第4コース『あけろ』
第17コーナー「ホームルーム」
「うぅ……うぅ……!」
薄暗い部屋の中に、女の子のシクシクという泣き声が響く。
怖い思いをして怯える女の子を慰めるように詩音がその肩を優しく抱いている。
「眼鏡と太っちょには、悪い事をしちゃったね……」
俺はしみじみと呟いた。
部屋には眼鏡と太っちょの姿はない。二人はこの世界の犠牲者となってしまったのだ。
──俺たちが見殺しにしてしまったともいえるだろうが——。
この場——新たなプレハブ小屋の中に居るのは、俺を含めて五名。詩音、女の子、強面の老人と金髪青年。
「どうだろう……」
重苦しい空気の中、俺は口を開いた。
「自己紹介でもしないか? こんな状況だからお互いのことを良く知っておきたいし」
俺の提案に、みんなは顔を伏せた。まだ信用をされていないということなのだろうか。
「俺の名は
もう何度目になるだろう。誰にも求められていなかったが、俺はお決まりの自己紹介を口にした。
「父さんは小さい頃に死んじゃったけど、母さんは俺が大会で走るのを楽しみにしてくれているんだ。来月も大会があるから、もし出られるようなら応援しに来てくれるって……」
唐突な自分語りに、一瞬その場の空気が重くなるのを感じた。それでも構わない。誰かに話しておきたかった。こんな世界で朽ち果てる前に遺言を——。
「もしも、俺が死んだら母さんに伝えて欲しい。俺は最後まで楽しく走り続けたって。心配掛けてごめんって……」
俺の言葉が終わると、再び静寂に包まれた。追随してくれるものは誰も居なかった——。
そう諦めかけた時だった———。
「私は……」
詩音が口を開いた。
「
「へんっ、だからそんな格好をしているのかい」
茶化すように金髪青年が横から野次を入れる。
そんな金髪青年を無視して、俺は詩音に尋ねた。
「体育の授業中って……ここに来る前は、学校に居たってこと?」
「ええ、そうよ。授業でトラックを走っていたの」
この世界に来る前の記憶というのは興味深かった。なんせ俺は思い返そうにも、いきなり視界が真っ暗になったことくらいしか憶えていない。
「ふむ、なるほどねぇ」
強面の老人が頷きながら顎に手を当てる。
「その点で言うと、俺ぁ、部屋に居たな」と、思い返して老人は口を開いた。
「若ぇ奴らに隠れとけって押し入れん中に入れられてよぉ。銃声がドンパッチしていたが、後は憶えてねぇやい」
「何者だよ。あんた……」
金髪青年が老人に冷ややかな視線を向けながら恐々尋ねた。
強面の老人は手を振りながら「なぁに、しがないジジイだよ」と答えた。
それ以上突っ込みようがなく金髪青年も黙ってしまう。
「にいちゃん、名前は?」
そんな金髪青年に、老人が尋ね返す。
「
「俺は、
──水槍。
その名前を聞いた瞬間、夜闇の顔が引き攣ったような気がした。
そういえば、俺にもその名前には聞き憶えがある。度々、新聞やニュースにも取り上げられている過激派団体の『水槍組』。
──その名前と、同じ苗字ではないか!
この水槍老人が水槍組と関係があるかは分からないが、余り怒らせるような真似はしない方が良いかもしれない。
「……で、お嬢ちゃんは?」
水槍老人が、詩音の横で震えている女の子に尋ねた。
「
「何年生だい?」
「三年生」
ふむ、と水槍老人は唸ると顔を顰めた。
「こんな嬢ちゃんまで巻き込まれちまうなんてなぁ。ここはいったい、なんだってぇんだ」
改めて水槍老人が疑問を口にする。
『知りたいか?』
そんな疑問に答えるかのように、静かな声が部屋の中に響いた。
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