまとめて倒せるかもしれない。
「リードさん。壁を代わってもらえますか」
リードさんが防御魔法の壁を出す。私は一度自分が出した壁を消して、もう一度出す。ただし出す場所は目の前ではなく足元に横向きでだ。それに乗り、先ほど木材を動かした要領で壁を浮かせる。魔法の壁に対して効くか分からなかったけど大丈夫そうだ。
「おいお嬢、まさか……」
「行きます」
片膝をついて壁の端を持ち、バランスを取る。安定したところで魔力を一気に流す。
私とレイヴンを乗せた魔法の壁は勢いよく魔物に向けて飛び出した。
「油断した……」
林の中に吹き飛ばされて呟く。
着地してすぐ池に向かう。
ルカもレイヴンも攻撃魔法は使えない。リードとかいう協会の男も大した実力ではないはずだ。私が戻らなければ全滅もあり得る。
魔法で足を強化し、跳びはねるようにして全速力で走った。
着地して数秒で池に辿り着き、杖を前に出す。だが魔法は撃てなかった。
「なによ、この状況」
空には二匹目の巨大な魚と二十匹程度の小さい魚。そしてルカの姿があった。
防御魔法の壁に乗って空を飛び、魔物の攻撃を躱している。今のところ小さい方は手を出さずにいるが、それは攻撃手段が自爆だけだからだろう。余裕がなくなれば再び襲ってくるはずだ。
ルカがあんなに魔法をうまく使えているのは驚いたし嬉しいことだ。だが奴らがつかず離れずの距離にいるせいで攻撃が出来ない。強力な魔法でまとめて倒そうとするとルカも巻き込んでしまう。
「エリザ、聞こえるか」
「レイヴン、これどういうことよ」
レイヴンの声が頭に響く。魔法使いと使い魔は離れていても思考を共有することができるのだ。
「なんでルカが飛んでんのよ。狙いづらいじゃない」
「そのルカから連絡だ。私に任せてください、だとよ」
「はああ!?」
それっきりレイヴンからの応答は無かった。
風を切って空を駆けめぐる。
こんな状況でなければ心地良いと思えたのだろうけど、今はそんな余裕は無い。
「お嬢、エリザには伝えておいたぜ」
「ありがとうございます!」
「それで、どうするつもりだ」
「このまま突っ込みます!」
「はああ!?」
前方には小型の群れ。背後には巨大な魔物。大口を開けて私を追ってきている。
食べられないようにスピードをあげて前へ進む。
「ウォール!」
自分の周り、四方を囲むように壁を出す。複数の壁を出すのは初めてだ。思っていたより小さくなってしまったが仕方ない。これでも少しは爆風を防げるだろう。あとはレイヴンの防御魔法が頼りだ。
さらに勢いを上げて小型の群れへ突っ込む。
「おいおいおいおい、マジか!?」
レイヴンの悲痛な叫びが空に響く。
すれ違いざまに小型の数匹が爆発する。四方に張った壁が消える。やはり急拵えの魔法では一発ずつしか耐えられなかった。
だがそのおかげで小型の群れを突っ切ることができた。
そして背後の巨大な魚が大口を開けたまま追ってくる。私を狙っていた小型の群れはその口に飲み込まれていった。
直後、巨大な魚が内側から爆発した。飲み込まれた小型の抵抗だ。
きっと奴らは協力関係ではないと思っていた。根拠は最初から二匹とも出てくるのではなく隙をついて二匹目が現れたことと、巨大な魔物が戦っている間は小型が手を出さなかったこと。単なる役割分担というには連携がなさすぎた。
「やるじゃねえか、お嬢」
「よ、良かった。上手くいきましたか」
安心したら気が抜けてしまった。途端に足場にしていた壁が消える。
「うわ、いやあああーーーーー!!」
当然、私の身体は空から地上へ落下する。まずい。せっかく作戦はうまくいったのに、このままでは落下の衝撃で死んでしまう。思わず目を瞑った。
「詰めが甘い。でも、よくやったわね」
エリザさんの声がした。目を開けると私の身体はエリザさんに抱きとめられていた。
「エリザさん! 大丈夫でしたか!?」
「こっちのセリフよ」
エリザさんが杖を上空へ向ける。そこにはまた無数の小さな魔物がいた。
そうだ、一体目も倒したあとにあれが出てきたんだ。まだ終わってない。
「弟子が頑張ったんだから、私も良いとこ見せないとね」
魔物達の中心に、私でも感じ取れるほどの魔力が渦巻く。
そしてエリザさんが杖を振る。
出たのは火ではなく氷だった。氷は少しずつ大きくなり魔物を巻き込んでいく。空に綺麗な氷の華が咲いたときには、全ての魔物は凍りついていた。
「これで本当に終わりね。おつかれさま、ルカ」
微笑んで私の頭を撫でる。
大変だった課外授業は、予想以上の苦労と成果を残して終わりを告げた。
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