最終コース『入れ』

第27コーナー「走り続けろ」

「……ハァ……ハァ……」

 荒々しく呼吸を繰り返しながら、俺はプレハブ小屋の床に大の字に寝そべった。

「詩音は……詩音はどうしたんだ、詩音はっ!」

 床に拳を打ち付けながら、扉に向かって叫んだ。

 自分が選んだ選択肢によって詩音を置いて扉の中に入ってしまったが、後から追いついてくれるのではないかという思いもあった。

 ところが、いくら待てども扉が開く気配はない。

「詩音っ!?」

 俺は扉に体当たりをし、乱暴にドアノブを捻った。

──開かない。

「うぉおおぉおお!」

 力の限り引っ張った。蹴りを入れ、扉を叩いた。それでも扉は微動だにしない。

 逆に、弾かれて床に尻餅をついて惨めな思いをするだけであった。

 薄っぺらいこの扉にさえ、俺は太刀打ちできないのである。

「糞っ!」

 やり場のない怒りをそうすることもできず、俺は床に拳を叩き付けた。

「お嫁さんになるんじゃなかったのか! これからもやりたいことも、たくさんあったんだろう!」

 俺は詩音に呼び掛けるように叫んだ。当然、応えてくれる者はいない。

——詩音がプレハブ小屋の扉を開けて中に入ってくることはなかった。

「いったい、いつになったら俺は解放されるんだよ!」

 俺は苛立って叫んだ。再び狂乱した俺は、怒鳴り散らし、暴れ回った。

 すると、声の主が語り掛けてきた。

『解放などない。お前が自分の死を認めずに抗っているだけだろう。立ち止まれば、全ては終わる。それなのに、お前が足を止めぬから、永遠にこの生と死の狭間から脱することが出来ないだけだ』

「そんなこと信じられるかよ! ここから出してくれよ!」

 俺は叫んだ。

『ふう』という、声の主の溜め息が聞こえた。

——その瞬間、世界が暗転した。


 ふと気が付くと俺は部屋の中に居た。

 先程まで居たプレハブ小屋とは違う。どこか別の場所だ。

 窓のない、ドアとベッドだけの部屋——。そんな部屋のベッドには先約があった。横たわっているその人物の顔には、白い布が被せられていた。

 俺はゆっくりとベッドに近付いた。

 何だか凄く嫌な予感がした。しかし、見なければならない——そんな気がした。

 恐る恐る手を伸ばし、その白い布きれに手を掛ける。

 ゆっくりと布を外す。

 そこには見慣れた顔があった。

──俺の顔だ。

「ギャァァアアアァアアア!!」

 ショックの余り、俺は悲鳴を上げてしまった。


 いつの間にか気を失っていたらしい。俺はプレハブ小屋の床の上で目を覚ました。

 どうやら夢だったようだ。

——どこからどこまでが夢なのだ?

 放心状態の俺の耳に、どこからともなく声が聞こえてきた。

『死にたくなければ、入れ』

 次が始まろうとしていた。

「他のみんなは? 詩音は……?」

 やはり、この場には俺しかいないようである。

——夢? 詩音がいないのは夢じゃなかったようだ。

 声の主は何も答えない。


 これまでの流れの通りに、プレハブ小屋の壁が四方に倒れた。

 俺は町の真ん中に立っていた。

 視界の先に赤色の扉が見えた。

「あそこに入ればいいのか?」

 今回は、随分と簡単なミッションだな——。

「うわあああああぁぁぁ!」

 そう思っていると、建物の中から人間たちが現れて雄叫びを上げながら一斉に扉に向かって走り出した。

 俺は驚いて、呆然と立ち尽くしてしまう。

『……これで終わりだな』

 皮肉気に声の主は言った。

「……はぁん?」

 だが、俺の瞳から希望の光りは消えていないのだ。

 俺は扉に群がる人間たちを次々に引き剥がしていった。

「俺はまだ生きている。死ぬ気なんてあるか!」

 何十人——いや何百人と、一つの扉に群がる人間たちを押し退けて、俺は狭き扉の中へと体を滑り込ませた。

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