第26コーナー「運命の行動と分かれ道」

 ずうたいが大きく運動神経の良い鬼ヶ島が先陣を切って走り、俺達はひたすらに山道を進んでいた。木の根や泥濘に足を取られないように注意し、草むらを掻き分けながら前へと進んだ。

 詩音は勿論、運動が苦手そうな下浦も徐々に遅れ始めていく。

 俺はといえば、完全に頭に血が上って周りに配慮ができない状態であった。

 こんな理不尽な世界に──声の主に対して怒りが爆発して、視野も狭くなっていた。


 今回の崩落のスピードもなかなかで猶予もそこまではなさそうだ。立ち止まっている余裕もないので、声の主は『立ち止まるな』と言ったのであろう。


 さらに今回は分かれ道があって、ただ真っ直ぐ進めば良いというものでもない。二本三本と道がいくつにも枝分かれしていた。もしかしたら、若干の謎解きの要素があるのかもしれない。ご丁寧に、矢印の看板が立ててある道まであった。

 距離が離れ、みんながてんでバラバラな道を進んでいく。誰がどこの道を進んでいるのかも把握するのは困難となった。

 既に俺の視界から三人の姿は消えていた。

——詩音なら、どうにか追い付いてくれるだろう。

 そんな信頼もあったので、俺は足を止めずに前へと進んだ。


 しかし、どの道へ進もうとも結局は合流して同じルートへと辿り着くようである。袋小路を抜けると、鬼ヶ島と下浦の姿が先に見えた。

 二人は道の真ん中で立ち止って、崩落が迫っているというのに動こうともしない。

 その理由はすぐに分かった。

 目の前に道がない。断崖絶壁が目の前に広がり、先にあるのは暗闇のみであった。

 道が無くなっていたので二人は足を止めていたのだ。

 流石に、これには俺も足を止めそうになる。

 だが、ふと頭の中で声の主の言葉が思い返された。

──立ち止まらなければ辿り着く——。

「立ち止まらなければ、か……」

 俺は、二人の横をそのまま通り過ぎた。

「あっ! ちょっと、どうするつもりっすか!?」

 俺に気が付いた下浦が声を上げる。

「……危ない!」

 俺を気遣った鬼ヶ島が手を伸ばしてきた。


 俺は、その手を——反射的に振り払っていた。

 鬼ヶ島が目を丸くしていたが、お構いなしである。自分の直感を信じて俺は前へと進むことにした。

 確かに、先にあるのは暗闇だけであった。

 俺は空中に体が投げ出された——が、地の底へと真っ逆さまに落下していくことはなかった。

 何故なら何もない空中を、俺はまるでそこに足場があるかのように歩くことが出来たからである。

「おおっ!?」

 見えない足場が、そこにはあったのだ。

 俺は足を進めながら振り向き、後ろに居る二人に向かって呼び掛けた。

「大丈夫だ! 行けるみたいだから、ついて来てくれ!」

——ところが、鬼ヶ島と下浦はその場から動こうとはしない。

「どうしたんだ?」

 俺が疑問符を浮かべると、意外な答えが返って来た。

「う、動けないっす!」

「……どうなっているんだ」

 本人の意思に逆らって、体が動かなくなってしまったらしい。

──止まるな。

 声の主の言葉——その本当の意味が、これによって理解できた。

 俺は振り向くのを止め、首を前に向けた。これ以上、二人に掛けてあげられる言葉が思いつかなかった。

 一度でも足を止めてしまうと動けなくなる仕組みなのであろう。だから、声の主は俺たちに『止まるな』と忠告したのだ。

 その言葉の本当に意味に気が付くことができなかった二人は、この場での敗退が決まった。

 その運命から逃れる術を、残念ながら俺は知らなかった。


「ぎゃあぁぁぁあああ!」

「うわあああぁ!」

 背後で二人の悲鳴が聞こえたが、俺は振り返ることができなかった。

 ただひたすらに前だけを見て走った——。

 こうなっては、俺が二人にしてあげられることは何もない。

 自分が無力であることを嘆くばかりである。


 夢中で足を動かしていると、視界の先に扉が現れた。

 それは、俺が——俺たちが求めていた扉であった。

──赤色の扉。

 一瞬、詩音の顔が頭を過ぎった。

 彼女は、どうしたのだろう——。

 このまま俺一人で先に進んで良いものか——。

 頭の中に様々な考えが浮かんでは消えた。


 あらゆる葛藤の末、俺は思考することを止めた。

 そして俺は、目の前にある扉の中へと飛び込んだ。

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