第15コーナー「前線の伏兵、後衛の崩落」

 後方で大地が崩落し始めたことに次いで、前線でも異変が起きた。

「うわああぁぁっ!」

 太っちょが悲鳴を上げながら、顔面から盛大に倒れた。

 何も、彼がどん臭くて足をもつらせてそうなった訳ではない。突然、建物のかげから老人が飛び出してきて、太っちょに体当たりをしてきたからである。

 不意打ちにけることも出来ずに太っちょは勢いのままバランスを崩して倒れたのだ。

「な、なにすんだよ!」

 太っちょが抗議の声を上げる。

 老人は口をつぐんで無表情のまま、倒れている太っちょの体の上にのしかかった。

「な、なんだよコイツ……。気持ち悪い。助けてくれよ……」

 太っちょが困惑しつつ、懇願こんがんするように金髪青年に視線を送る。

「自分で何とかしやがれ!」

 ところが、金髪青年はそれを軽くあしらうと、太っちょの横を通り過ぎて行った。


「きゃああ!」

 同様の異変は、俺の眼前でも起こった。

 一歩先を行く詩音と女の子の前に、中肉中背ちゅうにくちゅうぜいの男が立ちふさがったのだ。

 男は何を思ったのか、怯えている詩音に掴み掛った。

 俺は慌てて、詩音を男の手から救うべく走った。

「どけよ!」

 何の罪悪感も迷いもなく、俺は男を殴りつけた。かなり勢いよく殴ったので、男は頭がふら付いたのか、よろけて後ろに尻餅しりもちをついた。

 だが、男は痛みもいかりも何の感情もなく、無表情のままスクッと立ち上がった。鼻血をらしていたが、特に意にかいした様子はない。

 ただ、中肉中背男のヘイトを買ったようで、標的が詩音から俺へと移る。男が両手を振り上げ、俺に向かってきた。

「今の内だよ。早く、先に行って!」

 俺は男のその手を掴みながら、詩音に向かって叫んだ。

 ここで俺がこの男を食い止めている間に、詩音たちには少しでも遠くに逃げて欲しいものである。

 詩音はしばし躊躇ちゅうちょしたが、震える女の子の姿を見て決心してくれたようだ。

「ありがとう。……行きましょう!」

 女の子の手を取り、詩音は前へと走り出した。


——こんなところで立ち止まっている余裕はない。

 しかし、通りに面した商店の建物から身をひそめていた人間たちが姿を現し、俺らの行く手をはばんだ。


 そういえば、声の主はこんなことを言っていた。

──突っ込め。

 何となく、俺はその言葉の意味が理解出来た。


 何人──いや、何十人もの老若男女ろうにゃくなんにょが追いすがってきた。

 ある者たちは手足にからみ付き、ある者たちはおぶさり掛ってきた。

 おとりを引き受けた俺もピンチに陥ってしまう。身動きが取れなくなり、立っていることすら困難となった。

——そんな状況に陥ったが、大地の崩落のこともあるので足止めを食らっている場合でもない。

 俺は身をもだえさせ、拳や蹴りを繰り出して人間たちを振り解き、前へと進んだ。


「うおおぉぉおおお!」

 背後で悲鳴が上がり、自然と俺の視線はそちらに向いた。

 スタート地点に程近い場所で、眼鏡の男性が地面に倒れていた。その上に被さるようにして、数人の男たちがのしかかっている。

「誰か……頼む、助けてくれぇ!」

 圧迫されて呼吸をするのも辛そうであった。眼鏡の男性はか細い声で、何とか声を上げていた。

 助けてやりたいところではあるが、俺とて戻るにはリスクがともなう。群がって来る人々を避けることで精一杯で、とても来た道を戻る余裕などない。

 既に、彼の側に居たはずの強面の老人の姿は消えていた。老人はある程度のところで見切りをつけて、その場からスタートをしたようである。

 いつまでもその場に留まっていたことが眼鏡の男性の判断ミス——不運としか、言いようがない。

「ひ……ひいぃぃいいい!」

 眼鏡の男性の足元に亀裂が入る。

 地面が音を立て、闇の中に呑まれていく。

「いやだ。俺は官僚になるんだ! 約束されたエリートなのだぞ。こんなところで死んでいい人間ではないんだ……」

 眼鏡の男性は取り乱しながらブツブツと独り言を呟いていた。

「どいてくれ! 頼む、助け……」

 可哀想なことに眼鏡の男性は地面の崩落と一緒に、奈落の底へと落ちていったのだった。


「ぎゃああぁああぁ!」

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