第8話 あの時私は恋をした
俺と宮崎と康太が、同じ中学校に通っていた頃の話だ。
修学旅行が終わった俺達の学年は、どの写真を買うかという話題で湧いていた。勿論、自分の写りの良い写真を探すのではない。好きな人の写真を、如何にバレずに買うかという話である。
俺もその例に漏れず、当時好きだった芽衣ちゃんの写真を一枚買った記憶がある。あの時は一応、誰狙いか分からないように五、六人が写っている写真を購入したんだっけ。
その写真選びの時に、俺は偶然見てしまったのだ。
眼鏡をかけた地味女子だった当時の宮崎は、康太がドアップでピースを決めている写真を、じっと見ていた。記憶は定かではないが、確か遊園地で撮られた写真だった。
そして宮崎は何と、その番号をメモしていたのだ。
メモし終えた後、宮崎はポッと赤くなって、自分の胸のあたりをギュッと掴んでいた。あれは正に、恋する乙女の表情というやつだったと思う。
その時、写真選びのために開放されていた多目的室は滅茶苦茶混んでいて、全員が列になっていた。だから、宮崎のことに気が付いたのは、隣に居た俺だけだ。
それ以来俺はずっと、宮崎の好きな人というのは康太なのだろうと思い続けてきたのだった。
「それ、本当の話か?」
康太が俺の話に首を傾げる。話を終えた頃には、俺達は康太の家に到着していた。大きなマンションの一室。見慣れた光景だが、久々だ。
「流石にこんな嘘つかねぇよ」
「まぁそうだよな……うーん」
ここまで決定的な話をしたというのに、康太はまだ納得がいっていないようだった。しばらく何かを考えたかと思うと、康太は急いで自分の家に入る。
「お邪魔します」
俺もそれに続いて、康太を追いかけ玄関を開ける。靴の数を見るに、康太の両親は仕事で出払っているようだ。
すると、家の奥の方でガサゴソと音がする。
「何やってんだ?」
音のする方へ行くと、康太は押入れに頭を突っ込んで何やらガサゴソやっている。
「いや、その話に出た写真って、俺が思い切り写ってたんだろ? だったら俺も買ったんじゃないかと思ってさ」
どうやら、押し入れからアルバムを探しているらしい。
しばらく押入れを探すと、アルバムは結構簡単に見つかった。一ページ目を捲ると、中学の入学式の写真がある。こうして見ると俺も康太も大人っぽくなったんだなぁ、なんて思う。
ゆっくり見ようとしたら、康太は俺からアルバムを奪い、急いでページを捲りだす。そして後半のあるページで手を止めると、こんなことを言い出した。
「お前、修学旅行で遊園地に行った時さ、うんこ行ったよな?」
急に何を言っているんだ? と思ったが、その時の記憶は確かにあった。というか、忘れようもない記憶だった。
「まぁ、行ったな。うん。漏れそうだったからな」
俺は何とか誤魔化そうとして、何度も頷く。康太はそんな俺に、全てを見透かしたような視線を向けた。
「……ようやく謎は解けたぞ」
まるでどこぞの名探偵のように、康太は決め顔でそう告げた。
中学の修学旅行で、俺達は千葉の某有名遊園地へ行った。
俺は康太を含めた仲のいいメンバーで遊園地を楽しみ、宮崎も確か、美術部の面々と一緒だったと記憶している。
とにかく俺達の遊園地体験はとても穏やかで楽しいものだったのだが、そんな中、小さな事件が起きた。
宮崎が財布を落としたのだ。
宮崎達のグループはそのことを先生に直ぐ相談し、先生達は会った生徒全員に『ピンクの財布を見なかったか』と聞いて回っていた。
俺達のグループもやはり同じ質問をされたが、全く分からなかった。それも当然だ。遊園地で浮かれている中学生達が、足元なんて見るはずもない。
ただ、俺は見てしまったのだ。
先生の隣で宮崎は、泣いていた。本当に静かに、注目しなければ分からないよう俯いて、涙を流していたのである。
「俺、めっちゃうんこ漏れそうだから、ちょっとトイレに籠ってるわ!」
気付けば俺はグループの皆へそんな嘘をついて、遊園地中を走り回っていた。
どうしてそんなことをしたのか、今でもよく分からない。ただ、とにかく他の人が見なさそうなところを探し続けた。
母さんから「はっちゃんが遊園地を楽しみにしている」と聞いたからだろうか。実は、俺は自分が思っていたより正義感が強いのだろうか。それとも、宮崎に気に入られたかったのだろうか。
そして俺はベンチ下に、ピンク色の財布を見つけた。そんなに時間はかからなかったと思う。財布には『宮崎 初美』と名前が書かれていたので、本人のものだというのは直ぐに分かった。
そして俺はそれを先生にこっそり渡し「何か落ちてたんですけど、うちの生徒のじゃないですかね」と書いてある名前に気付かなかったふりをした。その上更に格好つけて「これ拾ったのは俺だってことは内緒にしといてください」と先生に言ったのもよく覚えている。
その後俺は、素知らぬ顔でグループに戻った。
「スッキリしたか?」
とニヤついた康太が聞いてきたので「おう」と短く返事をしたっけ。
そして結局、俺が拾ったということは隠されたまま、宮崎に財布は届けられた。中学生特有の意味のない格好つけは、成功したのだ。
「懐かしいな……」
俺が思い出に浸っていると、康太が肩をぽんと叩いてきた。
「まぁ、お前が宮崎さんの財布を拾いに行ったのは皆気付いてたんだけどな」
康太は、何てことないように爆弾発言をした。
「……は?」
「皆ってのはウチのグループの奴らって意味だけどな。流石にうんこにしちゃ時間かかりすぎだろ」
「すげぇ便秘だったんだよ。人の排便時間を勝手に決めるな」
「いーや、違うね。今さっき、動かぬ証拠を見つけたぞ」
康太はアルバムから一枚の写真を取り出した。
康太が楽しげにピースしている写真。宮崎が買ったものと、全く同じだ。疑いようもなく、康太だけが全面に写っている。
「ここ、よく見てみろ」
康太が写真のある部分を指さす。
「え?」
そこは、普通ならば見逃してしまうような、背景の小さな一部分。だが、俺と宮崎にとっては大きな意味があった。
俺がこっそりと先生にピンクの財布を手渡すその瞬間が、そこには綺麗に写っていたのだ。
「……嘘だろ」
手の力が抜けて、俺は思わず写真を床に落としてしまった。
康太はそれを拾い上げて、ニヤリと笑う。
「宮崎さんが見てたのは、俺か、樹か。どっちだと思う?」
早朝、ジョギングの時間。
案の定、俺と宮崎は同タイミングで家を出た。
「おはよう」
宮崎がまた、挨拶をしてくる。何ていうか、柔らかい笑顔だ。宮崎って、もうちょっと平素はクールなイメージのはずなんだけどな。
康太から妙な推理を発表された俺は、宮崎に対してどうにも自意識過剰になってしまった。きっと本人にとっては大した理由など無い笑みにも、何か意味付けをしてしまいそうになる。
「え、あー、うん。お、おはよう」
意識し過ぎたせいか、挨拶が思い切り棒読みになってしまった。宮崎が不思議そうな顔をしたが、俺はそれを無視し、急いでその場を走り去る。
しばらく離れてから少しだけ後を振り返ると、宮崎はまだ家の間で立ち止まっていた。その姿は、どこか悲しげで……。
いや、これも俺の自意識過剰か。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます