第16コーナー「老若男女」

「行け! 先に、行け!」

 男たちを振り払った俺は、詩音たちを追い掛けながら叫んだ。

 そして、詩音たちに追い縋っている魑魅魍魎──男たちを殴り飛ばしていった。

 そうすることで、標的を俺へとシフトチェンジさせることができた。

 ところが、四方を囲まれて逃げ道を潰されてしまう。

 相手の数も多過ぎて、流石に万事休すといったところか──。


 冷汗を流しつつも希望を捨てず身構えていると、ふと一陣の風が吹いた。その刹那——どこから現れたのか、強面の老人が俺の隣に立っていた。

「一度きりだぞ……」

 強面の老人はボソリと呟くと、身を低く構えた。

 ——男たちが、こちらに飛び掛かってくる。

 そんな男たちを、強面の老人は軽やかに受け流していった。男たちの力に抗うことなく、流れるような動作で男たちを地面に倒していく。

 その動きには全く無駄がなかった。全ての男たちを捻じ伏せるまでに、そう時間は掛からなかった。

 強面の老人はひと仕事を終えると、袖口で額の汗を拭った。

「後は、自分でどうにかするんだな」

 そう言い残すと老人は颯爽と走り出した。


 邪魔者たちが根絶された訳ではないので、その後も強面の老人の前には老若男女が立ち塞がった。しかし、老人はその都度、相手を撃退していく。腕を引いて相手を倒したり馬跳びをして乗り越えたりと、実に軽やかな身のこなしでそれらを躱していった。

 老人の軌跡を辿ることで、俺も楽に前へと進むことが出来た。

「行くぞ!」

 詩音に追い付いた俺は、無意識に彼女の手を取っていた。

 ——が、余り速度は出ない。ランドセルの女の子の歩幅が狭かった。

 俺は唇を噛んだ。

 そんな俺の表情を察して、女の子は拗ねてしまったようだ。

「……もういいです。わたしのことは、放っておいてください……」

 女の子は詩音の手を払って立ち止まった。

「ご迷惑になりますから、わたしのことはいいんです」

「良くないっつうの!」

 俺は叫んだ。

 そして彼女の体を担ぎ上げた。

「えぇっ!?」

 スカートが捲れ上がり、笑顔のウサギがプリントされた下着が露わになる。女の子は頬を赤らめたが、そんなことはお構いなしである。色気付いている場合ではないのだ。

「お、下ろしてくださいっ!」

 女の子の体は思いの他、軽かった。悲鳴を上げる女の子を抱えながらも、それなりの速度で進むことができた。


 先行する強面の老人が相変わらずの流れるような動作で、立ち塞がる人間たちを次々と受け流していく。時には組み伏せ、あるいは投げ飛ばす——。

 何らかの武術の達人であろう。実に心強い。

 俺たちは強面の老人の後に続いた。

 そして、余裕を持って赤色の扉に到達することができた。


「助けてくれよ!」

 そんな悲鳴が耳に届いて振り向いた。

 人だかりの中心から太っちょの悲鳴が反響する。周りを何人もの人間が取り囲んでおり、その姿は見えない。

「死にたくない! 助けてくれ!」

 強面の老人は太っちょを一瞥したが、「あれは無理だ。助からんだろう」と見切りをつけてしまう。そして、視線を逸すと先に赤色の扉の中に入っていってしまった。

 俺と詩音はと言えば、どうにも見捨てる気にはなれず、その場に立ち尽くしていた。

「鬼め、悪魔め! 見殺しにするって言うのか? 助けてよ!」

 そこまで言われては、眼鏡の男性の一件もあるので見殺すこともできない。幸い、赤色の扉は近くにあるので、何かあってもすぐに戻って来れるだろう。

 俺は道を戻ろうとした。

 ——ギュッと裾を掴まれた。女の子が恐怖で震えていたのである。

「は、離れないで下さい。戻れる保証はないのですから」

 彼女も怖いのに、必死に頑張っているのである。

 俺は足を止めた。

「おん? お、おい!」

 太っちょの顔が青褪めた。

「悪いな……」

 俺は一言太っちょに謝ると、赤色の扉を開けた。

「お、おおおぉぉいいい!」

 赤色の扉の中に一歩足を踏み入れると、太っちょの悲鳴は聞こえなくなった。あんなにも俺たちの行く手を阻んでいた町の住人たちも、追ってくる気配はない。

 ──バタン!

 勢い良くドアが閉まると、部屋の中は暗闇に包まれた。

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