第14話 先約があったら、誘えないよね
『よっしゃ、文化祭行こうぜ!』
電話が繋がって、第一声。康太は、物凄く元気に俺を誘ってきた。俺はベッドに寝転んでいた身体を起こして、話をきちんと聞く体勢になる。
「文化祭?」
『おう。もうすぐウチの高校であるからさ。去年みたく、クラスの売上に貢献してもらおうかなーと』
そういえば、俺は去年も康太の通っている「あけ高」の文化祭に行ったことがあった。康太のクラスは縁日をやっていて、聞いたことのないゲームソフトを景品で手に入れた記憶がある。
あの時は結構楽しかったなぁ。
「行く行く。今年お前のクラスは何やんの?」
俺は二つ返事で文化祭へ行くことを決めた。そういう皆で盛り上がる場は嫌いじゃないし、康太が居るなら間違いなく楽しめるだろう。
『お化け屋敷。本当は食べ物出したかったんだけど、三年が優先されるから無理だったんだよなー』
「お化け屋敷か……」
何だか男二人で入ってもあんまり盛り上がら無さそうだな。しかも康太は内部構造を知っている訳だし。
『宮崎さんと一緒に来いよ! 絶対驚かせて良い雰囲気にするから!』
「馬鹿言うなよ」
そもそも、宮崎はモテモテだし人気者なんだから、学内に数多居る友達と一緒に行動するだろう。
『俺が何のために宮崎さんへお前の連絡先を教えたと思ってんだ! どうせ一回くらいは電話来てんだろ! 今度はお前から電話して誘ってやれば良いじゃねぇか!』
「そうだ思い出した! お前が俺の連絡先を宮崎に教えたせいで物凄い恥ずかしいことになったんだからな!」
その後に色々あったせいですっかり忘れていたが、俺は康太へ恨みがあるんだった。この恨み、晴らさでおくべきか。
『何で連絡先を教えたくらいで恥ずかしいことになるんだよ』
実に最もな指摘だ。まぁ、確かにあの時のことは俺の自爆という説もあるにはあった。
「ま、まぁとにかく! 宮崎とか関係なしに、普通に遊ぼうぜ」
『ヘタレ』
「うるさい」
俺は電話を切った。
宮崎を誘う、ねぇ……。
想像してみたけれど、上手くいくビジョンが全く浮かばなかった。
というか、何で俺はこんなことを真面目に考えてしまっているんだろう。俺ってやっぱり、宮崎のことが好きなんだろうか。
子猫と宮崎が涙の別れをしたあの日から、俺の気持ちはふわふわと宙に浮いているような調子だ。ただ、ふとした瞬間に宮崎の顔が浮かんで、心臓の深いところを掴まれたような心地がする。
「文化祭、文化祭ね……」
口の中で、文化祭、文化祭と何度か繰り返す。
まぁ、一緒に回るのは無理だろうけれど、美術部の展示にくらいは行っても良いだろう。宮崎の描いた絵というのは、ちょっと興味がある。中学の頃だってかなり上手かったはずだから、今ならもっとクオリティが高いのではないか。
そんなことを考えていたら、再び電話が鳴った。
『それじゃあ、俺のシフト表送るから、休みのタイミングで一緒に回るってことで良いか?』
康太は何事も無かったかのように文化祭当日の話をし始める。どうやらあっちも、俺が本気で宮崎を誘えるとは思っていなかったらしい。……何かそれはそれでムカつくな。
そんなこんなで、俺と康太は文化祭を一緒に回る約束をしたのだった。
「おはよう」
「おぉ、おはよう」
ちょっとコンビニにでも行こうと思ったら、普段ジョギングで通る公園の辺りで宮崎と会った。前よりかずっと自然に挨拶を交わした俺達は、その場に少しだけ立ち止まる。
宮崎は一眼レフカメラを首から下げていた。恐らく洋子さんのものを借りたのだろう。洋子さんは写真を撮るのが趣味で、たまにアマチュアの写真コンクールで入賞したと聞くこともある。
パシャリ。
宮崎はなんてことのない公園の景色を撮影した。
「美術部で今度、風景画を描くからさ。その資料集めをしてるんだよね」
「へー、じゃあ、ここら辺の景色が絵になったりするのか」
俺は別に絵に詳しいわけではないが、よく知っている風景が描かれているものだったら、見ていて楽しそうだ。
「部員がそれぞれ写真を持ち寄るから、そうなるかは分からないけど」
