第15話 何だかつい、描きたくなっちゃって
あけぼの高等学校文化祭、当日。
俺は久々に電車を使って、北あけぼの駅を降りた。そこから十分程歩くと、真新しい校舎が姿を現す。三年前に改修工事をしたばかりだから、本当にピカピカだ。
その綺麗な校舎に『第37回 あけぼの高校文化祭』と書いた横断幕が飾られている。紙で作った花のアーチに、数々の屋台のお出迎え。保護者にOB・OGが入り混じって、正に祭りというべき熱気がそこにはあった。
「さて、まず、何処に行くか……」
後に送られてきた康太のシフト表によると、休憩時間はかなり短いようだった。大方、店の中心人物になっているのだろう。アイツはそういうのを進んでやりたがるから、間違いない。
そして康太の休憩が短いことが何を意味しているかと言うと、俺が一人で行動する時間が増えたということである。
食べ物や縁日、お化け屋敷みたいなのは、友達と行ったほうが楽しそうだから後回しとして……。
「最初に行ってしまうか」
俺がまず行こうと思ったのは、美術部の展示だった。開催しているのは、一年一組。行き辛い三階の、一番奥に位置する教室だ。うん。奥から入口に向かって見て回るのも面白いだろう。
宮崎が居たらどうしようかなぁ、なんて考えながら、騒がしい学内を歩く。
「テニス部のたこ焼き、めっちゃ旨いよー!」
「三年五組、三年五組のチュロス! チュロスをよろしく!」
廊下ではコスプレをした一団が各々の店の看板を掲げて、宣伝合戦をしている。
しかし、三階の奥まった一角だけは、様子が違っていた。異常なまでに静かなのだ。それこそ、美術館か何かのような雰囲気である。
一年一組の教室に入ると、そこには何枚かパネルが立てられており、額縁に入った絵が掛けられていた。それぞれ絵の下には、タイトルと作者名が書かれたプレートがある。
受付では三人の女子が、仲良さそうに小声でお喋りをしていた。絵を見ているのは恐らく先生であろう女性と、何処からやってきたのか分からないお爺さんだけだ。
見たところ、宮崎は居ないようである。他の場所を回っているのか、クラスの出し物をしているのか……。
思えば、俺は宮崎がどのクラスなのかを知らなかった。もしかしたら、この文化祭中に会うのは難しいかも知れないな。
「えっと、これって勝手に見ちゃって良いんですか」
一応、受付の人達に話しておく。すると、そのうち特に小柄な女子が、俺の顔を見て「あ」と声を上げた。
「え、何?」
俺はその女子の顔をじっと見る。忘れているだけで知り合いだったのかもしれないと思ったからだ。しかし、幾ら記憶を辿っても、この顔には覚えがない。
女子の方も、俺のことを見ていた。受付の他二人は、興味津々といった感じで俺達の様子を観察する。
「なにこれ、恋愛フラグ?」
「いや、喧嘩が始まるのかもよ」
「えー、他校の生徒と問題起こしたら文化祭中止じゃね?」
俺は全くそんなつもり無いのだが、二人の間で勝手に話が進んでいく。
「いやいや、違うって二人共!」
俺と見つめ合っていた小柄な女子が、立ち上がって声を上げる。
「スケッチブックの人!」
小柄な女子は、俺をビシッと指差した。
何だその紫のバラの人みたいな呼称は……。そんな愉快なあだ名、付けられた覚えは無いぞ。
「あぁ!」
「確かに!」
しかし、美術部の三人組は俺の顔を見て勝手に納得している。
俺が困惑していると、小柄な女子は少しだけ躊躇った素振りを見せた後、説明をし始めた。
「いや、その、ウチの部員がね。スケッチブックによく人物画を書いてるの。それが知らない男子だったから、一体誰なのかずっと気になってたのよね」
「あぁ、だからスケッチブックの人……」
というか宮崎。何やってんだお前……。写真を参考にしているとか何とか言ってたから、多分この前一眼レフを持ち歩いてた時に撮った写真を使って絵を書いたのだろう。でも、何故俺の絵を描いた? 何か分からないけど、滅茶苦茶恥ずかしいじゃねぇか。
「初美ちゃんの知り合いなの?」
「どういう関係?」
「絵の方が格好いいな……」
美術部三人組は、俺に思い思いの声を浴びせてくる。取り敢えず、宮崎が俺を変に描いていないということだけは安心した。っていや、そうじゃなくて。
「まぁ、知り合いと言えば知り合いだけど。多分そっちが思ってるほど深い仲じゃない……はず」
宮崎と俺のことについて、簡潔に説明できる言葉が欲しい。上手く説明できているか不安で、語尾が自信なさげになってしまった。
「何その怪しすぎる説明」
小柄な女子が直ぐツッコミを入れてくる。
確かに、自分で言っていても怪しい感じがした。
「まぁ、絵だけ見て帰るんで。はい」
これ以上何か言っても墓穴を掘るだけな気がしたので、俺は逃げることにした。急いで絵を見て回る。高校生ともなると、やっぱりクオリティが高いんだな。ド素人から見ると、皆本当に上手だ。
そうして絵を見ながら、宮崎が描いたのはどれかなぁと作者名を見ていたが、確認するまでもなく、明らかに宮崎が描いたと分かる絵が、一枚飾られていた。
「……こりゃすげぇわ」
中央に大きく書かれているのは、見覚えのある猫だった。雨の降る街の中で、傘の下にいる。そしてその傘も、見覚えのあるものだ。
あの雨の日の冷たさが、一瞬にしてフラッシュバックする。ただ、それだけではない。背景の奥に、光が射しているのだ。まるで、猫の行末が希望に満ちたものであることを暗示するような、暖かな光。雨と晴れが、寂しさと喜びが、一つの紙の上で混ざり合う。
さっきまで急いで絵を見ていたというのに、俺は宮崎の絵の前で、ずっと立ち止まってしまったのだった。
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