第5コース『止まるな』
第25コーナー「新メンバーと死」
「なんなんすかねぇ、ここ?」
「さぁな」
誰かの話し声が聞こえた。
目を覚ました俺は冷たい床の上に寝転んで居た。顔を上げて辺りを見回すと、見慣れたプレハブ小屋の中に居ることが分かった。
「あ、目ぇ覚めたみたいっすよ」
俺に気が付いて誰かが声を上げた。それは
「ふん……」
もう一人は、筋肉
見知らぬ二人の男──。
それ以外に、声は聞こえてこない。
俺は慌てて部屋の中を見回した。
まさか、詩音と
そんな不安を抱いたが、詩音は部屋の隅で倒れていた。
「詩音っ!?」
俺は詩音に駆け寄ると、彼女の体を揺さぶった。
それに反応するかのように、詩音は「うーん」と呻き声を上げる。
「よかった……。無事だったか……」
ホッと胸を撫で下ろす俺の肩を、学生服の少年がポンと叩く。
「安心するっす。どこにも怪我はないみたいっすから」
「どこも?」
その言葉が妙に引っ掛かった。高いところから落ちたはずなのに、俺も含めてどこも負傷していないとは妙である。
学生服の少年は俺の呟きの意味を取り違えたらしい。慌てて手を振るってきた。
「あ、いやいや誤解っすよ! あんたの彼女さんには、指一本触れていないっすから」
「触っていただろうが」
ボソリと筋肉隆々男が指摘を入れる。
「いや、ややこしくなるから、あんたは余計なことを言わないで欲しいっす! 心拍数と脈拍を計っていただけっすよ! こう見えても、医者の卵なんすからー」
「へー」と、俺は感心したものだ。
見た目には俺より年下で中学生くらいに見えるのに、医者の卵だとは──。
「義務教育が終了したら医大を目指して頑張るつもりっす。将来医者になる卵っすよ」
「それは卵とは言わん」
口数少なく、筋肉隆々男がツッコミを入れる。
「う〜ん……。ここは……」
そんな他愛のないやり取りをしている間に、詩音が意識を取り戻した。
「ああ。気が付いたみたいっすね」
「よかった……」
俺は安堵した。次々と仲間たちが居なくなって、詩音まで失ってしまったら耐えられない。
「貴方たちは……?」
詩音も当然の疑問を抱いたようで、新顔の二人に尋ねた。
「ああ。おいらは
「……
下浦と鬼ヶ島の挨拶に次いで、俺たちも挨拶を返した。
「道草翔」
「詩音よ。宜しくね」
先程まで
「お二人はどうしてこんなところに居るんすかね? ここはどこなんです?」
どうやら、彼らはこの世界に来て間もないようである。
その質問に丁寧に答えてあげたかったが、実のところ俺たちにも詳しいことは分からなかった。
「あの……ここに来る前の記憶はありますか?」
詩音が逆に質問を返した。すると、下浦と鬼ヶ島は考えるような素振りを見せる。
「自分は……死んだはずなんすけどねー」
あっさりと下浦が言い放ったので、俺たちは呆気に取られてしまった。
「いやーだってね、自分の部屋の中で扉や窓に目張りして、それで
随分と衝撃的なことを言う下浦である、医者を志しているというのは、何だったのだろう。
「俺もだ」と、鬼ヶ島が横から口を挟む。
「絶壁を登っている途中で命綱が外れたんだ。真っ逆さまに、地面に向かって落ちたはずだ。それなのに……」
——無傷で此処に居るという。
確かに不思議なことである。俺も以前、この世界で臓器をぶちまけたことがあったが、それでも傷跡一つなく再生したのだ。
「死んだ……?」
二人の共通点は『死んだ』こと。それが、この世界に足を踏み入れる条件になっているのだはないか——。
そう思ったが、俺はその考えを否定するかの如く首を横に振るった。
「いや。詩音は体育の授業でも受けていたんだろう? だとしたら、死ぬ要素もないし、違うか……」
俺の呟きが聞こえたのか、詩音は俯いた。
