第7コーナー「達観の角刈り頭」
——もういい。誰の助けも借りるものか、と俺は通りを進んだ。
警察官への怒りは収まらなかったが、本来の目的に戻って隕石から逃れる方法を模索することにする。
上空には相変わらず飛来する隕石が見えている。それなのに誰もそのことに気が付いていないのだろうか。町の人たちは暢気に道を歩いていて、パニックが起きている様子もない。
俺は路肩で携帯を弄っていた角刈り頭の男性に何となしに声を掛けた。
「あの隕石が見えていますか? どんどんこちらに向かってきているのが……」
角刈り頭は落ち着き払っていて、ゆっくりとした動作でそちらに顔を向けると「ああ」と興味なさそうな顔で頷いた。
「もちろんだとも。両の目は、きちんと見えているからね」
「それならば、早くここから逃げないと!
俺が捲し立てると、角刈り頭は「まぁまぁ」と手で制してきた。
「大丈夫さ。まあ落ち着きなさい。どうせみんな死ぬのだから」
「えっ、死ぬって……?」
「そりゃあ、あんな大きな隕石が降ってきたら、誰だって一溜まもないさ。助かる者なんて誰もいないよ。……そう慌てなくとも安心しなさい。君はちゃんと、死ぬことができるから」
達観しているかのような、見事な落ち着きっぷりである。
見当違いのアドバイスに俺は眉を顰めた。
角刈り頭とは違って、俺はむざむざこんなところで死を迎える気などない。
「逃げましょうよ!」
俺は角刈りの男の手を掴んだ。しかし、俺の言葉は相手の心には響かなかったようである。
角刈り頭は俺の手を振り解くと、迷惑そうな顔をしてこちらを睨んだ。
「何でさ。みんな死ねるんだから、ここに居ればいいじゃないか。どこにも行く必要なんてないよ。折角、死ねるチャンスだというのに、わざわざ逃すこともないじゃないか」
「いや……もう、いいです!」
俺は深く溜め息を吐いたものだ。意見の相違というものであろうか。
この角刈り頭とは違い、俺はまだ生きることを諦めてはいないのだ。
いくら説得しようとも相手の考えが変わらないというのなら、これ以上貴重な時間を費やしている場合ではない。それでは俺も道ずれにされるだけではないか。
聞き耳を持たない角刈り頭の男が面倒に思え、俺は彼を見捨てることにした。
どうにか隕石から逃れて生きる手立てを考えなくてはならない思考を巡らせていると、ある言葉が頭に浮かんだ。
──赤色の扉に入れ。
ふと、声の主からそんな指示があったことを思い出す。
どこの誰とも分からぬ声の主の言葉を信じるとすれば、この町のどこかに赤色の扉があるはずだ。
俺は前回、平野で世界が崩落した時のことを思い返した。あの時は、声の主の指示通りに赤色の扉に入ったことで窮地を脱することができたものだ。
ヒントは何もないが、丘の上から見たところ町の規模はそう広いものではなかった。狭い町の中、頑張って走り回れば赤色の扉を見付けられるかもしれない。
嘘か誠かも分からなかったが、考えている時間も惜しかったので、俺は赤色の扉探しを当面の目標として駆け出したのだった。
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