第3話 へぇ、心配してるんだ
突然、家に親友がやってきた。
「おっす、樹」
宮崎も通っているあけぼの高等学校、通称「あけ高」の制服を着て、岡部 康太は、何の連絡も無しに俺の部屋に入ってきたのだ。
「急にどうしたんだ?」
中学生の時、康太は俺の家に入り浸っていた。多分母さんはあの当時と同じノリでコイツを迎え入れたのだろう。
「まぁこっちに用があってな。それの帰りに何となく寄ったんだよ」
康太は勝手に俺のベッドに寝転んだ。俺も今更それを怒りはしない。
「用って、何かあったのか?」
特に何も考えず聞くと、康太はニヒルな笑みを浮かべた。
「これよ」
康太が小指を立てる。確か、恋人を表すサインだっけ。なんつーか、芝居がかってるっていうか、古臭いっていうか。
というか、恋人?
「おい康太……お前、彼女居るの?」
「言ってなかったっけ? めんごめんご、報告遅れたわー」
何てこと無いように康太が言う。
宮崎が男を連れていると思ったら、次は康太が彼女持ちって、俺はどこまで遅れを取っているんだ。
いや、こんなタイミングが良いことがあるだろうか。
「もしかして、相手が宮崎、とか、そういうことはないよな?」
二人は同じ高校だし、それなら康太がわざわざこっちに用事があったというのも頷ける。それに、これは俺の勝手な予想だが、宮崎は康太のことが好きだったみたいだからな。
という風に俺は真剣な推理の結果こんな発言をしたのだが、康太はそれを聞いて大笑いし出した。
「いやいや、宮崎さんに手ぇ出すとか無理だろ。ほんと、高校に入って変わったよなぁ、あの娘」
「噂には聞いてたけど、やっぱりモテてんのか」
そこそこイケメンの康太が「無理」と断言するほどだ。学内では完全に高嶺の花みたいなポジションなんだろうか。
「ま、少なくとも俺は取らないから安心しろよ」
康太は優しい目をして、俺の肩をぽんと叩いた。
「そういうんじゃねぇよ」
どうやら康太は俺が宮崎のことを気にしているのを深読みしたようだった。前々からコイツは、俺の宮崎への感情を誤解しているきらいがある。
「じゃあ、何で樹はそんなに宮崎さんを気にすんだよ」
ベッドから起き上がり、康太は比較的真面目なトーンで疑問を口にした。俺は、殆ど無意識に一歩後ずさる。
「隣に住んでりゃ、気にもなるだろ。母さんから宮崎のことは、色々聞くし……」
「でも本人と仲良くはないし、ちゃんと話したことすら無い。普通、気にしないだろ。親からの話だって無視すると思うぞ」
「ぐ……」
確かにそうだ。
こうやって話してみて、流石に俺が宮崎へ何の関心も抱いていないというのは、無理が有る気がしてきた。
「まぁ、確かに俺は宮崎に興味がある。ただな。うまく説明出来ないけど、恋愛感情じゃないってことだけは言えるぞ。中学校の時だって、別に好きな娘が居ただろ?」
中学校の時、俺は隣のクラスの芽衣ちゃんが好きだった。クラスの中心で、明るくて、ちょっとギャルっぽい娘。中学生だった頃の宮崎とは、思い切り正反対の女子だ。
「ふーん、まぁ、そうか」
康太は腕組みして、納得したんだかしてないんだか分からないような返事をした。
「本当にちゃんと分かってんだろうな」
一応俺が念を押すと、康太は真顔で頷く。
「うん。その返事が聞けてよかったわ」
康太は俺の目をじっと見て、何度も小さく頷いた。
何か、嫌な予感がする。
「実は俺と宮崎さん……初美って、付き合ってるんだよな。結構前から」
目眩がした時のような、足元がぐらつく感覚。
前から? 前からっていつからだよ。何で言ってくれなかったんだ。
勝手に予想しておきながら、当たると動揺する間抜けな男がそこには居た。というか、俺だった。
「ま、まじかよ。なんだ、早く言ってくれれば良かったのに」
しかし、色々ある言いたいことや、胃の底をかき混ぜるように蠢く何かしらの感情を押さえつけ、俺は何とか笑顔で返答した。
いや、鏡のないこの部屋では、自分の顔は見ることが出来ないけれど。
きっと、笑顔。
笑顔のはず。
「……うっそぴょーん!」
康太は両手を広げ、間抜けなポーズをとった。
「……は?」
あまりのことに、俺は言葉を失う。
「ついでに言えば、彼女が居るってのも嘘なんだよなぁ! ただこの近くの肉屋で特性メンチカツ買ってこいって言われただけ!」
ベッドをお立ち台のようにして、踊りながら高らかに宣言する康太。
「いや、何なんだよお前……」
