第9話 彼女でもないのに嫉妬するのは変だよね

 部活が長引いたせいで、帰りが物凄く遅くなった。

 身体が疲労感に包まれ、歩くのも辛い。家に帰ったら直ぐに寝てしまいたいと思いながら、俺はとぼとぼと駅前の道を歩いていた。

「あれー、いっちゃん!」

 すると、俺は急にスーツを着た女性に抱きつかれた。耳元に生暖かい息が当たって、酒の匂いがする。

「みどりちゃん、止めて。お願いだから!」

 俺は無理やりそれを引き剥がす。

「えー、そんな寂しいこと言わないでよー」

 みどりちゃんは唇を尖らせて、また俺に抱きつこうとする。俺は肩を掴んで、それに抵抗した。

 俺の従姉妹で、大学生の平田 みどり。就職活動中だからか、スーツ姿だ。しかもお酒を飲んでいる。そういう事実だけ並べると、とても大人なように思われるが、言動はまるきり子どもである。

 偶然会った従兄弟にテンションが上がるのは分かるけど、普通抱きついたりするか? 未成年の俺には分からないが、酒が入っている人というのは、そういうものなんだろうか。

「彼氏にさぁ、振られたんだよぅ! やっぱり私にはいっちゃんしか居ないわ! よりを戻そう! いっちゃん!」

「そもそも好き合ってたことが無いでしょうが」

 みどりちゃんは小さい頃から弟が欲しかったらしく、親戚で集まる時はいつも俺を可愛がった。そのせいか、本物の弟のように思っているフシがあり、変な冗談も気にせず言ってしまうのだ。

「いっちゃん愛してるよ!」

 みどりちゃんはまた俺を抱きしめた。今度は、頭を胸に押し当てるような体勢だ。

「あーはいはい。俺も愛してる。愛してるから早く家に帰れ!」

 その後俺は、何とかみどりちゃんを帰路につかせた。みどりちゃんの家、つまり俺の叔母さんの家は、桜ヶ丘駅からバスで十五分の位置にある。みどりちゃんをバス停まで引きずっていくのは結構骨が折れた。

「はー、全くあの人は……」

 彼氏に振られたという話を信じるとするなら、泥酔するのも分からなくはないけど、人に抱きつくなよ。

 ……まさか、酒癖が原因で別れたんじゃないだろうな。

「こ、こんばんは」

 すると、またも急に話しかけられた。

 声の方を見ると、そこには宮崎の姿。制服を着ているので、学校帰りに友達と夕飯にでも行ったのだろう。

「こんばんは」

 取り敢えず、挨拶を返す。

 そして、俺と宮崎は歩き出した。

「……」

「……」

 しまった。

 俺と宮崎の家は隣同士だ。つまり、二人の帰り道は殆ど同じ。今までは全く話していなかったから道が同じでも何の問題もなかったが、挨拶をしてから一緒の道を歩くとなると、それは会話をする必要があるのではないか。

 ここで俺が逃げたら、何だかまるで宮崎を嫌っているみたいだし、そんな誤解をされるのは避けたい事態だ。

「……さっき」

 俺が話題を探していたら、宮崎が先に口を開いた。

「さっきの人、さ」

 宮崎はこちらの顔を見ずに、記憶を辿るようにして言葉を紡いだ。

 さっきの人、というのは誰のことだろうか。

「あの、一緒に居た人」

「あぁ、みどりちゃんか」

 みどりちゃんは小さい頃なんかはよく俺の家にも来ていたから、宮崎にその記憶があってもおかしくはない。そう思って敢えて名前を出してみたのだが、宮崎はその名前に大した反応を示さなかった。まぁ、忘れているか。そりゃあそうだ。

「あの人、美人だね」

 少しだけ目を細めて、宮崎は自分の髪に触れた。確かに、みどりちゃんは本当に俺と血が繋がっているのか怪しく思う程度には整った顔をしている。

「中身はめっちゃ残念だけどな」

「へー。そっか。よく知ってるんだ」

「まぁ、長い付き合いだから」

 話しながら、心臓の鼓動が早まっていくのを感じた。

 宮崎と一緒に帰りながら、話をしている。そんな状況が俺の人生にあるとは思わかなかった。

 正直、自分が何を言っているのかすらよく分からない。何だか足元も口もふわふわしてしまっている。

「ああいう人が好きなの?」

 宮崎が俺の顔を覗き込んでくる。

「へ?」

 何の脈絡もなくそんなことを言われたので、俺は直ぐに反応出来なかった。

「いや、今のは……忘れて」

 そんな俺の顔を見て、宮崎は目を逸らした。

「いや、忘れてって……」

「もう家だから。それじゃ」

 宮崎はそう言うと、直様家に入っていってしまった。というか、もう家に着いていたのか。

 宮崎家の前に立って、俺は考える。

 まさかとは思うけど、俺とみどりちゃんが恋人だと勘違いしているなんてことはないだろうな。

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