第6コーナー「おかしな町の不思議な住人」

 町の中は平穏そのもので、人々が通りを自由気ままに行き交っている。

 俺は隕石が迫っている恐怖心よりも、他人と顔を合わせたことによる安堵感の方が強まっていた。これまで閉じ込められていたプレハブ小屋からようやく解放されたので、まずは誰かに助けを求めることにした。


「助けて下さい!」

 俺は道を歩いていた通りすがりの男に声を掛けた。

 男が足を止めてきょとんとした表情でこちらを見詰める。

 俺は、これまで自身が置かれていた状況を手短に、男に話した。

「知らない人に監禁されていたのですが、そこから逃げてきました。お願いします! 助けて下さい!」

 男は神妙な顔付きになって、俺の話に大きく頷いてくれた。

——これですべて終わりだ。

 どこの誰とも知れない声の主とはこれでおさらばだ。後は警察に任せれば、いずれ犯人を突き止めて正体を明るみにしてくれるだろう。

 これ以上、厄介やっかい事に巻き込まれるのは御免ごめんだ。早く家に帰って、元の生活に戻りたいものである。


「ああ、安心したまえ。警察に通報しておいたから、もう君は安全だ」

 ところが次に男の口から出た言葉に俺は首を傾げてしまう。

「……はぁ?」

 たった今、事情を話したばかりのこの初対面の男に、どうして通報などができようものか。目の前に居たのでずっと視界にとらえていたが、携帯電話を取り出す素振りすら見せてはいない。

 それなのに、この男が自信ありげに胸を張ったものだから俺は顔をゆがめてしまった。

 まさか、これまでの自分の主張が冗談とでも捉えられたのだろうか。


「本当なんですよ! 逃げてきたのですから。……お願いします。警察に連絡して下さい」

「そうだろうね、そうだろうともさ。警察は来てくれるみたいだよ」

 なおも男はウンウンと頷くだけで、動いてくれる気配は全くない。

 俺は段々と頭にきてしまった。こちらは大真面目に助けをうているのに、男はまるで取り合ってはくれない。馬鹿にでもされているような印象を受けてしまう。

「もういいですよ!」

 こんな男にいつまでも構っていられない。

 俺は男を怒鳴り付けると、その場から走り去った。




 運良く進んだ方向の先に交番があったので、俺はその建物の中へと駆け込んだ。

「助けて下さい! お巡りさん」

 俺の切羽せっぱ詰まった表情に、警官たちもただならぬ事態を感じたようだ。常駐じょうちゅうしていた制服警官が二人、俺の前に立つ。

「どうかしましたか?」

「誰かに誘拐されて……。知らない部屋の中に閉じ込められていたのですが、こうして逃げてきたのです」

 俺は涙ながらにそう語った。

 制服警官たちは親身になって、俺の言葉に耳を傾けてくれた。

 そして、ウンウンと頷きながら彼らはこう言ったのだ。

「知っていますとも」

「知っているだって? 何がですか!」

 ついつい高圧的な態度を取ってしまう。しかし、警官たちは柔和にゅうわな表情を崩さない。

「ええ、知っていますとも。まさか、こんなことになるとは思いもしませんでしたからね。お気の毒です」

「いやいや、あなた達、警察でしょう? 何を適当なことを言っているんですか!」

「いいえ。私たちは警察官ではありません」

 警官たちが首を横に振るうので、俺は目を丸くしてしまう。

「え? 警察官でしょ? 制服を着ているし……」

 俺は困惑した。交番で警察の制服を着ているのに、彼らは警察官ではないというのか。

 ふとテーブルの上に無造作に置かれた警察手帳に目が行った。その手帳にあった写真は、明らかに俺の目の前に居るこの制服警官と同一人物である。

 偽造でもしなければそんなものは用意できないだろうが、誰がそこまで手の込んだ悪戯いたずらを仕掛けるというのか。

 こんな時になんの冗談だろうと腹を立てたものだが、助けをう身分であるので少しは寛容かんような心で向き合うことにする。

「いや、そんな冗談は良いんですよ。助けてもらいたいんです。お願いしますから」

「お話は聞きません、聞きませんとも」

「ふざけるなよ!」

 滔々とうとう堪忍袋の緒が切れる。

 何だ、この警察官は、と思わず声を荒げてしまう。


 さっきからこの人たちは何を言っているのだ。こっちは困っているというのに、真面目に取り合ってくれる様子がない。あおっているのか!


 ところが、そんな俺の怒りなど意に介していないようで、制服警官は何を思ったのか、表に出て通りの先を指差す。

「交番なら、ここを右に行ったところにありますよー」

「もう、いいですよ!」

 全く会話が噛み合わず、俺はうんざりとした。

 怒りで鼻息を荒げつつ交番を飛び出した。

「付き合っていられるかよ!」

——この町には、おかしな人間しか存在していないのか!


 怒りが収まらない俺は、ドカドカと足を踏み鳴らしながら通りを進んだ。

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