第11話 目を見て、教えてよ
次の日。
昨日、みどりちゃんへ自信満々に「誤解はちゃんと解くから」と言った俺は。
「どうしよう……」
頭を抱えていた。
話す機会は幾らでもある、と言っても、理由が見つからないのだ。
突然宮崎に「みどりちゃんとは何にも無いから! 従姉妹だから!」と言う訳にはいかない。宮崎が俺とみどりちゃんとの関係を誤解しているという確証がないからだ。
確証も無いのにそんな事を言い出す度胸は、俺には無かった。というかそもそも宮崎に誤解されていたとして、どうして俺がその誤解を必死になって解こうとするのかが分からない。
「でも……」
このまま放置は、どうしても出来なかった。
折角挨拶が出来る間柄になったというのに、それがギクシャクするのは、何ていうか、勿体無いじゃないか。こんな下らない誤解で話せなくなるのだけは嫌だ。
……誤解。
そういえば、あの時、思い出したことがあった。
宮崎が男遊びをしているという噂が流れた時のことだ。俺はその噂をすっかり信じ切ってしまっていた。しかし、宮崎は通話する振りをして、何故か俺の誤解を解こうとした。
もしかして、宮崎もあの時、こんな気持ちだったのだろうか。
ただ隣の家に住んでいるだけの相手に、どうしても誤解してほしくないと思っていたのだろうか。
「……そうだな」
俺の予想が正しければ、宮崎は精一杯の勇気を出した。
なら、今度は俺の番だ。
結局俺が選んだのは、宮崎と同じ作戦だった。
電話をする振りをして、庭の向こうに居る相手に一方的に話す作戦。
「よし、居るな」
最近宮崎が洋子さんに頼まれて家庭菜園の水やりをやっているという情報は、母さんから仕入れたものである。水やりをするのは大抵夕暮れ時。流石に正確な情報だった。というか、宮崎にそれを頼んだ張本人である洋子さんから聞いた話だろうから、正確で当然なんだが。
俺は事前に話したいことをまとめたメモをもう一度確認し、クシャクシャにしてポケットに入れた。
そして、携帯を耳に当てる。宮崎と同じ轍を踏まぬよう、ちゃんとマナーモードにしてあるので、バレることもないはずだ。
「おー、もしもし。康太か?」
俺は縁側に降りて、サンダルを履き、宮崎家の庭に軽く近づきながら電話をしている振りをした。
何というか、思った以上に恥ずかしいぞ、これ……。ずっとこの状態で話し、尚且バレたのに今日も生きている宮崎のメンタルの強さに驚く。俺は早くも死にたくなってきたぞ……。
「そうそう、昨日大変だったんだよ。家にさ……」
それでも俺は何とか話を続けようとする。しかし、そこで想定外のことが起きた。電話が来たのである。勿論、マナモードにしてあるから、そのことを宮崎に気取られる心配はない。無視していれば、何の問題もないはずなのだ。
しかし、俺の携帯に来ているこの着信。あまりにも、あまりにもしつこい。宮崎の方には見えないようになっているホーム画面に、何度と無く不在着信の文字が現れた。
もしかして、何か緊急の電話なのだろうか。そうでもなければ、ここまでしつこく電話してくる理由が見当たらない。それに、番号は俺の連絡先に登録されていないものだった。父さんに仕事先で何かあったんじゃないかなんて嫌な想像をしてしまいそうだ。
「くそっ……」
何でこんな時に電話が来るんだ。
とはいえ、ここでこの電話を無視して良いものか分からない。一旦作戦を中止せざるを得ないか。
俺は縁側から家に上がり、宮崎から隠れるようにして、未だにかかってくる電話を受けた。
『やっぱり、電話する振りだったんだ』
電話が繋がり、相手が第一声を発した瞬間、俺は宮崎家の方を見た。
そこには、真っ直ぐに立ち上がった宮崎の姿がある。長い影をこちらまで伸ばして、宮崎はそこに居たのだ。手には携帯を持っている。俺の携帯と繋がっている、携帯を。
「宮崎」
『なに?』
「どうして俺の携帯番号を知ってるんだ?」
『岡部君がね、この前メールで樹君の連絡先を送ってきたの。本当はかけるつもりなんて無かったんだけど、どうしても気になっちゃって』
岡部君。つまり、俺の親友である岡部 康太のことだ。いや、もうあんな奴親友じゃない。どういう気の回し方をしたのか知らないが、個人情報を流出するような奴はどんな理由があろうと絶交だ。
すると、宮崎は柵の向こうから、縁側に居る俺をじっと見つめた。
母さんと洋子さんの井戸端会議の時、そういえば俺達は、理由もなく目が合って、しばらく目を逸らさずにいた。その時の状況と、今はよく似ている。
『その、電話する振りって、やっぱり私を真似たの?』
宮崎が自らの頬に手を当てる。
俺が頷くと、今度は頭を抱えだした。
『あの時、着信さえ無ければバレなかったのに……』
そして物凄く悔しがって頬を膨らまし始めたので、俺は少しだけ笑ってしまった。
宮崎は普段大人びた見た目と雰囲気をしているのに、たまに結構子供っぽいところがある。
「まぁ、俺もバレたから、おあいこだろ」
結局、互いに作戦は上手く行かなかった。俺なんて宮崎の失敗を見ていながら、このザマだ。まぁ言ってしまえば康太が悪いのだが。
『それじゃあ、聞かせてもらっても、良い?』
宮崎の澄んだ瞳が、夕焼け空を映して、もう少しだけ大きく開く。
「聞かせるって?」
『そうまでして私に聞かせたかった話を、聞かせて』
それは、何だか甘えるような、何かを希うような声だった。
『……お願い』
そう付け足して、宮崎は電話を切った。そして、俺をただ、じっと見つめている。俺の一挙一動を、何かの参考にしようと観察している。
俺は縁側にあるサンダルを履き、導かれるようにして宮崎の目の前に行った。実際に宮崎と対面すると、頭が真っ白になって、事前に何を言おうとしていたのか分からなくなってしまう。
「あの、昨日、俺の家に居た女の人だけど」
「……うん」
「従姉妹なんだ。昔から、俺のことを弟みたいに思ってる人で。彼氏に振られたばっかりだから、寂しいのか分からないけど、冗談で抱きついてきたんだ。だから、別に俺は、あの人……みどりちゃんとは、別に、何もないっていうか」
俺はもう、今まで小難しく話す理由を考えていたことを、思いつく限り口にした。
「あのさ」
宮崎は、そんな俺の話を俯きがちに聞いていた。ただ、目だけはチラチラとこちらを見ていて、何だか顔を隠そうとしているみたいだ。
「どうして、その話を私にするの?」
宮崎の質問に、自分の身体が一瞬硬直したかのような錯覚を覚える。しかし、答えはもう、分かりきっているのだ。俺は拳を握って、こう答えた。
「宮崎には、誤解されたくなかったから」
何という恥ずかしい台詞だろうか。でも、もう一度言ってしまったことは取り消すことが出来ない。
俺の精一杯の答えに宮崎は「……そっか」と短く答えて、笑った。
庭に咲く向日葵よりも、今正に沈もうとしている太陽よりも、ずっと輝かしい笑顔だった。
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