第2話 美人とか言われたら照れるじゃん

 放課後。いつも通りバスを降りると、やっぱり駅前はいつも通り騒がしかった。家から最寄りの桜ヶ丘駅は周辺に結構飲食店があったりして、いつもそれなりに盛り上がっている場所だ。俺はその駅にあるバス停から学校に通っているので、ここ一年でこの駅はすっかり見慣れた場所となった。

 ふと空を見ると、部活で帰りが結構遅かったせいか、結構暗くなっている。

「あー。腹減ったなぁ」

 口が勝手に欲求を呟く。早く家に帰ろうか。

 そう思って俺は家に真っ直ぐ向かおうとしたのだが、視界の端に何か見覚えのある姿が見えたので、思わず立ち止まってしまった。

「……あれ、宮崎だよな」

 ファミレスの、窓際席。恐らく誰も気にしないような街の風景に溶け込んで、制服姿の宮崎はそこに居た。

 こんなことに気が付くなんて、我ながらちょっと気持ちが悪い。しかし、気付いてしまったものは仕方がないだろう。まぁ宮崎がどこに居ようと俺には関係無いことだ。無視するのが一番。関係ない関係ない……。

 すると、宮崎の正面の席に誰かが座った。

「……ははあ」

 正面に居るのは、宮崎と同じ、あけぼの高等学校の男子生徒だった。高校に入ってから雰囲気が変わったとは思っていたが、やっぱりやることやってんだなぁ。

 なんか、突然俺も焦ってきた。中学生の宮崎なんて、ずっと教室の隅で本を読んでるような奴だったのに。その宮崎が彼氏と遊んでて、俺に彼女の一人も居ないというのは、あまりにも恐ろしい現実である。

 まぁでも、美人だしなぁ。彼氏くらい、出来るわな。

 誰か知らない男の話に笑う宮崎の横顔を見て、俺は妙に納得してしまったのだった。




 家に帰ってからしばらく、居間でスマートフォンを弄っていたら、母さんが俺の顔をじっと見てきた。

「何かついてる?」

 そんなことは無いだろうが、一応聞いておく。母さんは首を横に振った。妙に険しい表情である。

「じゃあ、俺、何かした?」

 心当たりは無いが、何か怒らせてしまったのだろうか。しかし、母さんはこれにも首を横に振る。

「何もしてない。あんたは、何もしてない」

 母さんは言いながら、穴が空くほど俺の顔を見てくる。

「見てくれはそんなに悪くないと思うんだけどねぇ」

「さっきから何の話してんの」

「いや、あんたは彼女とか出来ないのかなって思って」

「余計なお世話だ」

 息子の恋愛事情を心配するな。思春期男子の繊細さを舐めてるなこの母親は。

「だって、大人しい娘だと思ってたはっちゃんが男連れて歩いてんのよ? あんただってもっとこう……何か無いの?」

「は?」

 はっちゃんが男連れで……って、もし今さっき俺が見た光景のことを言ってるんだったら、情報が早過ぎやしないか?

「噂になってるわよ。はっちゃんはモテにモテまくって選り取り見取りだって」

「それだと宮崎が物凄い悪女みたいだな……」

 あまり聞きたくない話題だったので、それとなく縁側の方へ歩いて逃げてみる。しかし母さんは新しいネタを話したくてしょうがないのか、俺の後を着いてきた。

「あんたも、何かこう、身を焦がすような青春の恋とか無いの?」

「表現が古臭いな……無いよそんなん」

 俺が思いっきり嫌な顔を見せてやると、母さんはがっくりと肩を落とした。

「はっちゃんとあんたの何処で差がついたんだろうねぇ……」

「差とか言うなよ……」

 なんて失礼な母親だろうか。

「まぁ、宮崎は結構美人っていうか、可愛いし。大人っぽいから人気あるだろ……多分」

「確かに、あんたくらいの歳の男ってああいう雰囲気の娘好きそうね」

 母さんは大きな声で笑って、満足した風に縁側を去った。別に本気で俺の恋愛を心配していたとかじゃなくて、本当にただ噂話をしたかったのだろう。

 俺と宮崎は、直接話をすることはない。

 しかし、互いの母親を経由して、情報だけはどんどん入ってくる。しいたけが苦手だとか、9月13日が誕生日だとか、全て母さんから聞いた話だ。あっちにも多分、何かしら俺の情報が流されてるんだろうな。

 願わくば、あんまり変な話が伝わっていませんように。

「お願いします……」

 縁側に座って、星に手を合わせ祈る。

 すると、庭からガサッと音がした。野良猫でも入ってきたのだろうか。置いてあった母さん用のサンダルを借りて、俺は庭へ降りる。

 そして、音を出した正体を目撃してしまった。

「あ」

 そこには、宮崎が居た。まだ制服姿の宮崎は、草が入ったゴミ袋を持って、何故かこちらから見えづらい位置で立ち止まっている。

「……あー、えっと」

 宮崎は妙に落ち着かない様子で、長い髪を弄る。耳が微かに赤くなっており、大きな瞳は潤んでいた。

「ごめんっ!」

 そして、俺が何かを言う前に走り去っていく。

 一体何を謝ることがあるのだろうか。ただ自分の庭に居たところを見つけられて動揺しているのも、何だかおかしい。

 ……自分の庭に居た?

 宮崎は、一体いつからあの場所に隠れていたのだろうか。ここからなら、縁側での話し声なんて簡単に聞こえてしまうはずだ。

 俺はさっき、なんて言った?

『まぁ、宮崎は結構美人っていうか、可愛いし。大人っぽいから人気あるだろ……多分』

 自分の不用意な発言がフラッシュバックする。

 もし、この発言が聞かれていたとしたら……。

「忘れよう」

 あまりに恥ずかしい事態に、俺はこの記憶を封印しようと決めた。黒歴史だ。最悪だ。今日は早くに寝て、記憶を全部飛ばしてしまおう。

 俺は走って自室のベッドに飛び込んだ。

「忘れろ忘れろ……」

 うつ伏せになり、ぶつぶつと呟く。

「……」

 そして沈黙。

「……忘れられないだろこんなの!」

 俺は狂ったようにベッドの上で悶え、足をばたつかせた。動揺する宮崎の顔が思い浮かぶ。それをかき消すように、更に動く。

「うるさい! 埃舞っちゃうでしょうが! 体力が有り余ってるんなら家事でも手伝ったらどうなの!」

 すると、台所の方から母さんが怒鳴り声を上げてきた。確かに、部屋には埃が蔓延している。

 何だか冷静になったら、自分が何をしているのか分からなくなってしまった。たまには手伝いでもするか。

 そう思って台所の方へ向かおうとすると、宮崎家の方からも怒鳴り声が聞こえた。

「初美! 何バタバタやってんの! 埃舞うでしょ!」

 宮崎は結構真面目なイメージだから、怒られることがあるなんて意外だ。でもまぁ、何をしたのかは知らないが、人間生きていれば怒られることもあるだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る