そんな詩音の反応に俺は首を傾げる。——授業中だからそんな格好をしているのではないか? 頭の中を、色々な考えが巡った。
しばらく間を開けた後、詩音は言い難そうに口を開く。
「確かに体育の授業中だったんだけれど、私、受けに行っていないの」
「ああ、そうなのか」
俺は頷いた。それならそれで、別に気にするようなことでもないように思えた。
更に、詩音は言葉を続けた。
「先輩に呼び出されたの。『話があるから校舎裏に来てくれ』って。それで行ったら、首を絞められたわ。『死ね』って、乱暴をされたの……」
余程怖かったのだろう。そう語る詩音の唇は震えていた。
「……許せんな」
腕組みしながら聞いていた鬼ヶ島が、眉間に皺を寄せる。人一倍に正義感が強いようで、詩音の心中を察して怒りに肩を震わせていた。
「そんなことがあったのか……」
俺も内心ではショックを受けたものだ。
詩音は黙ってコクリと頷いた。その瞳は涙で濡れていた。
しかし、何であれ、これで分かったことが一つだけある。
「俺達は、既に死んでいるのか……」
——なら、俺はここに来る直前には何をしていただろうか。
思い返そうとしていると、俺の導き出した結論に答えるかのようにどこからともなく声が聞こえてきた。
『その通りだ。既にお前たちに生命はない。……だから、再び生者の世界に戻るのは無理なことだろう』
「何すか、この声は!? えっ?」
場数を踏んで聞き慣れている俺や詩音とは違って、下浦や鬼ヶ島は突然の声に驚いていた。
それが新鮮な反応に思えて可笑しかったが、今は構っている場合ではない。
俺は核心に迫る声の主の言葉に聞き耳を立てた。
『お前たちの肉体は死した。だから、精神がここの世界へ来たというのが正しいかもしれない。この、生と死の狭間の世界に……』
「生と死の狭間の世界か」
どうりであり得ないようなことばかり起こるのだと、それはそれで納得することができた。
「いい加減にしてよ!」
詩音が叫び声を上げた。
「こんな世界に閉じ込めて、私たちを弄んで! 村絵ちゃんをどうしたのよ? 他のみんなを返してよ!」
取り乱した詩音の悲痛な訴えにも、声は淡々と言葉を返した。
『ここは生と死の狭間の世界……。止まれば全てが終わる。世界に抗えず自ら死を選んだ人間を、どうこうすることなどできやしないさ』
「ふさげないでよ! 村絵ちゃんは、ピアニストになるって言ったんだよ!? 夢を諦めて死ぬはずなんてないでしょう!」
『ただの一度、一瞬でも足を止めればその時点で終わりだ。死にたくなければ、走り続けるしかない。それができなかった者は、脱落していくまでだ』
「俺は……」
虚空を睨み付けながら口を開く。
「絶対に生き延びてやる。お前なんかに負けはしないよ」
強気に宣言をする。
声の主の言葉になど、最早耳を傾ける必要はないだろう。これ以上、有益な情報は得られないような気がした。
次いで、俺は詩音に視線を送った。
「詩音、君もだ。もう誰も失いたくはない。だから、絶対に足を止めないでくれ!」
詩音もそんな俺の言葉に頷き返してくれた。
「ええ。私だって、もう誰かと離れ離れになるのは嫌よ」
『止まるな』
声の主が、急にトーンを変えて割って入ってきた。
『立ち止まらなければ、辿り着くことであろう』
その言葉と同時に、部屋の壁が外向きに四方に倒れた。周囲に外の景色が広がる。
最早、お決まりのパターンである。
まるで俺たちが外に放り出されるのを見計らったかのように、背後で大地の崩落が始まった。こちらに向かって、徐々に地面が闇に呑まれていく。
「なんすか、あれは!?」
下浦が悲鳴を上げる。
「走るんだ!」
俺の叫び声を合図に、みんなは一斉に駆け出した。
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