魔法使いの本音
都会では女の買い物は長い、と言われるらしい。
村にいた頃はなんでだろうと疑問に思っていた。買い物なんて日用品と食材くらいだったからだ。
でも今、大陸で二番目に大きな町でエリザさんと一緒に買い物をしていて初めてその理由が分かった。
飲食店にて。
「ルカ、あのケーキ作れる?」
「え、うーん。似たようなので良ければ出来ると思います」
「じゃあ今度作って頂戴。今はこっちのパフェにしておきましょうか」
洋服店にて。
「これも似合うんじゃないかしら」
「あの、こんなにたくさん試着しなくても……」
「たくさん着てみて気に入ったのを買えばいいのよ」
雑貨店にて。
「あなたアクセサリーとか着けないの?」
「畑仕事には邪魔だったので……」
「もう畑仕事はしないんだから。もっとおしゃれに」
一通り買い物を終えたときには、見たことないほどの人の数とエリザさんの勢いに圧倒されてぐったりしていた。
「さて、そろそろ帰りましょうか」
「は、はい……」
エリザさんもやっと満足したみたいだ。両手いっぱいに洋服や雑貨、食材の袋を持って歩き出す。
「そこのお二人さん。ちょっといいかい」
町を出る直前に後ろから声をかけられた。振り返ると私より年上の、おそらく二十歳前後の男の人がいた。痩せ型で眼鏡をかけた、頭の良さそうな人だ。
「何か用かしら」
「こちらを」
男の人はエリザさんに四つ折りの紙を渡す。エリザさんはそれを開かずに荷物の袋に突っ込む。
「あとで見るわ。用事はそれだけ?」
「そちらのお嬢さんはお弟子さんですか」
「さあ、どうかしら」
突然私の話題になった。弟子か、と聞くのはエリザさんが魔法使いと知っているということなのか。気になったがエリザさんはまともに答えるつもりはないようなので、私も黙っておいた。
「そうですか。正式に弟子にする場合は届を出してください。それでは」
それだけ言って男の人は離れていった。
今の人は誰だったのか。今のやりとりはどんな意味だったのか。
聞きたいことはいろいろある。でもエリザさんは何も言わずに歩き出したので聞けなかった。
そのまま家に帰るまで、お互い何も言わなかった。
「レイヴン、遮断」
「はいよ」
エリザさんは家に入るなりレイヴンに何か指示を出す。レイヴンは返事をしてすぐ姿を消した。代わりに家を囲うように黒い壁が出現する。
「ルカ、いろいろ聞きたかっただろうけどよく我慢したわね。おかげで口を縫い合わせずにすんだわ」
「え、喋ってたらそんなことになってたんですか」
雰囲気に飲まれて言葉が出てこなかっただけだが、喋らなくてよかった。
エリザさんは先ほど渡された紙を出して目だけで読む。
読み終えるとポイっと床に捨ててしまう。ここはまだ掃除してないからいいけど。
「さっきの方は知ってる人ですか?」
「ええ。魔法協会の奴よ」
魔法協会。新しい言葉だ。首を傾げてたらクスッと笑われる。
「ちゃんとはじめから説明するから心配しないで」
「おいおーい、その間俺はこのままかよ」
どこかからレイヴンの声が聞こえる。エリザさんはそれを無視して説明を始めた。
「まず、魔法協会っていうのは名前の通り魔法使いの組織。世界中の魔法使いを管理し、適切に配置して各地の問題を解決させようって奴らよ」
「エリザさんもその魔法協会に入っているんですか?」
「一応登録はされてるわ。でも私は特別枠だから」
「所在は教えてやるけど言いなりにはならないわ、ってことだ」
「で、それでも協力が欲しいってときにはこうやって依頼を届けてくるってわけ。拒否も出来るけど、あんまり拒否し続けると粛清対象になるから時々は協力してやってる」
いつの間にかレイヴンも説明に加わった。壁役を早く終わらせたいらしい。
つまり、魔法使いの組織があって、エリザさんはその中でも特別で、時々依頼を受けて働いている。
「あれ、じゃあ引っ越しして大丈夫だったんですか。あ、でもあの人が来たってことは所在を教えておいたってことですか」
