第22コーナー「扉扉扉」

 無鉄砲な夜闇は、無警戒にも勢いよく扉を開ける。後続のことなど頭にないようで、どんどん先へと進んでいってしまう。

「まったく……。仕方のない奴だ……」

 そんな夜闇を追って、水槍も足を速めた。

 二人の背中が徐々に遠くに見えるようになっていく。


 ここまで、どれくらいの扉を潜ってきたのかは分からない。

 俺は足を止めて振り返った。まるで合わせ鏡の中のように、どこまでも扉が空いているのが見える。それでも一向に行き止まりには辿り着く気配はない。

 後ろを歩いてきた詩音と村絵は不安げな表情になっていた。

「どこまで続くか分からないから、自分のペースで大丈夫だよ」

 そんな二人に、俺は励ましの言葉を掛け続けた。


「糞っ! まだかよ!」

 先に行った夜闇の悪態が遠くから聞こえたので、俺はゲンナリとしてしまう。

 開けても開けてもどこまでも続く赤色の部屋──。この先にも、それが続いているということだ。

 目がチカチカしてきたし、代わり映えしない景色に嫌気が差してきていた。

「つ、疲れたよ〜」

 この中で一番体力がないであろう村絵が、徐々に一行から遅れていく。

「大丈夫? 村絵ちゃん?」

 その都度、詩音は足を止めて村絵を元気付けた。

 村絵の体力を考慮してここらで一休みしたかったが、先行する二人が先へ先へと行ってしまったので放っておく訳にもいかない。

「止まって下さい!」

 俺は深呼吸をすると、精一杯に叫んだ。

 すると、遠くの方から微かに「おーよ!」という返事が聞こえた。随分と先まで行っているようだ。返事があるということは、二人は無事であるのだろう。

 俺は足を止めて振り返ると、詩音と村絵が追い付いてくるのを待った。

 詩音が先に俺が居る部屋に入ってきた。

「二人に止まってもらっているから、もう少し進んだら休憩しよう」と俺は詩音に声を掛けた。

 後ろの村絵にもその言葉が聞こえたようだ。表情がパアッと明るくなる。

「うん! 頑張る。……頑張るよ……!」

 まるで、自分に言い聞かせるように村絵は繰り返し呟くと、ゆっくりとこちらの部屋に向かってきた。

「頑張りましょう!」

 敷居越しに、詩音も村絵を励ます。

「大丈夫。休んで元気になったら、みんなできっと脱出できるわよ」

「うん!」

 疲労困憊の村絵も、最後の力を振り絞るかのように前へと進んだ。


——その時だった。


 俺たちと村絵とを分断するかのように、境の扉が閉まった。誰も触れていないし、風が吹いた様子もない。あるいは、時限式に自然と閉まる仕組みになっていたのかもしれない。

——バタン!

 俺たちが反応する間もなく、扉は閉まって視界が遮られてしまう。

「あっ、村絵ちゃん」

 なんて事はない。閉まったのなら開ければ良いだけの話である。

 そんな軽い気持ちで、俺の隣りにまで来ていた詩音がドアノブを捻った。

──扉が開く。

 しかし、その先に村絵の姿はなかった。

「えっ? あれ……?」

 詩音が目を丸くする。

「村絵ちゃん! 村絵ちゃーん! どこに行ったの!?」

 詩音は呼び掛けながら隣室にある四方の扉を開けて村絵の姿を探した。

「村絵ちゃん、どこに……」

 だが、村絵の姿は見付からなかったようだ。詩音はその場に、ガックリと膝を落とした。

「村絵ちゃん……」

 あるはずの村絵の姿が、一瞬でその場から忽然と消え去ってしまったのだ。

 これには俺も、かなりのショックを受けたものである。

 呆然としている詩音の手を、俺は握った。

「やばいぞ! 早く水槍さんたちと合流しないと!」

 俺は詩音の手を引いた。しかし、呆然自失の詩音は、その場から動こうとはしない。

「で、でも……村絵ちゃんが……」

「急いでくれ!」

 俺は強引に詩音の手を引っ張った。魂が抜けたような詩音だったが、思考を停止しながらも足だけは動かしてくれた。

 前方の扉──夜闇たちが先に行った扉がゆっくりと閉まり出す。

 俺は手を伸ばして体を滑り込ませて、それを阻止する。

「水槍さん! 夜闇さん! すぐに来てくれ! 」

「何事だ!?」

 夜闇と水槍が、俺の叫びで只ならぬ事態が起こったことを察してくれたようだ。

 どうやら引き返してきてくれているようで、こちらに向かって遠くからドタドタという足音が響いてくる。

「うぉおおぉ!」

 俺も少しでも先行組との距離を縮めるべく、詩音の手を引きながら走った。

 ドアが閉まる前に手を入れて次の部屋に移る。——少しでも遅れれば、扉がしまってしまう。そうなれば、水槍たちとは完全に分断されてしまうだろう。


 正面から夜闇と水槍が駆けて来る姿が目に入った。

「大丈夫かっ!?」

——もう少しだ。

「大変なんですよ!」

 俺が声を上げた瞬間、無情にも目の前で扉がパタリと閉まったのだった。

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