練習開始

「終わったーーー!!」

 引っ越しから二日が経ち、ようやく家中の掃除が完了した。

 居間の床には一つのゴミもなく、必要なものは全て棚や箱に収まった。不要なものは全て袋にまとめておいたら消えていた。エリザさんに聞いたら魔法で町のゴミ捨て場に転移させたとのことだった。

 二日間この家で過ごして、少しずつエリザさんのことも分かってきた。

 綺麗で優しい。照れた顔と寝顔は可愛い。遅くまで起きていて朝は弱い。でもコーヒーを飲むと少しずつ覚醒して、朝食もちゃんと食べきる。食べ物の好き嫌いはほとんど無いが、チーズだけは苦手。

 この前まで村しかない田舎にいた反動か、やたらと町に買い物に行きたがる。一人で行ったときは必要なものだけ買ってすぐに帰ってきたが、私が一緒に行ったときは私を着せ替え人形にして楽しそうにしている。疲れるけどお金を出してもらっているので文句は言えない。おかげでもらった硬貨はまだ一枚も減っていない。本当にいいのだろうか。

 私が何かを聞くとレイヴンと二人で説明してくれて、気づいたら二人の言い合いに発展する。最後はレイヴンが魔法で喋れなくなるか、エリザさんが言い負かされ不貞腐れて終わる。

「本当にきれいになったわね。ありがとう」

「いえ、時間かかっちゃってすみません」

「じゃあ、そろそろ始めましょうか。前に渡した杖は持ってる?」

「あ、はい」

 自分の部屋に入り、壁に立てかけておいた杖を持つ。

 昨日の晩エリザさんと話をして、今日から魔法を教えてもらうことになった。

「じゃあ、外に出るわよ。上着はちゃんと着た?」

「大丈夫です」

 引っ越した日に買ってもらったコートを着て、準備万端で外に出た。


 今日も雪が積もっていて歩く度にくっきりと足跡がつく。

「まずは魔法の基礎と系統を教えるわね」

 エリザさんがそう言うと前方に何かが現れた。細い木材が縦にまっすぐ刺さり、上の方に丸い板がついている。

「あれはなんですか?」

「ただの的よ。あとで使うから。それより説明するからこっちに来て」

 的から離れてエリザさんの方に向かう。

「魔法には大きく分けて三種類あるわ。転移、変化、その他。転移はこの前の引っ越しの時に見せたわね。それからあなたを雀に変えたのは変化」

「じゃあ村でやってた、火や槍を出したのは?」

「あれはその他ね。その他っていうと大雑把すぎるから、一応その中でも攻撃系、防御系とか細かい分類はあるけど」

「転移とは違うんですね」

「転移はすでにある物を移動させる魔法なの。あの時の火や槍はどこかにあるものを出したんじゃなくて魔法で作り出したものだから、攻撃系になるわ」

 転移、変化、その他。その他の中には攻撃系、防御系のように分けられる。見ているだけだと出したり消したりしているようにしか見えなかったがどれも違うものらしい。

「それで、最初は何からやるんですか?」

「普通は小さなものを転移させるのが一番最初の課題よ。ただ今回は攻撃系、防御系を一つずつやってもらうわ」

「どうしてですか?」

 なんとなく難しそうに感じる。まだまともに魔法の使い方も知らないでいきなり出来るものなのだろうか。

「理由は二つ。まずあなたは魔法の素質はあるから、たぶん転移はすぐ出来るようになる。杖を握っていきなり光を出せたしね。それから二つ目。ある程度自分の身は自分で守れるようになっておいてもらいたいの」

「自分の身を守れるように……」

 もしかして私も魔物と戦ったりするのだろうか。それともエリザさんが何者かに狙われているとか。

「別に命を狙われているわけじゃないから安心して。魔法使いは人に嫌われることも多いから、いざって時に逃げられるようにするためよ。あなたを何かと戦わせたりはしないわ」