宮崎はカメラを弄って、今まで撮った写真を確認しているようだった。ちらっと見た感じ、綺麗な写真ばかりだった。今日は天気も良いし、そういう撮影には絶好の一日だろう。
「もしかして、その絵が文化祭に飾られるとか?」
さっき康太から聞いた文化祭のことが浮かんで、俺は大して考えもせずに思ったことを口にした。
「いや、流石にそれは描くの早すぎ」
宮崎が苦笑する。
言われてみれば、確かにそうか。文化祭は来週って話だ。あまりにも馬鹿な発言だった。
「文化祭に出す絵は、もうすっかり出来てるから」
そう言って、宮崎はちらと俺の顔を見る。
「へー、どんな絵?」
「油絵」
即答だった。
いや、絵の種類じゃなくて、モチーフが知りたかったんだけど。
「油絵で何を描いたんでしょうか」
「それは……見てのお楽しみってことで」
「じゃあ絶対に行かないとな」
そんな風に焦らされると、どうにも気になってしまう。物凄くリアルな絵なのか、はたまたピカソみたいな一見破茶滅茶な芸術なのか。多分どんなものにせよ素養のない俺には正確な理解は出来ないだろうが、宮崎の描いたものを見れば、少し宮崎の内面が覗けるんじゃないかという期待が俺にはあった。
「文化祭、来るんだ」
宮崎の口角が、少しだけ上がる。
「康太に誘われてさ。多分、二人で美術部の方も顔を出すと思う」
康太なんて間違いなく絵画を鑑賞するのが苦手なタイプだが、付き合いが良い奴だから、少し寄るくらいなら許してくれるだろう。
「あー、そっか。うん、そうだ。そうなるよね」
宮崎は俺の話を聞いて、真顔で頷いていた。何か一人で納得している。ちょっと怖い。
「どうかしたか?」
一応聞いてみると、宮崎は大げさに首を横に振る。
「何でも無い何でも無い。ただ、いっくん……じゃなかった。平田が、文化祭来るんだなーって、そう思っただけ」
「また、いっくんって……」
わざわざ訂正してくれたので口出しするか一瞬迷ったが、結局突っ込んでしまった。
「どうしてもお母さんが呼んでるのが伝染っちゃって……。ほら、だってそもそも私達、全く話してなかったから、お互いの呼称すらきちんと固定されてなかったでしょ。だから何かこう、いざ呼ぼうとするとどうしたら良いかわからないっていうか」
「別に責めてるわけじゃないんだけど……」
俺が頬をポリポリ掻くと、宮崎は小さく首を傾げて、こちらの顔をまじまじと見てきた。薄紅色の柔らかそうな唇が、ゆっくり開く。
「いっくん」
少し甘えたような声。俺は思わず、一歩後退した。
「は、はい……?」
声が震えているのが、自分でも分かる。顔が熱くなっていく感覚があった。
そんな俺の様子を見て、宮崎はにやりと笑う。
「照れてるんだ」
からかうような声音。恐ろしい。これがモテモテ女子の力なのだろうか。完全に俺は手玉に取られている。
「照れてない」
俺は精一杯ポーカーフェイスを作ろうと努力した。
「照れてるでしょ、いっくん」
この前子猫との別れに泣いていた女の子と本当に同一人物なのだろうか。この女、俺が照れるのを見て楽しんでやがる……。
これはもう、降参だ。
「恥ずかしいので止めてください……」
パシャリ。
宮崎は俺にカメラを向けていた。黒々とした美しいレンズには、顔を真っ赤にしている情けない男の顔が映っている。
「どうして撮った!?」
俺が憤慨すると、宮崎は写真を確認して、目を細める。
「資料だよ、資料」
「何の資料だよ」
宮崎の適当な言い分に、俺は吹き出す。
笑いながら、俺は考えていた。
俺と宮崎は、いつの間にか、こんな風に冗談を言い合うような仲になっていた。
何だか、急なような、前々からこうなる予定だったような、不思議な感覚だ。
でも、そういうものなのかもしれない。
仲良くなるって、本来、漫画やドラマのように明確な理由なんて無いものだ。子猫とのことは結構大きな出来事だったけれど、多分、それだけではない。
もしかして、俺達はどこかでこうなることを望んでいたんじゃないだろうか。
何となく、そう思った。
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