急に家に来たかと思ったら言うこと全て嘘八百。絶交してやろうかコイツ。
「いや、お茶目なジョークのつもりだったんだけど、お前が凄ぇ動揺してるから、面白くなって」
「死ね」
「いや、ごめんって」
「……今度何か奢れよ」
俺が恨みを込めて睨みつけると、康太は「了解しました」と俺に頭を垂れる。
「もう二度とやるなよ、マジで」
まぁ、康太は昔からこんな奴だった。面白い奴なんだが、冗談が過ぎるというか、発言が不用意というか。それにあまり反省しないし。
しかし、康太は今回に限っては結構反省しているような様子だった。
「二度とやらねぇ。お前がそんな顔するとは思わなかったわ。俺、結構慌ててネタバラシしたんだからな?」
何だかどっと疲れた様子で、康太は再びベッドに倒れる。
「……え、俺、どんな顔してた?」
自分としては、何とか笑顔を作れていたと思うのだが。
「あんな顔しといて宮崎さんをどうとも思ってないってのは、無理があると思うけどな、俺は」
康太はそう言いながら、俺の部屋にあるゲーム機を弄り出す。
「まぁ、何か、悪かったよ。普通に遊ぼうぜ」
俺の前に、懐かしいゲームコントローラーが差し出される。俺も、これ以上この話を掘り下げたくはない。
「そうだな」
それから俺たちは、日が暮れるまで思い出話をしながら遊んだ。
康太や宮崎が通っている「あけ高」は、俺が受験で落ちた学校である。もし俺が合格していれば、こんな風な日々がまだ続いていたのだろうか。
何となく、そんなことを考えた。
「んじゃ、そろそろ帰るわ」
時刻は六時。康太はちょっと急ぎ気味に帰り支度をし始める。肉屋でメンチカツを買って家に帰れば、夕飯に丁度間に合う時間だろう。反対に言えば、少し遅れたら叱られそうな時間でもあった。
「おー、じゃあな」
言いながら、一応玄関までは着いていってやる。こうしないと母さんがうるさいのだ。礼儀がなってないだとか何だとか……。今更康太に礼儀なんて必要だとは思わないんだけどな。親しき仲にも何とやらということなのだろうか。
扉を開けて、康太が出ていくのを軽く見送る。
そして、俺は扉を閉めようと……。
「あれ、宮崎さんじゃん」
康太の声を聞いて、俺は殆ど反射的に扉を閉じる手を止めた。
何で宮崎がこんなところに!? いや、よく考えたら隣の家に住んでるんだから、居たところで何の不思議もない。
「あ、岡部君。こんばんは」
「こんばんは」
今の所、普通の会話だ。しかし、気にし過ぎかも知れないが、俺の直感が告げている。康太は絶対に何か余計なことを言うだろう。
「今、何かの帰り?」
「あぁ、まぁ、ちょっとね」
康太の質問に、宮崎はちょっと濁した回答をする。まぁ、休日に出かける用事なんて、何となく察せるもんだが。それに、扉の隙間から見える宮崎は、随分とお洒落している。昔はダサいTシャツで出掛けてるのをよく見たのになぁ。
とにかく、噂や状況から考えて、宮崎は今、デート帰りと見て間違いないだろう。
「男漁りも程々にね」
俺と同じ結論に至ったのか、康太が冗談めかした調子で、滅茶苦茶失礼なことを言う。
「男漁りって……」
宮崎も大きな瞳を見開いて、言葉もないようだ。
「ほら、宮崎さんの隣の家のアイツがね。滅茶苦茶心配してるからさ。そろそろ止めないと胃に穴が空くんじゃない?」
俺は康太の言葉が終わった瞬間、扉を思い切り開いて飛び出した。
「余計なこと言うんじゃねぇこのカス!」
助走距離充分のドロップキック。俺の渾身の一撃は康太の身体を吹き飛ばし、塀に叩きつけた。
「げふっ!」
「心配してるなんて一言も言ってないだろうが!」
怒鳴りながら、怒り以外の感情で自分の顔が熱くなるのを感じる。宮崎に対してはこの前恥ずかしい思いをしたばかりなのに、どうしてまたこんなことになるんだ……。
俺は白目を剥いて痙攣している康太を無視して、宮崎の方へ向き直る。何かしら弁明をしなければ。そうでもしないと、俺は何の関係もない隣の家に住んでるだけの女子に彼氏面してるヤバい奴になってしまう。
そう思って振り返ったのだが。
宮崎はもう、その場には居なかった。
「……やっちまった」
俺はその場に崩れ落ち、蛾の集まる街灯を見上げる。
死んでしまいたい……。
ちなみに、康太は丈夫なので直ぐに復活して家に帰った。メンチカツが遅れて、母親に凄い怒られたそうだ。ざまぁみろ。
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