第16話 へぇ、メイド服好きなんだ

 美術室から出てから、俺は特定の店に入らず、上から下まで全部の階の様子を見た。そして最後に、一階の奥にあるお化け屋敷の前へ行く。多分、そろそろ康太が休憩に入る頃なんだが……。

「お、樹!」

 すると、お化け屋敷の出口にある暗幕の隙間から、康太の声がした。

「そろそろ休憩だったよな?」

「そうそう。ちょっと待ってくれ」

 康太はそう言いながら、暗幕の中で何やらガサゴソやっている。受付じゃなく中に居るということは、やっぱり何かのお化けに扮しているのだろうか。

「それじゃ、行くか!」

 康太がようやく姿を現す。血塗れのシャツを来た康太は、何と左目が取れていた。まぁ、明らかに飛び出ているのは作り物の目玉だけど。とはいえ暗いところなら分かりづらいだろうし、かなり気合の入ったメイクである。

「すげぇな」

 俺が感嘆の声を漏らすと、康太は「ふふん」と鼻の頭を擦った。

「いやー、文化祭のためとはいえ、目玉抉り出すのは結構痛かったわ」

「文化祭に命賭け過ぎだろ」

 まぁ、目玉が飛び出ている奴と並んで歩くことなんてそう無いから、いい経験だ。

「それで、どこに行く?」

 予定も何も相談していなかったので、俺はどこに行くか康太に任せることにした。

 康太は休憩が短い。なら、せめて行きたい場所に行ってもらいたいもんだ。

「取り敢えず、宮崎さんのクラスに行くか」

「宮崎の?」

 俺はさっきまで全部の店を見て回っていたが、結局宮崎がどのクラスなのかは分からなかった。一体何の店なのだろうか。

「いざ行かん! メイド喫茶へ!」

 血塗れの男が、拳を突き上げて宣言する。

 ……宮崎がメイド喫茶、ねぇ。




「お帰りなさいませ、ご主人様」

 店に入るなり、コスプレ感あるミニスカートのメイドさんがお出迎え。

 二年二組は、いっそ清々しいほどに古典的なメイド喫茶だった。

 思わず、宮崎が居ないか探してしまう。

 居た。

 宮崎は、長机で仕切られたスペースで、紅茶を淹れたり、ケーキを用意したりしていた。メイド服は、着ていない。

「……」

 なんか、そんな気はしていた。だから、別に残念だなんて思ってないし。がっかりとかしてないし。

「ほら、座ろーぜ」

 康太に言われて、俺は慌てて席についた。

 結局その後は、何というか、普通にカフェだった。いつかテレビで見た本気のメイドカフェのように「萌え萌えキュン」みたいなこっ恥ずかしいおまじないが出来るほど恥を捨てられる女子は居なかったのだ。

 なので、店名こそメイド喫茶と言っているが、実質は挨拶がメイド風なだけで、結構普通に喫茶店だった。

「二年で食品許可の抽選に当たったの、ここだけなんだよな。ほんと羨ましいわ」

 康太は店内を見回しながら紅茶を啜る。文化祭という状況だからいちいち驚く人は居ないが、血塗れの男がメイドの前で飲食しているのは、結構シュールな光景である。

「でもケーキも結構美味しいし、良い店だな」

 俺はシフォンケーキを一口食べる。ふんわりとしていて、甘さ控えめ。衛生管理の問題で生クリームは使用不可らしいが、充分に美味しかった。

「良い店なのは否定しない。ただ、一つ不満があるとすれば……」

 康太が険しい顔つきになる。

「あるとすれば?」

「何で中のスタッフはメイド服じゃないんだろうな」

 康太は宮崎達が居るスペースをちらと見る。

「メイド服もタダじゃないし、調理とかするのにコスプレしてたら邪魔な上に汚れるだろ」

 メイド服を着回しするにも、サイズの問題がある。見ると裏方の大半は男子だったが、宮崎のようにメイド役にならない女子が現れるのも自然なことなのだろう。

「そーゆー冷静な意見が聞きたいんじゃねぇんだよ俺は。見れるもんなら全員分のメイド服姿見たいだろ?」

 しかし、康太は納得していないようだった。正直、言いたいことは分かる。

「そりゃ、見れるんなら見たいけどさ」

 俺が軽く同意すると、康太はにやりと笑った。

「そうかー、樹はメイド服が大好きかー!」

 そして大声で何か言い出す。

「急に何言ってんだお前!?」

 狭い教室全体に響くほどの声量だった。客も店員も、こちらを見てクスクス笑っている。

 そうだ、宮崎は? 俺はさっきまでケーキを皿に並べていた宮崎の方を見る。宮崎は、明らかにこっちを無視して、作業を続けていた。まぁ、今の俺達と知り合いだとは思われたくないだろうなぁ。

「康太、お前どうやって殺されたい?」

 俺は努めてにこやかに康太へ語りかけた。

「俺、もう死んでるようなもんだから」

 康太は自らの飛び出た目玉を指差す。

 あまりにも下らない冗談で、力が抜けてしまった。

「……どうしてあんな意味不明なことを叫んだんだお前は」

「俺は可能性に賭けたんだよ」

「可能性?」

「ああいう風にアピールしたら、宮崎さんがメイド服を着て現れる……かもしれない」

 康太の目がギラリと光る。

 あまりにも低い可能性に賭けすぎだろ。そこまでしてメイド服が見たいのかコイツは……。

「まぁ、期待しないで待っておこう」

 俺は余っていた紅茶を一気に飲み干して、店を出る準備をする。

「俺の見立てでは確率は半々なんだけどな」

 康太も俺の様子を見て、ケーキを食べる手を早めた。

「俺からすれば、3%も無さそうだが」

 そもそも、二度同じ店に入ることは無いだろうし、この文化祭中で宮崎の姿を見るのは恐らくこれが最後だろう。

「次はたこ焼きでも行くか」

 店を出た後、康太は廊下に貼ってあったポスターを指差す。可愛らしいタコのイラスト。タコのキャラクターにたこ焼きを持たせるのって、かなり恐ろしい行為だよなぁ。

 とはいえ、食欲が湧くポスターでもあった。

「よし、そうするか」

 それから俺達は、しばらく色々な店を回って楽しんだ。

 その間、宮崎に会うことは、全く無かった。

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