第11コーナー「見えない弾丸(閲覧注意)」

 目指す正面の家にあるのは、見るからに黒色の扉であった。

 どう見ても俺が探している赤色の扉などではなく、それは実際に近付いてみても変わらない。角刈り頭にたぶらかされたのだと、俺は落胆らくたんしてめ息を吐いたものである。

——パーン!

 その時、突如とつじょ、乾いたような破裂音が周囲に響き渡った。

 それと同時に、隣家りんかの玄関先をほうきで掃いていた中年男から悲鳴が上がる。

 赤黒い液体をき散らしながら中年男は地面にドサリと倒れた。

「大丈夫ですか!?」

 俺は驚いて、中年男に駆け寄った。何が起こったか分からないが、急いで手当をすれば助けられるかもしれない。

 ところが、中年男はすでに事切れてしまったようで、俺の呼び掛けに何ら反応を示さなかった。

 胸部に何かで撃ち抜かれたような小さな穴が開いている——。恐らく、これが死因となったのだろう。

 先程の破裂音で、中年男に弾丸が撃ち込まれたようだ。

 辺りを警戒して見回すが、狙撃手の姿を視界にとらえることはできない。

——カチャッ!

 しかし、どこかから弾を装填そうてんする音が聴こえる。

——パーン!

 さらに銃声が鳴り響く。

 通り掛かった人が頭を撃ち抜かれ、地面に倒れた。

——カチッ……パーン!

 また一人、銃声と共に通行人が倒れた。血肉が周囲に飛び散る。


 俺は電柱の陰に身を潜り込ませた。何の遮蔽しゃへい物のない道の真ん中に突っ立っていては、狙撃の格好のまとである。

——パーン、パーン!

 電柱の陰から成り行きを見守っていると、ふとあることに気が付く。

 正面の家にあった黒色の扉が、いつの間にか赤色に変わっていた。狙撃によって人々が流した血が、扉の色を赤へと染めたのである。

「赤色の扉……」

 驚愕きょうがくして言葉を失った。

 もしかしたら、この狙撃は角刈り頭の言葉を真実とするために、起こるべくして起こったものなのかもしれない。

 いったい、誰がこんな物騒ぶっそうなことをしているのか。


 俺は電柱の陰から通りの様子を伺ったが、狙撃手の気配を察知することはできなかった。

 しかし、このまま狙撃を警戒して立ち止まっている訳にもいかない。

 どこか遠くで隕石が落下して大地を揺らす音がした。

 隕石が迫っているので、俺に残された時間もわずかなようだ。

——だから、俺は意を決することにした。

「いくぞおおぉぉっ!」

 電柱から飛び出した俺は、赤色の扉を目指して走った。


──パーン!

 銃声が耳に入る。

——と同時に、俺はバランスを崩して地面に倒れた。

 腹部に激痛が走り、顔を歪める。

 どうやらわき腹を銃弾で撃ち抜かれてしまったらしい。撃たれた腹部から血が流れ、シャツが赤く染まっていた。

「いててて……」

 それでも、こんな戦場のど真ん中で安易あんいに寝転んでいる訳にもいくまい。俺は無理矢理に体を起こして前へと進んだ。

 一歩一歩、ゆっくりではあるが着実に赤色の扉へと近付いていく。

 ところが、狙撃手からすれば満足に動くことのできない俺は、格好の的のようである。

──パーン!

 容赦ようしゃなく発砲音が鳴った。

「うわっ!」

 今度は、右足の太腿ふとももを撃ち抜かれ、立っていることができなくなった俺は手を着いて地面に倒れる。

「こんなところで、諦められるかよ!」

 満足に足を動かすことができなくなったが、歯を食いしばり、俺は地面をって進むことにした。


 門扉もんとびらを潜って敷地の中に入る。赤色の扉はもう目と鼻の先であった。

 後はひたすら真っ直ぐ進めばよい。そう距離もないのだ。

──いける!

——間に合う!

「もう少しだ!」


──パーン!

 だが、不運なことに銃弾が俺の胸部を——心臓を撃ち抜いた。

 周囲に血肉が飛散する。

 俺は腕を伸ばしたままの姿勢で静止し、強制的に生命活動を終わらされてしまった。


──いや、まだ終わりではない。

 指先がピクリと動いた。

 既に脈は止まり、呼吸もおろそかになっている。血液の循環じゅんかんが止まり、脳に血が満足に回らないことで頭もハッキリとはしていなかったが、それでも俺は生きていた。

 地を這いずりながら前へと進む。

——生きることへの執念しゅうねんが、そうさせているのであろうか。


 その後も狙撃は続いた。

 最早もはや、人外へと成り下がった俺は、弾丸の雨あられも物ともせず前進していった。

 右腕が切れ、頭が吹き飛び——それでも、残っている部位だけでひたすらに赤色の扉を目指していく。

 四散した臓器たちが散り散りにゴールを目指す姿は、我ながらかなりグロテスクに見えた。


──パーン!

 先行していた俺の小腸が吹き飛ばされた。

──パーン!

 右手の小指も惜しいところまで行ったが、銃撃で弾き飛ばされてしまう。

 しかし、こちらの方が数では圧倒している。

 左耳と腎臓が銃弾をい潜って赤色の扉へと到達した。

 赤色の扉は軽く触れるだけで開くことができたので、生き残った臓物ぞうもつたちがどんどん扉の中へと入っていくことができた。


──パーン!

 最後の一撃がヒットし、眼球が弾け飛んだ。

 お陰でそれっきり、俺の視界は真っ暗になってしまった。

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