「教えてないわ」
「こいつ、いつも連絡を忘れてるもんだから時々チェックされてんだよ。家ごと転移したから気づいたんだろうな」
「別に悪いことしてるわけじゃなし、手間が省けただけよ」
もしかして問題児扱いなのでは。それでも許されるのは特別枠だから、なのかな。
「それで、ここからがルカにも関係する話。魔法使いになったら協会に登録しなければならない。登録を拒否すると他の魔法使い達に追われることになるわ」
「あ、さっき言ってた届ってやつですか」
「そう。魔法使いの登録は二種類あって、マスターとコモン。マスターは弟子を取れるレベルの魔法使いでコモンはそれ以外。基本的にコモンは魔法協会の使い走りにされるわ。さっきの男もそう」
次々に新しい言葉が出てきて困惑する。協会。マスター。コモン。コモンは協会の仕事をさせられる。
「え、じゃあ私も弟子になったら協会で働くことになるんですか?」
「いいえ。マスターの元で学んでいる者は基本的なルールからは除外されるわ。勿論私はマスターだから、私の弟子になるなら協会で働かせたりしない。そもそも私の手伝いのために来てもらってるのに、協会の手伝いなんかさせる暇はないわよ」
「ハハハハハ!! せっかく家が綺麗になろうとしてるのに、お嬢がいなくなっちゃ一瞬で元通りだからな」
レイヴンに大笑いされてエリザさんが少しムッとする。まあまあ、と声をかけて落ち着かせる。
「まあ、ルカの登録はまだまだ先の話よ。魔法はまだ一つも教えてないしね。使い魔を召喚するくらいまでは気にしなくていいわ」
「分かりました。あと紙の方は何だったんですか。さっき言ってた依頼とか?」
床から紙を拾う。なんだかよく分からない文字か模様が書かれている。
「それは魔法使い用の暗号文字。いずれは読めるようになってもらうわよ」
「そもそもその文字の読み書きが出来なきゃ登録の届だって出せねえしな」
魔法の習得に文字の読み書き、そしてこの居間の掃除。いつの間にやらやることが山積みだ。
「とりあえず話は終わり。今日のところは休みなさい。レイヴン、もういいわよ」
「はいよ」
外の黒い壁が消え去り、再び籠の中に烏の姿が現れる。
「そういえば、今のはなんだったんですか?」
「この子の能力の一つ、遮断。魔法の盗聴とか遠見を妨害するの。依頼は基本的に秘密だから一応ね」
「機会があればもっとすげえのも見せてやるぜ」
籠の中で得意気に胸を張る。正直今はもうお腹いっぱいだ。
買った洋服の袋を持って自分の部屋へ引っ込んだ。
「全く大人げねえな」
「何がよ」
「こんなに急いで引っ越す必要もなかったろうに。そこまであの村を遠ざけたかったか」
ルカが部屋に引っ込んで、レイヴンと二人で話をする。魔法使いと使い魔は考えを共有できる。その上長い年月をともに過ごすので隠し事なんかできない。楽だが煩わしくもある。考え方や性格まで同じではないのだ。
「お前は早くルカの退路を断ちたかったんだろう」
「もともと戻れはしないわよ。あんなことされたんだから」
「いや、お前の許しさえもらえれば戻れるさ。あの村の連中も本気でルカを嫌ってるわけじゃない。分かってんだろ」
そんなことは当然分かっている。他に差し出せる人間がいないから仕方なくルカを手放したのだ。
「だがな、そんなことしなくてもルカはここを離れはしねえと思うがな。あいつはちゃんと自分の意志でお前についてきたんだ」
「そう、かしら」
いろいろと魔法を見せて興味を引き、村に戻れないようにして連れてきた。あの子は私をどう思っているだろうか。
出来るだけ優しくしているつもりだし、欲しいものは与えている。尊敬されるように余裕のある振る舞いをしてきた。寝起きの気が抜けた姿を見られたのは予定外だが、嫌われることではない、と思う。
「そうさ。お前はミラのことを引きずってんだろうが、あいつとは」
「うるさい」
