第7話 カップルだなんてちょっと気が早いというか何というか……

 子猫の件があってからというもの、俺と宮崎の関係は大きな変化を遂げた。

「おはよう」

 学校に行く道で、宮崎が小さく手を上げる。

「おー、おはよう」

 俺もそれに呼応するように、手を似たような高さまで上げた。

俺達は、会うと挨拶をするようになったのだ。

 普通の人ならば挨拶程度人として当然じゃないかと思うだろうが、俺にとってこれは大きな変化である。十七年もの間、決して自分から話そうとしなかった俺達が、挨拶を交わしている。

 最早、奇跡レベルの事態ではないだろうか。

 まぁ、だからといって何かある訳でもないんだけどな。




「へいへい樹ぃ! 遊ぼうぜ!」

 道端で会った康太が、反復横跳びをしながら遊びの誘いをしてきた。

「テンション高いな康太……」

 何がお前をそこまで元気にさせるんだ。

「いや、最近楽しみだったゲームが出たから、誰かとやりたかったんだよな。でも、高校って家遠い奴が多いから気軽に誘えなくてさ」

「あー、それは分かる」

 特に対戦系のゲームとかを買うと、リアルの友達とやりたくなるよなぁ。別に忙しい訳でもないし、久々に康太の家に行くのも楽しそうだ。

「よし、じゃあ行くか!」

 俺が高らかに宣言すると、康太は右手を高々と突き上げる。

「よっしゃあ! 俺について来い!」

 俺たちは名作RPGの如く一列になって行進した。康太のテンションにつられて、俺も何だかテンションが上ってきたぜ!

 すると、進行方向に人影。

 結構遠くだったが、直ぐ分かった。あれは宮崎だ。間違いない。

 俺は一瞬で康太と横並びになって、平然と歩く。

「お前、わかり易すぎるだろ」

 康太が俺を半目で睨む。

「何のことだ?」

 俺がとぼけると、康太はため息を付いた。

「ま、何でも良いけどよ」

 康太は「お前にはがっかりだよ」とでも言いたげに首をすくめる。

 そうして俺と康太が話しながら歩いていると、宮崎がこちらに気が付いた。大きな瞳が俺の方へ向けられると、彼女は小さく口を開いた。

「……こ、こんにちは」

 言ってから、宮崎は少しだけ頬を赤くした。

 考えてみれば、俺と宮崎は学校も違うし、会うとすれば朝が殆どだ。だから、今まで挨拶はずっと「おはよう」だった。夕方に挨拶をし合うのは、今が初めてなのである。

 昼から夕方にかけての挨拶って「こんにちは」で良いのだろうか。何だか普通の高校生がするには、ちょっとかしこまった挨拶のような気もする。

 多分宮崎も実際口に出してみて違和感を感じたのだろう。

 しかし、他に挨拶が思いつかない。

「えっと、こんにちは」

 仕方がないので、俺も宮崎に合わせることにした。

 そして二人で、小さく会釈する。

 宮崎は高校デビューでモテモテな訳だし、そもそも中学校の頃から友達が少ない訳ではなかった。俺だって、友達はそんなに少なくない。互いにコミュニケーション能力はそれなりのはずなのに、どうして今それが発揮出来ないのだろう。

 俺達はお互いの顔を少しだけ見て、それから目を逸らした。

「よし、行くか康太」

 俺はこの空気に耐えられなくなって、康太と共に逃げようとする。

 しかし、康太はその場を腕組みしたまま動かなかった。よく考えたら、さっきまであれ程騒がしかった康太が何故今黙っているのだろうか。

 すると、康太が身体をぶるぶると震わせながらゆっくりと口を開く。

「お前らは付き合いたてのカップルか! 何だその空気中に漂う初々しさは!」

 絶叫だった。何ていうか、腹の底から声が出ていた。

 とんでもないことを言い出しやがったなコイツ。

「ほら急げ康太!」

 宮崎の反応を見るのが怖かったので、俺は直様逃げることにした。康太の襟を掴み、無理やり引き摺る。康太は抵抗したが、俺の勢いが勝って、最終的には宮崎の前から消えることが出来た。

「康太よ」

 しばらく走った後、俺は立ち止まった。

「なんだよ」

「俺と宮崎は、何もない。分かるな?」

「いや、分からねぇよ」

 康太はブンブンと首を横に振る。

「どうして分かってくれないんだ……」

 俺がショックを受けていると、康太は頭をポリポリと掻いて、面倒くさそうに話し始める。

「お前は知らないだろうけどな。宮崎さんは学校じゃ思いっきりクラスの中心人物だし、超人気者なんだぞ」

「いや、噂くらいは聞いてるけど、それが何だって言うんだよ」

 宮崎と康太が通う「あけ高」には、二人以外の知り合いだって沢山いる。そういう奴らからだって、話は聞くのだ。

「宮崎さんがあんな風に妙な態度をとるのはお前だけだって話だよ」

「俺だけって言うと特別感があるけどな。実際は、ただ慣れないというか、相性が良くないというか、そういう話だろ」

 これは、俺の中にずっとあった仮説だった。俺と宮崎は、相性が悪いのではないか、という話である。十七年もの間、ずっと話すチャンスがあったのに距離が縮まらなかったというのが、全くの偶然とは思えない。恐らく俺と宮崎には、何か仲良くなれない特徴みたいなものがあるんじゃないだろうか。

「俺は違うと思うけどな……」

 康太はまた腕組みして難しい顔をする。

「つーか、恋愛的な話で言えば、宮崎の好みは俺よりお前だからな」

 俺は康太に向かってビシッと指をさす。康太はその指を掴んで、怪訝な顔をした。

「何の根拠も無しにそういう事言うなよ……。宮崎さんが可哀想だろうが」

「いや、根拠ならあるぞ。とびきりのやつが」

 俺は自信満々に胸を張った。

「なら聞かせてもらおうじゃねぇか」

「よし、聞いて驚くなよ」

 今までは宮崎が恥ずかしがるかと思ってこの話はしないでいたが、ここまで俺達の関係が誤解されてしまうと、他ならぬ宮崎の名誉が傷つく恐れがある。

 俺は康太の家に向かいながら、思い出話を始めた。


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