第17話 似合ってるって、めっちゃ嬉しい

 康太の休憩時間も、そろそろ終わりが近づいてきた。

「そろそろ、店の方に戻らないとな」

 携帯で時刻を確認して、康太が呟く。

「忙しそうだな」

 俺が何気なく呟くと、康太はにっこり笑った。

「滅茶苦茶楽しいぞ」

「だろうな」

 本当に、康太が楽しそうで良かった。どこの店も面白かったし、この学校の文化祭って生徒皆がかなり力を入れてるんだな。

「あと、俺が休憩終わったら一回お化け屋敷に入ってみろよ。絶対驚かせてやるから」

 康太はわざとらしく身体を揺らして、飛び出している目玉をぷらーんぷらーんと揺らす。

「何かその姿が見慣れちゃったから恐怖が半減しそうだな」

「……それは考えてなかったな」

 そんな話をしながら歩いていると、康太のクラスのお化け屋敷に到着した。それなりに行列が出来ていて、店の調子は良さそうだ。

「あ」

 すると、行列の最後尾に知った顔があって、俺は思わず声を上げてしまう。

「……あ」

 俺に気が付いた宮崎は、目を逸らし、頬を赤く染めた。

「賭けは俺の勝ちだな」

 康太がドヤ顔で勝利宣言をする。物凄くウザい仕草だったが、俺は敗北を認めざるを得なかった。

 宮崎は、メイド服を着て、そこに居た。

 どうしてメイド服を着ているのだろうか。混乱しながらも、俺は宮崎をしっかり観察する。

「……めっちゃ似合ってるな」

 単純な感想がぽろっと口から漏れる。

「あ、あんまり見ないで……」

 宮崎は益々顔を赤くした。何だこの可愛い生き物。

 




「せ、宣伝になるから、休憩する時に着ていけって、そう言われて。本当は嫌だったんだけどね。しょうがなくね」

 宮崎の話によると、クラスの人から宣伝のために無理矢理着せられたらしい。それは災難だったな。

「あ、初美ちゃん」

 すると、隣にあった写真部の展示から出てきた女子が、宮崎の名前を呼ぶ。そういえば、俺と康太が店に行った時、メイドさんの中にこんな人が居たような気がする。今はメイド服を着ていないので、確かなことは分からないが。

「え、あ、ヒトミちゃん」

 宮崎は、その「ヒトミちゃん」とやらの姿を見て、顔を真っ青にした。

「やっぱり似合ってるね、メイド服!」

 ヒトミちゃんは興奮した様子で、鼻息をふんと出した。

 確かに、宮崎はメイド服が似合っている。ちょっと大人びた顔つきと、安いコスプレ感満載の衣装のアンバランスさが、得も言われぬ可愛らしさを醸し出す。どうして店の方でメイド役をやらなかったのか不思議なくらいだ。

「うん、ありがとうね」

 宮崎はまだ青ざめたまま、無理矢理に笑顔を作って対応する。ヒトミちゃんの方は宮崎の微妙な表情に気付いていないようで、満面の笑みを浮かべていた。

「いやー、急にメイド服を貸してくれって言われた時はびっくりしたけど、嬉しかったよ、あたし。準備の時はあんなに着たくないって言ってたのに! 勇気を出してくれてありがと!」

「え、あ……うん」

 宮崎は一瞬こっちをちらっと確認して、ヒトミちゃんへ頷いた。

 聞いた話と違うんだけど、どういうことだろうか。まぁ、反応を見るに間違いなく宮崎が嘘をついたのだろう。もしかして、メイド服を着たくなったのが恥ずかしかったのだろうか。

 いろいろ考えながら女子二人の会話を聞いていたら、ヒトミちゃんの視線がこちらへ向けられた。

 鋭い眼光。

 俺を見る。宮崎を見る。もう一度俺を見て、またまた宮崎へ戻る。

「……初美ちゃん、この人、誰?」

 まぁ、当然の疑問である。クラスの人気者な美少女の隣に居る、謎の冴えない男。気にならないはずがなかった。

「えっと……」

 宮崎は、何と答えたら良いか悩んでいるようだった。丁度、俺が美術部の展示室で悩んだのに似たような構図だ。俺達の輪郭のない関係を、宮崎はどう表現するのか。それは、ちょっと気になる。