「わ、分かりました。それで、具体的にはどんな魔法を?」

「まずはこれ」

 エリザさんが木の的に向かって杖を向ける。その杖の先から火の玉が飛び出す。吸い込まれるように的へ飛んだ火の玉は的の中心に当たって消えた。

「見ての通り、あの的は燃えないようにしてあるから遠慮無くぶつけていいわよ」

「遠慮無く、と言われても……」

 見ただけでは、何をどうしたら火が出るのか全く分からない。もう少しヒントをもらいたいところだ。

「んー、あの時杖を光らせたのは無意識だったのね。才能はあるけど感覚は掴めてないか。まあ、とりあえず杖の先を的に向けて」

 言われた通り杖をまっすぐ前に出す。それでもまだ何も出てくる気配はない。

「そういえば、魔法って何か呪文とかそういうのは無いんですか? エリザさんはいつも杖を振るだけですけど」

「呪文は必要ないわ。あー、でも最初のうちは魔法名は言った方がやりやすいわね。実戦だと何の魔法かばれるから言わない方がいいけど。今のはファイア。言ってみて」

「ファイア!」

 身体から杖に何かが流れた気がした。それが杖の先に達したとき、ボッと一瞬だけ火がつく。

「で、出ました!」

「ええ。やっぱり筋が良いわ」

 喜んでエリザさんを見る。エリザさんも笑って褒めてくれた。まだ全然杖のより先には飛んでいないし、一瞬で消えてしまったけど、たしかに私が魔法を使ったのだ。

「今、身体に何か変化はなかった?」

「えっと、何かが流れたような感覚がしました。身体から杖の先に」

「それが魔力よ。これから魔法を使うときは常にその流れを意識すること。意識しなくても今みたいに出せるけど上達しないからね。それじゃあしばらくやってみなさい」

「分かりました!」

 そして私はしばらく火の玉を飛ばす練習に励んだ。


 途中で何度か休憩を挟みながら日が沈むまで練習を続けた。夕食の準備を始めなければならない時間になったので、練習を切り上げて家へ戻った。

「今夜はシチューです。熱いので気をつけてくださいね」

「ええ、ありがとう」

 二人で食事を始める。

 結局火の玉は出せたがほとんど杖より先に飛ぶことはなかった。それどころか最後の方は火花が散るくらいで終わってしまった。せっかく筋が良いと褒めてもらえたのに、見限られてしまったかもしれない。

「で、どうだったんだ。記念すべき初日の授業は」

「順調よ。ちゃんと火は出てたし」

「でも、全然前に飛びませんでした……」

「そりゃそうよ。初日でそこまで上手くいったらこっちが驚くわ」

 そうだったんだ。てっきりうまく出来ないといけないものなのかと思って焦ってしまった。

「へえ、お嬢もいずれはこんなふうになっちまうのかねえ」

「何よ、悪いの」

「なれますか!?」

「ハッ、なるなよ。面倒くせえから」

 未来の私に思いを馳せながら、三人で騒がしく食事を済ませた。


 翌日。杖を手に外へ出る。

 だが今日は的はない。

「今度は防御系の魔法よ。そこの小石を私に投げてみて」

「え、小石って……」

 こんなに雪が積もっているのに、石なんてどこにもない。と思ったら、パパパッと小石が三つ現れた。

 拾ってエリザさんの方を向く。

「まず一つ投げてみなさい」

「はい」

 二つを左手に持ち、一つを右手で投げる。石はエリザさんの方へ飛んでいったが、途中で何かにぶつかって跳ね返された。

 よく見ると透明な正方形の壁があった。高さは私の身長くらい。

「これが防御魔法のウォール。触ってみて」

 壁に近づいていって手で触ってみる。鉄のように固く、冷たい。

「物理攻撃も魔法攻撃も防ぐことが出来る、防御系の基本魔法よ。魔力で作った石も弾いたし、手で触ることもできたでしょう。ただし、込めた魔力以上の攻撃を受けたら砕けるから注意して。次は二つ同時に投げて」

 壁が消えて、再び私とエリザさんの間に障害物は無くなった。

 両手に一つずつ石を持って同時に投げる。

 だがそれらはやはりエリザさんに届く前に弾き落とされた。

「え、今度は壁がない……」

「よく見てみなさい」

 目を凝らすと、魔法の壁を見つけることができた。しかしそれは壁というほどの大きさではなく、投げた石と同じくらいのサイズだ。

 ちょうどそれぞれの石が飛んだところに二つの小さな壁があった。

「慣れればこうやって複数同時に出すこともできるわ。まあ攻撃に対してピンポイントで当てるのも大変だし、自分の身を守れる大きさで出すのが基本だけど」

 エリザさんのレクチャーが終わり、実践練習に入る。

 まずは魔力の流れを意識する。身体を流れる魔力の行き先を杖にして量を調節。

 ここだ、というタイミングで杖の外に魔力を出すイメージ。

「ウォール!」

 シュン、と音がした。見ると私の前に少し橙色を帯びた半透明な壁が現れていた。高さは地面から私の胸のあたりまで。

「そのままキープして。杖の先の魔力を固定するつもりで」

 言われた通り、杖の先端に溜まった魔力を押し留めるように意識する。杖と壁の間に物理的な繋がりはないが、魔力で繋がっている感覚はあった。杖の魔力を止めておけば壁も在り続けるようだ。

