魔法使いの面接

 森を抜けてエリザさんの家に着く。以前は玄関先までだったので、中に入るのは初めてだ。


「ひどい……」

 まるで泥棒にでも入られたかのような惨状だった。ゴミや本、それに水晶か何か、よく分からないものまで、全てが床に散らばっている。

「だからあなたに来てもらったのよ。とりあえず座って」

 座ると言ってもどこに……。と思っていたらゴミがふわっと浮かび上がり、次々に袋に詰め込まれていく。そして空いたスペースに椅子が向かい合わせに二つ現れた。

 エリザさんに続いて椅子に座る。

 落ち着いたところで部屋を見渡すと、改めてその凄さを実感する。壁から生えている鹿の剥製。天井から吊るされた籠。その中には烏が一羽。天井そのものにも何かの仕掛けで常に空が映っている。雲一つない青空かと思ったら急に星空になったり、せわしなく動いている。


 部屋の内装に圧倒されていると向かいに座ったエリザさんが突然声をかけた。

「はい、それでは面接を始めます」

「え」

 なんか始まった。面接とかあるんだ。

「ルカ、家事は出来る?」

「はい。一人暮らししていたので」

「掃除も洗濯も料理も? 得意料理は?」

「できます。野菜使う料理はだいたいなんでも作れます。お肉は村にあまり無かったので簡単なものだけですけど」

「はい採用」

 開始一分で採用された。なんだったんだろう、これ。ていうかここまで来て不採用とかあるの?

「部屋はあっちね。隣は私の部屋だから勝手に入らないこと。お風呂と台所は好きに使っていいわ。食材は私も適当に買ってくるけど、あなたも好きなもの買って好きなもの作っていいから。美味しいのをよろしく」

「は、はあ。それはいいんですけど。あの、私お金持ってないです……」

 勢いで村を飛び出してしまったので無一文だ。それどころか着替えすらない。着の身着のままとは正にこのことか。

「ああ、そうだったわね。大丈夫よ、お金は私が出すから。そうね……、あれでいいか」

 エリザさんが手を振ると、床から何かが飛び出してきた。静かに落下したそれは、きれいに私の膝に収まった。

「これ、動物、ですか?」

「豚よ。見たことない? 前に住んでた地方では豚の形をした貯金箱が名産だったの。なんとなく買ってみたけど使わないから埋もれてたのよね」

 ひっくり返してみたら下に蓋がついていた。ここを開けて中身を取り出すようだ。なんとなく振ってみたが音はしない。

 だが突然貯金箱が重くなった。

「え、あれ」

 ジャラジャラと音が鳴る。もう一度ひっくり返して蓋を取る。中には硬貨が何枚も入っていた。

「とりあえずそれだけ渡しておくから、後で服でも買いなさい。足りなくなったら言って」

「え、いいんですか、こんなに!?」

 一、二、三、……。金貨が十枚。それから銀貨が五枚。

 ちなみに私が売っていた野菜は一つで銅貨一枚。村ではすべての売買が銅貨で事足りていた。たまに旅人が金貨や銀貨を見せてくれたことはあったが、こんなにたくさんは見たことない。

「いいのよ、余ってるから」

 なんでもないように答える。私からすれば凄まじい発言だ。


「そんなことより、あなた魔法を覚えるつもりはない?」

「魔法って私にも使えるんですか。そういうのって生まれ持った才能とかなんじゃ……」

「あなたは十分才能あるわよ。ただ使い方を知らないだけ」

 あっさり言われるが信じられない。ただの村人だった自分が魔法を使うなんて考えたこともなかった。

 でも、使えるのなら。村で魔物を圧倒した火や槍。先ほど見たゴミや貯金箱の移動や硬貨の出現。そしてエリザさんの美貌。

 正直、出来るのならやってみたい。

「じゃあ、よろしくお願いします!」

「ええ。落ち着いたら少しずつやっていきましょう。とりあえず今はもう寝なさい。あんなことがあって、そのまま森を抜けて歩いてきて疲れたでしょう」

 はっとして窓の外を見る。夜中に魔物の声で目覚めて、今はもう明るくなり始めている。時間を意識したら急に疲れが押し寄せてきた。

「それじゃあ、あの、休ませてもらいます。あと、これからよろしくお願いします」

「ええ、おやすみなさい」

 エリザさんはまだ眠らないようで、座ったまま答えた。

 私はさっき言われた部屋に入る。この部屋は思っていたより片付いていた。そもそも物が少ない。家具はベッドとタンス、化粧台くらいだった。

 まっすぐベッドに向かって倒れ込み、そのまま眠りについた。


 ルカがいなくなった部屋で私は一人考え事をしていた。

 いきなりいろいろ言いすぎただろうか。魔法のことは後からでも良かったかも。

「どういう風の吹き回しだよ、今更人を抱え込むとは」

 籠の中の烏が喋りだす。そういえばこの子のことも言っていなかった。

「いいじゃない。可愛い子でしょう」

「どうせろくな結末にならないだろうに」

「それより何でさっきまで喋らなかったのよ。紹介し損ねたじゃない」

「喋ったらびっくりすんだろ。起きたら紹介しといてくれや」

 意外とこの子なりにルカを気遣ってくれているらしい。

「そうね。じゃあ私ももう寝るわ。見張りよろしくね」

「おう。ごゆっくり」

 自分の部屋に向かう。先にルカの部屋を覗こうと思ったが、小さな寝息が聞こえてきたのでそのまま自分の部屋に入った。

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