第24コーナー「開いた道」

 別に下心があったとか関係が親密になったとかでもないのだが、俺と詩音は手を繋ぎながら赤い部屋を移動した。

 もう二度と、同じ過ちを繰り返さないように——離れ離れにならないように手を繋いだのである。


 扉が閉まったことで、直線的に進むことに意味がないことが分かった。

 あれから、態勢を立て直す意味も込めて扉を開けながら来た道を戻った。ところが、先にあるはずのプレハブ小屋に辿り着くことはできなかった。

 扉が閉まると、部屋全体の構造が変わるのだろう。時限式に自動で扉が閉まってしまうのであれば、同一方向に進むことの有用性は余り感じられない。

 かといって闇雲に進んでゴールの赤色の扉に到達できるかは疑問である。

 ようするに、お手上げの状態であった。


「どこに行けば良いのよ!」

 ウンザリしたように、詩音が叫ぶ。

「これまでだったら赤色の扉に入ればそれでお終いだったじゃない! どうしろっていうのよ! まったく……」

 詩音が愚痴るのも無理はない。

 永遠に同じ景色をウロウロとさせられているのだから、俺だって嫌気が差していた。

「開けろって言われたから、開けているんじゃないの! 赤色の扉に入っているんだから、それで良しとしてよ!」

 詩音は虚空に向かって、そんな要求を一方的に叫んでいた。

 恐らく、声の主に向けたものであるだろうが、当然の如く何の返答もない。


「開けろ、か……」

 その言葉が、ふと引っ掛かった。

 こんなにも扉を開けているというのに、どうして正解の扉に辿り着かないのだろう。

──あけろ。

 頭の中に、声の主が言った言葉が浮かぶ。

「開けろ……じゃなくて、あけろ……?」

 そんなことをブツクサと呟いて、考えを巡らした。


 その時、俺は閃いた。


——いや、しかし確証はない。

 俺は足を止めて詩音に尋ねた。

「これまでさぁー。脱出するには、何をしなければならなかった?」

「えっ?」

 俺の質問の意図が分からなかったようだ。詩音は首を傾げ、疑問符を浮かべた。

「そんなの、赤色の扉を開ければ良かったんじゃない」

「ああ」と俺は同意して縦に頭を振るった。

「赤色を開ければよかった。……じゃあ、今回は?」

「赤色の扉を開ければいいんじゃない?」

 同じ言葉を詩音は繰り返した。

「……いいや。あけるのさ」

 そう言いつつ、俺は拳を握って壁を殴った。

──ボロッ!

 意外にも、壁には簡単に穴が空いた。殴った拳も、まるで紙にでも繰り出したかのように痛みはない。

——これならいける。俺は確信した。

 壁の向こう側には暗闇が広がっていた。部屋が隣接しているはずなのに、その片鱗もない。

「ええっ!?」

 俺の突飛な行動に詩音はただ驚いていた。


 答えを導き出した俺は、一心不乱に拳を振るった。殴るたびに壁はボロボロと剥がれ落ち、次第に穴は大きくなっていった。

 そして、人が一人通れるくらいの大きな穴があいたところで俺は手を止めて息をついた。

「見つけた。これが出口だ」

 俺が手で示すが、詩音はポカーンと口を開けてまだ状況が理解できていないようだ。

「赤色の扉っていうのは恐らくフェイクだろう。今までそうだったから、俺たちは勝手にそう解釈してしまっていたんだ。思い返して欲しい……」

——あければ道は、開かれる。

「一言も、『赤色の扉を』あけろなんて言われてないんだ。だから、もしやと思ったのさ」

 俺は詩音に向けて手を差し出した。

「付いてきてくれるかい?」

 詩音は困惑していた。俺の心中を見透かしていたのだろう。

 実際のところ、これが本当に正解なのかは、穴の中に入ってみなければ分からないのである。ゴールである赤色の扉が現実に存在している可能性だってあるのだ。

 俺のこの考えは単なる屁理屈やこじ付けで、ただ頓知に答えたに過ぎない。

 もしかしたら、飛び込めば永遠の暗闇の中に投げ出されるかもしれない。

 一か八かの賭けで、俺だって不安だった。


──でも、詩音は俺の手を取ってくれた。

「行きましょう。最後まで付き合うわ」

 彼女も決心してくれたようだ。

 そして、俺と詩音は頷き合い、暗い闇の中へと身を投げ込んだのであった。

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