 エリザさんは小石を出して壁に投げる。カン、と音を立てて弾かれた小石はそのまま地面に落ちた。

「驚いたわね。いきなり成功よ」

 成功と聞いて気が抜けてしまい、壁が消え去った。とはいえちゃんと出たし、石も弾いた。初めて魔法がうまくいったのだ。

「これが、魔法……。私が魔法を使ったんだ……」

 昨日も火は出したがすぐに消えてしまった。今度は壁がその役割を果たすところまで出来た。だから初めて魔法を使ったという実感がわいてきた。

「あなたは攻撃よりも防御の方が向いているみたいね」

 エリザさんが私の頭を撫でる。やっと本当に認められたような気がした。才能があるとか筋が良いとかじゃなくて、やったことを褒めてもらえたのが嬉しかった。


「それじゃあ、防御系はもういいのか」

「そうね。私のファイアも防げたし、十分でしょう」

「でも私のファイアはまだ飛びそうにないです……」

 夜にまた食事をしながら魔法の練習の話をする。

 ウォールは上手くいったので、今日もほとんど火を飛ばす練習をしていたが相変わらず杖より先には行かない。それでも一つ出来るようになっただけで昨日よりは気分が軽くなっていた。

「そもそも、お前が一緒にいりゃあお嬢が攻撃する必要もねえだろうがな」

「それはそうだけど。防御魔法だって絶対は無いんだから、攻撃手段も持っておいてほしいのよ」

「昨日から気になってたんですけど、どうして火なんですか?」

 槍を出したのも同じ攻撃系と言っていた。それ以外でも、要するに相手にダメージを与えるものなら火じゃなくてもいいのではないか。

 そう思って疑問を口にしたが、エリザさんの回答は簡潔なものだった。

「だって、かっこいいじゃない」

「かっこいい……?」

 少年のように目を輝かせている。本当にそれだけの理由のようだ。

「あ、あと、魔法使いって箒で空を飛んだり、とんがり帽子被ってたりしないんですか?」

「ああ、原初の魔女ね」

「また随分と古臭いイメージだな」

 村でたまに旅人と話したときに、魔法使いはそういうものだと聞いていた。エリザさんは箒も帽子も使っていないので気になっていたのだ。

「大昔にいた魔女の話よ。その頃は数人しか魔法使いがいなかった。その魔女が一人目ってわけじゃないんだけど、今の魔法協会を設立させた人だと言われているわ。だから原初の魔女って呼ばれてる。それから魔法使いはどんどん増えて男の方が多くなったから魔女じゃなくて魔法使いって呼び方に変わったらしいわ」

「物を浮かせる魔法さえ覚えりゃ箒で空を飛ぶことも出来るけどな。どうせ飛ぶならもっと乗り心地の良いもんにしたほうがいいぞ」

 つまり、私が聞いていた魔女のイメージはその人のことらしい。

 まだまだ知らないことだらけだ。やっぱり村を出てよかったと思う。ずっとあそこにいたら知らないまま一生を終えていただろう。

「私、もっといろいろ知りたいです。魔法のこととか、魔法使いのこと」

 私が自分の気持ちを言うと、エリザさんは少し迷ったような顔をした。だが少し考えたあとで私に尋ねる。

「じゃあ明日は課外授業にしましょうか?」

「課外授業?」

「この前来た依頼よ。放っておくつもりだったけど、実際にどういう状況でどんな魔法を使うか見せるにはちょうどいいわ」

 引っ越した日に魔法協会の人から受け取っていた依頼だ。読んですぐ床に捨てていたからやるつもりがないと思っていた。

「いいんですか? やりたくないんだと思ってましたけど……」

「小さい案件ばかりだったし、普段だったら面倒臭いからやらないわよ。でも勉強させるには最初はそのくらいの方がいいでしょう」

「おー、行ってこい行ってこい。いきなり魔物の大群相手にさせられたりはしねえだろうから安心しな」

「あんたも行くのよ」

 二人がいつも通り漫才のようなやり取りをしている。でもあまり耳に入ってこなかった。

 依頼があったということは何か困っている人がいて、それを解決するために魔法を使うということだ。村で魔物を倒したり結界を張り直したりしたような感じだろうか。

 まだ防御魔法しか使えない私は役に立てないと思うけど、見るだけであってもきっと意味がある。

「よろしくお願いします!」

「ええ。それじゃあ今日は早く寝なさい。明日は早いから」

「お嬢の一番の仕事は朝からこのグータラを起こすことだからな。よろしく頼むぜ」

 水晶がレイヴンに飛んでいったところで今日はお開きとなった。

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