第10コーナー「真実の口」
交番前に戻った俺は、お目当ての人物を探して周囲をキョロキョロと見回した。
すると、まだ男はその辺りをウロウロしていたようである。
「みつけた!」
俺はその男を視界に捉えると、すぐさま側へと駆け寄った。
「またあんたかい」と、男は俺の顔を見るなりウンザリしたように息を吐いた。
交番から出た後に、隕石の落下について話し合った角刈り頭の男である。
達観した角刈り頭は、相変わらず生きることを諦めているらしい。道の真ん中にどっかりと腰を下ろすと、梃子でも動かないといった意思表示を見せた。
「戻ってきてどういうつもりかは知らないが、俺はここから動く気はないぜ」
「別に、貴方をどうこうしようという気はありませんよ」
「……そうかい。そいつは良かった」
角刈り頭は安心したように息を吐いた。
そんな彼の姿を見て、俺は胸が高鳴り大いに喜んだ。
——会話が成り立つ!
これで確信した。確かに、角刈り頭にも時折可笑しな言動はあるが、それでもその言葉には嘘偽りがないということを実感した。
ということは、『この町には本当のことを言う人は一人しかいない』——それは即ち、今俺の目の前に居るこの角刈り頭なのである。
「あんたを助けようだなんて、これっぽっちも思っちゃいないから安心してくれ。俺はただ、赤色の扉がどこにあるのか知りたいだけなんだ。教えてくれ」
俺が懇願すると、角刈り頭は通りの先を指差した。
「あそこの家の扉を見てごらん」
男が指差した先に視線を向ける。遠くにこちらを正面にして建つ民家が見えた。
二階建ての一軒家——勿論、玄関の扉は赤色などではなく黒色だ。
「うん、あるね。……それで赤色って言うのは?」
「ああ、あれさ。あれが赤色の扉さ」
角刈り頭の言葉を聞いて、俺は落胆して息を吐いた。
どうやら、とんだ見当違いだったようだ。この角刈り頭も所詮は、他の住民たちと同様、嘘吐きであったらしい。
ところが、角刈り頭は慌てて首を横に振るった。
「おいおい、勘違いするなよ。黒色だろうと白色だろうと青色だろうと関係はないんだ。俺が赤色の扉と言ったら、あれは赤色の扉なんだからな」
俺は再び視線を正面の民家に向け、玄関の扉を見た。
——どう見たって黒色である。黒色以外の何物でもない。
疑うような目を向けると、尚も角刈り頭は反論してきた。
「この町で真実を口にできるのは俺だけなんだぜ。俺が嘘吐きって言うなら、この世界の方が嘘吐きになっちまうだろうさ。ここまで真実を言ってきたつもりだがね。今更、適当なことを言いやしないよ」
どうにも納得できず、俺は冷ややかな視線を送った。
「疑うのなら、実際に行ってみるといいよ。それで分かるから」
確かにその通りである。可能性があるならば、言ってみるべきだろう。
「ありがとう。一応、行ってみますよ」
俺は角刈り頭に、形式的にお礼を言った。
「ところで、あなたも一緒に行きませんか?」
このまま、ここに居たところで隕石に押し潰されて死ぬだけである。折角知り合えたのだから、せめて命を救えないものだろうか。
くどい様だが、俺は再度角刈り頭を誘った。
「ここまで来て助かっちまったら、俺は嘘つきになっちまうだろうが。行くわけがないだろう」
ガハハと野太い声で、角刈り頭は自嘲気味な笑いを見せる。
「さあ、時間がないぞ。俺になんて構わないで早く行きな」
「すみません。あの……」
尚も言葉を続けようとする俺を、角刈り頭は突き飛ばした。
「さっさと行け! 俺はもう楽になりたいんだ」
そう言いながら、角刈り頭は地面に大の字に寝転んだ。
これ以上、言葉を交わすことに意味はないだろう。
俺は角刈りの男に背を向けて、『赤色の扉』があるという正面の家へと向かった。
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