 しかし、沈黙に耐えられなくなったのか、ヒトミちゃんは緊張した面持ちで口を開く。

「もしかして、彼氏?」

「あ、じゃあそれで」

 面倒になったのか、宮崎は物凄く適当な口調でヒトミちゃんの予想に乗っかった。そんな宮崎の反応に、ヒトミちゃんはぷりぷり怒り出す。

「じゃあそれでって何!? 全くもー、真面目に答えてよぉ」

「ただの知り合いだって、知り合い」

「そうそう。知り合いだから」

 宮崎の言い分に、俺も同意する。まぁ、一番簡単に、そして当たり障りのない表現をするならば「知り合い」というのは順当な表現だろう。

 しかし、ヒトミちゃんはそうした説明があっても尚、俺達に訝しげな視線を向ける。

「ただの知り合いが、一緒にお化け屋敷に並ぶ?」

「へ?」

「え?」

 俺と宮崎は、ほぼ同時に後を見る。

 さっきまで最後尾だった宮崎は、行列の中腹くらいの位置に居た。というか、列が強烈に伸びているのだ。恐らく、昼飯時が終わり、飲食店で品切れが出てきたことから、お化け屋敷の需要が高まったのだろう。

 問題なのは俺だ。列が伸びていることに気が付かなかった俺は、宮崎と話をしているうちに完全に列に組み込まれていた。

 端から見れば、俺達は完全に一緒にお化け屋敷に来た男女ということになってしまう。

「いや、俺は……」

 ただ間違えて列に入っただけだ、と言おうとしたら、急に列が動いて、人に流されてしまった。

「初美ちゃん、後で絶対説明してね!」

 行列の向こうで、ヒトミちゃんの声がした。

「どうしよう……」

 隣の宮崎が、頭を抱える。

「実際知り合いなんだから、説明して誤解を解くしか無いんじゃないか?」

「絶対信じてくれないと思う」

「まぁ、それはそうかもしれないけど」

 確かに、俺が宮崎のクラスメイトという立場だったら、間違いなく彼氏かそれに類する何者かだと考えるだろう。タダでさえ、モテモテで男子とちょくちょくデートしていると噂が立っている宮崎だ。むしろそう考えるほうが自然と言える。

「それと、この行列もどうしよう……」

 宮崎は益々伸びていく列を困ったように見つめる。

「というか、宮崎はなんで一人で並んでるんだ? 普通こういうのって、友達と来るもんじゃないのか?」

 俺が首を傾げると、宮崎は俯いてどんよりし始める。

「誘ったんだけどね。時間が合う友達が皆ホラー駄目で……それでもどうしても行ってみたかったから一人で来たの」

「あー、そういうことだったのか。でもかえって良かったかも知れないぞ? 多分、こういうのって一人で入るのが一番怖いから」

 友達とわーきゃーやってると、気付いたら終わってたみたいなことになったりするからな。じっくり楽しむという意味では悪くないだろう。

「確かに、それはそうかもね」

「お互い一人だし、それぞれじっくり楽しむとしよう」

 そんな風に話していたら、受付に居た女子立ち上がった。

「ちょっと行列が凄すぎるので、一人で来てる人は二、三人で纏めて入ってもらいます!」

 女子は、申し訳無さそうにしながらも、声を張り上げる。

 俺と宮崎は、顔を見合わせた。

「……」

「……」

 互いに、沈黙。言うべき言葉が、いまいち見つからない。

「ここまで並んだし、止めるのは勿体ないよな」

 ようやく絞り出せたのは、言い訳じみた言葉達。

「そ、そうだよね。勿体ないからね。仕方ないね」

 宮崎も、何だか自分に言い聞かせるように同意してくれた。

 まさか、康太の言っていたことが現実になるとは、夢にも思わなかった。信じられない……。

 ふと出口の暗幕の方を見ると、暗幕から少しだけ顔を出した康太と、さっき列に指示を出していた女子が話していた。話しの途中で、康太は俺の視線に気づく。康太は俺に向かって、ドヤ顔でサムズアップした。

「お前の指示かよ!」

「わっ、どうしたの急に……」

 俺の突然の大声に、宮崎はびくりと肩を震わせた。

「いや、何でも無い、ごめん……」

 メイド服の宮崎と、お化け屋敷の行列で隣同士。

 なんつーか、どうしてこうなった。

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