第18話 近づいた距離が、とにかく嬉しい

「それでは、懐中電灯を持ってお入りください」

 入り口の黒いビニールをくぐると、中は真っ暗だった。懐中電灯を点けると、足元には生首が転がっている。

 これが漫画かドラマだったら、どちらかが物凄く怖がって、腕を組んで進んだりとかするのだろう。しかし、俺も宮崎も、流石に高校生。必要以上に怖がることはなく、適切な距離で歩くことができた。

 とはいえ、聞こえる音が恐怖を煽るBGMだけというのはちょっと嫌だったので、俺は何か話そうと考える。えっと、話題、話題……。

「そういえば、美術部の展示に行ったんだけど」

「うん」

 ゆっくりと、二人で一歩ずつ進んでいく。

「何かそこで、スケッチブックの人って呼ばれたんだよね」

「……」

 宮崎の反応が無かったので、ちょっとそっちを照らしてみる。

「照らさないでよ……やめて」

 真っ赤な顔のメイド女子に睨まれたので、俺は直ぐに前方を照らすことにした。

「ま、まぁそのことはともかくとして、言いたかったのは、宮崎の絵が滅茶苦茶良かったっていう話で」

 こっちが本題だったのに、どうして俺は余計な前置きをつけてしまったのだろうか。まぁ、俺をスケッチしていたっていう話を気になると言えば気になるんだけど……。

「そうなんだ。そっか。良かったなら、良かった」

 ちょっと不思議な日本語を使った後、宮崎は安心したような息を漏らす。視界が制限されるお化け屋敷だから、そういう小さな音も確かに感じられた。

「殺してやるぅぅぅぅぅ!」

 瞬間、どこかから包丁を持った髪の長い女が現れる。

 完全に意識の外からの攻撃だったので、普通に驚いてしまった。

「うわぁぁぁぁ!?」

「きゃあああああ」

 二人共絶叫して、走って逃げる。

「許さない……」

 逃げた先には、血塗れの死体。ギョロッとした目でこちらを睨んできた。後に気を取られていたので、これもまた不意を突かれて、かなり驚いた。

 二人で悲鳴を上げながら、逃げる、逃げる。お互いに格好いい姿を見せる機会などなく、醜態を晒すばかりだ。

 慌てて暗幕から飛び出すと、行列を作っている人達が俺達に注目を注いでいた。

「へー、怖そうで良いね」

「いや、あのカップルはビビりすぎだろ」

「ちょっと楽しみになってきたわ」

 どうやら、俺達の叫び声はお化け屋敷にとって良い宣伝になったらしかった。

 康太が中で喜んでいるのが目に浮かぶぜ……。

「あー、怖かった」

 宮崎は汗だくで、髪も乱れていた。自分の胸を抑えて、息を整えている。きっと、俺も今似たような状態なのだろう。

「怖かったな」

 俺は宮崎と同じ言葉を繰り返した。思考が乱れて、自分の言葉が見つからなかったのだ。

 ふと、互いの顔を見る。

「いっくんって結構びびり?」

「それはお互い様だろ」

 言いながら、二人で笑い合う。

 何か今、俺達って本当の恋人同士みたいだ。

 そんなことを思ったけれど、口に出すことはしなかった。

「はー、ちょっと休ませて……」

 お化け屋敷を出て直ぐの壁に、宮崎はもたれ掛かる。

「なんか話の途中だったはずなのに、怖すぎたせいで何話してたのか忘れたな……」

「絵の話じゃなかったっけ」

 宮崎はメイド服が着崩れているのを直しながら、ちらと俺の顔を見てくる。

「あー、そうだ。宮崎の絵が凄い良かったっていう話」

 俺がぽんと手を打つと、宮崎は照れ臭そうに口元を弛緩させた。

「実は、最初は別のものを描こうとしてたんだけどね」

「そんな裏話があったのか。じゃあ、元々の題材は何だったんだ?」

 純粋な興味で質問したのだが、宮崎は自分の唇に人差し指を当てて、意味ありげな視線を俺に向ける。

「秘密。強いて言うなら……私の好きなもの、かな」

 宮崎の好きなもの。

 愛犬のムギだろうか。母さんからは、さくらんぼが好物だと聞いたことがあるが……。

「って言っても、絶対そのまま描いてたら黒歴史確定だったから、やっぱり変えてよかったかも」

「黒歴史?」

 描いたら黒歴史なもの。スケッチブックに描かれていた俺……。

 いや、まさかな。

「初美ちゃーん! そろそろ戻ってきて!」

 遠くの方で、さっき話していた女子……えっと、ヒトミちゃん? の声がした。

「あ、うん。今行く!」

 宮崎はその声に反応し、直ぐに走り出そうとする。

 しかし、少しだけ立ち止まると、こちらを振り返った。

「ありがと」

 大きく手を振ってから、宮崎は走り去る。

「あ、あの!」

 俺は思わず、宮崎を呼び止めてしまった。

 宮崎はピタッと立ち止まって、もう一度、振り返る。その姿が、何だか俺にはスローモーションのように見えて。

 どうして、俺は呼び止めたんだろう。

 何か、言いたいんだろうか。

「待ってるから、一緒に帰りませんか?」

 口が、勝手に動いた。内面より先に、俺の感情は行動に表れたのだ。

「……何で敬語?」

 宮崎は、唇を尖らせて、照れ隠しのようにツッコミを入れる。そしてそれから、どんな上質の布よりも柔らかく微笑んだ。

「分かった。じゃあ、校門前で」

 甘い囁きを残して、宮崎は去っていく。俺は返事が出来ず、ただ頷いただけだった。

「帰り、話すことあるか……?」

 何だか頭がごちゃごちゃしていて、考えが纏まらない。

 分かるのは、一つだけ。

 多分俺は今、宮崎ともっと一緒に居たかったんだ。

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