第3コース『突っ込め』

第12コーナー「体育着の女の子」

どれだけ眠っていたのか分からないが、俺は物音に叩き起こされた。

 飛び起きた俺は、ずは自身の肉体をあちこち見回す。どういう訳か、切れた五体が元に戻っている。痛みはおろか縫合ほうごうした様な傷やあとは一切ない。

 ああも、臓器や骨肉こつにくがバラバラになったというのに不思議なことである。

 全ての臓器が赤色の扉には到達出来なかったが、欠損けっそんもなく身体の全ての機能が動いていた。

 

──まあ、突き詰めて考えてみても仕方がない。

 どんな理屈でそうなったのかは分からないが、元通りの身体に戻れたのならそれだけで良い。どうせ、声の主に問い掛けても答えは返ってこないのだろう。


 ところで、先程俺を叩き起こした物音の正体というのはドアが乱暴に開かれた音であった。

 そして、この部屋──プレハブ小屋には、珍しく俺以外の人間の姿があった。

 その人物は両手を膝について「はぁ、はぁ」と呼吸を乱している。今し方、命に関わるような恐ろしい事態から逃げてきた感じで、膝をガクガクと震わせていた。


 呼吸が落ち着くと、その人物は顔を上げた。その際に、俺は自然と目が合う。

「……ええっ?」

——女の子だった。

 女の子は俺の顔を見ると目を丸くした。

「人……?」

 女の子が警戒の色を強め、俺と距離を取るかのように壁際まで後退あとずさる。

——その態度には若干じゃっかん傷付きもするが、見知らぬ場所で見知らぬ男と二人きりになったのだから警戒するのが当たり前であろう。

 だが、お互い様に俺とて警戒はおこたらない。

 何たって、こんな世界のこんな状況なのだ。この子が仕掛け人で──あるいは悪意を持って近付いてきた可能性だってあるだろう。


 まじまじと女の子の容姿を見詰めた俺は、思わず唾を飲み込んでしまった。改めて見ると、彼女が随分ずいぶん奇抜きばつな格好をしているように思えたからである。

 赤の布地に白のラインが入ったジャージを上に羽織、下はブルマー姿であった。自然と露わになっている太腿ふとももに目が行って、俺は一人でドギマギとしてしまった。

 俺とそう年は離れていなそうなのに、どこか妖艶な雰囲気をかもし出している。


 そんな俺の色目に女の子は気付いたようだ。

 顔を引きらせ、より一層警戒心を強めてしまう。

「きゃあっ!?」

 そして、自身がそんなセクシーな服装をしていたことに今更ながら気が付いようで、胸を抱きながら頬を赤らめた。

「私は人間よ! 当たり前じゃないの!」

 女の子は隅っこで丸くなり、警戒心バリバリでこちらに睨みを利かせてきた。

 気まずい空気が部屋の中に流れ、俺は息苦しくなって顔を背けた。


 さすがに長時間の沈黙には辛いものがある。

 耐え兼ねた俺は、自ら口を開いて女の子の警戒心を少しでも和らげるように励んだ。

「俺は、道草みちくさかけるっていうのだ。君は?」

 別に答えてくれなくても構わなかったのだが、女の子は短く「北嶋きたじま詩音しおんよ」と名乗ってくれた。

「そうか、北嶋さん。……宜しくね」

 俺が頭を下げると、彼女も軽く会釈を返してくれた。


 しかし、それっきり会話が弾まず、お互いに口を噤んでしまう。

 再び気まずい沈黙に包まれたのだった。

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