第8コーナー「老人の道案内」

 俺は目的のために随分ずいぶん大胆だいたんな行動を取るようになっていた。

 他人の家の中だろうと店の中だろうとお構いなしに土足で踏み込み、赤色の扉を探す。

 緊急性もあり、状況が状況だからと罪悪感を抱くことはなかった。

「いらっしゃい、歓迎するよ」

 家主と出食わすこともあったが不思議と上がり込んだことをとがめられることはなく、俺は奇妙に思ったものである。


 それでも、そんな調子であちこち探してみたものの、それらしき扉は見付からなかった。

 俺は内心でかなり焦った。これだけ探しても見付からないのだ。本当に赤色の扉など存在しているのであろうか。

「せめてヒントでもあればなぁ……」

 自棄やけを起こした俺は、通りすがりの杖をついた老人に声を掛けた。

「赤色の扉を知りませんか?」

 期待などしていない。

 ところが、老人からは意外な返事があった。

「もちろん、知っているともさ」

 俺は瞳を輝かせた。これまで血眼ちまなこになって町の中を探したのに見付けられなかった扉の場所を、この老人は知っているというのだ。

だまされるな』

 しかし、そんな俺の喜びに水を差すかのように、脳内に声が直接語り掛けてくる。

『本当のことを言っている人間は、この町でただ一人しかいない』

「本当のことだって?」

 俺は眉間みけんしわを寄せた。

──なんだよ、それ!

 まるで老人が嘘を付いているかのような言い回しとタイミングで、声に主からの忠告が入った。

「あの、赤色の扉はどこにありますか?」

「ああ。あっちだよ」

 老人は頷くと、通りの先を指す。

「突き当りを左に行った通りの奥にある家の、二階に赤色の扉はあるよ」

「ありがとうございます。助かります」

 俺がお礼を言うと、老人はまた杖をつきながら通りを歩いて行った。


「突き当りを左か……」

 俺は聞いた道順を辿たどることにした。

 老人の言葉の真偽は実際に進んでみれば分かることである。

──本当のことを言っている人間は一人だけ。

 確かに妙な感じはしていた。初めに出会った男や警官たちの言動は支離滅裂しりめつれつで、どうにも会話がみ合わなかった。

 それも、嘘つきの言動と考えれば、少しは合点がてんがいくような気がした。

 だが、そんなことを知っている声の主とは果たして何者なのか。


 答えの導き出せない疑問を抱きつつ、俺は通りを先へと急いだ。

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