第32話 対決
お兄さんの鋭い眼光が僕をまっすぐに射貫いた。
場の空気が一瞬にして変わった。
遊園地の華やかな雰囲気が、張り詰めたピアノ線のような剣呑なものへ。迂闊に近づくと肌が切れてしまいそうだ。
「俺は真奈が女友達と遊園地に遊びに行くと聞いてたんだがな。……守谷。どうしてお前がいっしょにいるんだ?」
ドスの利いた声が響いた。
「まさか、お前が女だった――なんてことはないだろ?」
そりゃそうだ。
誤魔化しようもなく僕は男だ。
「前々から真奈には男の影があるような気がしていたんだが……。お前、もしかして真奈と付き合ってるのか?」
「いいえ。付き合ってるわけじゃありません」と僕は言った。「今日は真奈さんとデートの練習をしていたんです」
「デートの練習だあ?」
僕は頷いた。
「白石さんには意中の相手がいるんです。僕は度々、恋愛相談を受けていました。どうすれば相手の気を惹けるのかと。――今日はその一環として、意中の相手とのデートを想定した模擬デートをしに来たんです」
「真奈に意中の相手が……」
お兄さんは狼狽の表情を浮かべていた。
「――真奈。そうなのか?」
尋ねられて、白石は言葉を発しなかった。首を動かすこともなかった。どうするべきか図りかねているようだ。
頷けば、追求されるかもしれないから。
「もし白石さんが首を縦に振ったら」
と僕は尋ねた。
「お兄さんはどうするつもりですか?」
「決まってるだろ。黙ってるわけにはいかねえ。そいつが真奈にふさわしいかどうか、俺が直々に確かめてやらあ」
やっぱりだ。
僕たちの懸念していた通りだった。
お兄さんは意中の相手に接触を図るつもり満々だった。
「お兄さんはどんな人なら認めるんですか?」
「そうだな。まずは骨のある奴ってことだな。いざって時に真奈を守れねえような腑抜けには任せられねえ。後はまあ、将来性とか諸々だ」
「止めてあげてくれませんか」
「……あ?」
「真奈さんに意中の相手がいたとして、その人がどんな人であっても、真奈さんが選んだ相手なら認めてあげてくれませんか」
僕はお兄さんの目をまっすぐに見据えて言った。
その言葉がお兄さんの怒りの火をつけてしまったようだ。
「部外者が口を挟んでくるんじゃねえよ」
それだけで人を殺せるような低く這うような声。
「これは俺と真奈の問題だ」
今すぐ前言を撤回して謝りたくなる衝動に駆られる。
本能が生命の危機を感じてサイレンをけたたましく鳴らしている。
目の前の景色が赤く点滅する錯覚に襲われた。
「違います」
けれど、僕は退くことなく言葉を口にした。
「確かに僕は部外者です。だけど、お兄さんも部外者です。真奈さんの恋愛は、真奈さんとその相手だけが当事者だから。例え、家族のお兄さんであっても、二人の仲を裂く権利なんて持ち合わせていないと思います」
言った。言ってしまった。
完全に超えてはいけないラインを超えてしまった。
ここまで踏み込んでしまったからには、もう衝突は避けられない。案の定、お兄さんは般若のような顔つきになった。
「……随分と生意気な口を利くじゃねえか。ええ?」
お兄さんが僕の元へと距離を詰めてくる。胸ぐらを掴み上げられた。
「守谷。ここまで言ったからには、覚悟は出来てるんだろうな? ……まさかお前もタダで済むとは思ってねえだろ?」
「……はい」
僕は目を逸らさずに頷いた。
「お兄さんの気が済むまで、僕のことを殴って貰っても構いません。ただ、さっき言ったことは認めてあげてください。真奈さんが誰のことを好きになろうと、邪魔をするようなことだけはしないでください」
「……分からねえな」
お兄さんは怪訝そうな顔つきになり、吐き捨てた。
「真奈のためにお前が身体を張っても、何の得もねえじゃねえか。なのに、どうしてここまでするんだ?」
確かに。
本当になぜここまでするんだろう……?
僕がここで身を挺しても何の得もない。
仮にお兄さんに要望を受け入れて貰うことができて、白石と意中の相手が付き合うことになっても僕には何の恩恵もない。
ただボコボコにされるだけだ。
それなのにこんなマネをした理由……。
「僕は」
と口を開いた。
「――僕はずっと、真奈さんの恋愛相談を受けていたから。相談役として、真奈さんには幸せになって欲しいだけです」
その想いは嘘じゃない。
だけど、根底にあるものはと言うと――だ。
僕は白石のことが好きだから。
できる限り、協力してあげたい。それに尽きるのだろう。
例え、自分が報われないことになるとしてもだ。
「――ちっ。興ざめだ」
お兄さんは忌々しげに吐き捨てると、僕の胸ぐらを掴んでいた手を離した。
「お前の目は覚悟が決まった奴のそれだ。いくら暴力に訴えかけたところで、折れることは絶対にないだろうよ」
そう言うと、
「真奈」
「えっ?」
お兄さんの視線は白石の方へと向かった。
「俺はもうお前のことに口を出したりはしねえよ。お前の男を選ぶ目を信じる。今までは散々干渉して悪かったな」
「お兄ちゃん……」
「ここまで言われちゃ、折れざるを得ねえ。子供もいる楽しい場所で、守谷を血祭りに上げるわけにもいかねえしな」
それは本当にそうだ。
「ちなみにだが――」
とお兄さんは言った。
「真奈。お前の好きな相手ってのは、守谷のことじゃねえのか?」
「えっ!? ち、違う違う! 何言ってんの!? ねえ!?」
「あ、ああ! 違いますよ! 僕はただの相談役ですから! ここにも模擬デートのために来てるだけだし!」
僕たちは示し合わせたかのように否定した。
「――そうか。お前みたいに骨のある奴が真奈の意中の相手だったら、俺は喜んでお前らの交際を認めてたのによ」
お兄さんはそう言うと、踵を返した。
「もう帰るんですか?」
「ああ。俺は真奈の様子を見に来ただけだからな。用は果たした。仮に面倒事が起きてもお前がいるなら安心だ」
「お兄さん……」
「じゃあな。守谷。真奈のことは頼んだぜ」
お兄さんは手を挙げると、その場から去っていった。
――どうにか乗り切れたみたいだ。
僕はその後ろ姿を眺めながらほっと胸をなで下ろしていた。
これで白石はお兄さんに干渉されることもなくなる。意中の相手と結ばれたら、堂々とデートも出来るはずだ。
本当なら白石は大喜びしてもいい状況。
なのに――。
「あああああああ……! 何で私はあんなことを……! お兄ちゃんにも公認して貰えるチャンスだったのに……」
なぜか白石は頭を抱えてしまっていた。
えらく後悔しているみたいだけど。
何のことだろう?
お兄さんには公認して貰えたと思うんだけど……。
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学校一の美少女が恋愛相談してきたんだが、惚れた相手が僕としか思えない 友橋かめつ @asakurayuugi
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