ミラのことは関係ない。私はルカが気に入ったから傍に置いておきたいだけだ。
レイヴンもこの話題はまずかったと思ったようでそれきり黙っていた。
私もこれ以上その話はしたくなくて何も言わない。
沈黙がしばらく続いた後、不意にルカの部屋の扉が開いた。
エリザさんに話したいことがあって部屋を出ると、なぜか少し重い空気が漂っていた。
「あのー……、や、やっぱりまた今度に」
「いいわ。座って。何か話があるんでしょう?」
「は、はい」
出直そうと思ったのに引き止められてしまう。戻るわけにもいかず、渋々席に着いた。
「それで、話は?」
「あの、私はここにいていいんでしょうか」
村を出てからずっと胸の中にあった質問を、初めて口に出した。
どんな反応をされるかと思ってエリザさんの顔を見ると、キョトンとして固まっていた。レイヴンの表情はよく分からないが、こちらも動かない。
「えーっと、それはどういう意味かしら」
「いや、だって、一緒に生活させてもらって、お金まで頂いて、なんか良くしてもらいすぎてるというか。本当は迷惑なんじゃないかとか、掃除とか料理は頑張りますけどそれだけでいいのかなとか」
うまく言葉がまとまらずあたふたと答える。
すると今まで黙っていたレイヴンの笑い声が響いた。
「フ、フ、ハハハハハ!! じゃあ、なんだ。村に帰りたくなったとか、そういうんじゃねえんだな」
「え、はい。たまにはみんなの顔も見に行きたいですけど、まだ村を出たばかりですし。結界も直ったから元気にやってると思いますし」
「あ、あなたねえ……」
レイヴンは笑い続けて、エリザさんは肩透かしを食らったような顔をしている。そんなにおかしなことを言ったかな。
「ルカ、あなたは私のせいで村を出ないと行けなくなったのよ。怒るとか悲しむとか、そういうのはないの?」
「そうだぜ。命が欲しけりゃそこの娘を差し出せなんて言った悪魔のような女に復讐しようとか思わねえのか?」
「あんたは黙りなさい」
何か魔法をかけられたらしく、レイヴンがまともに声を出せずモゴモゴ言っている。
もしかしてエリザさんはずっと気にしていたのだろうか。私を無理やり連れてきたと思っていて、だから逃げないように優しくしてくれたのか。
「エリザさん、違いますよ。私は自分で望んでついてきたんです。あの時、流れでそうしたわけじゃないです」
「なんでよ。村で私の悪い噂が流れてたのは知ってるわ。愛想が悪いとか、魔物を食ってるとか、そのうち村の人間を襲おうとしてるとか。なんでそんな奴と一緒に行こうと思うのよ」
なんか私の知らない噂まで増えてる。ちょっと笑いそうになったがなんとかこらえた。だがいつのまにか魔法の解けたレイヴンが茶々を入れる。
「ハハハ!! 意外と気にしてやがったんだよ、こいつは。実はかなり繊細なんでな。ハーッハハハ!」
「……ふ、ふふ」
家中に響くような声で大笑いするせいで、つられて吹き出してしまった。エリザさんのこめかみがピクッと動く。
咳払いで誤魔化してなんとか話を戻した。
「私も直接会うまでは怖い人なんだろうと思ってました。でもエリザさんは優しくて、綺麗で、かっこよくて。私を助けてくれて、魔法を見せてくれました。なんか、すごく世界が広がった気がしたんです。それまではあの村が私の世界の全てだったのに、もっといろんなことを知りたい、この人と一緒に行きたいって思ったんです」
言いたいことは言い切った。エリザさんは、ふーん、とだけ言って横を向いてしまう。
余計なことを言ったかと心配になった。
「何照れてんだよ。いい歳して」
「照れてないわよ!」
レイヴンに向かって水晶が飛んでいく。
照れてる……?
ゆっくりと顔が見える位置に移動しようとしたら完全に後ろを向いてしまった。
でも、一瞬だけ見えた頰は少し赤かった。
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