第28話 苦手な乗り物

 平日とは言え、園内はそれなりに賑わっていた。

 見たところ大学生くらいの男女のカップルが多い。

 その中にはお揃いのウサ耳カチューシャを付けている人たちもいる。

 仲睦まじげに腕を組んでいた。

 ちらほらとそんなウサギのつがいが見受けられる。

 僕たちもその内の一匹だった。


「ねえ。守谷くんがもし彼女と二人で遊園地デートをしているとして。女の子の方から腕を組んできたらどう思う? 参考までに聞かせてくれたら嬉しいな」


 行き交うカップルたちを眺めていてふと気になったのだろう。

 白石が僕にそう尋ねてきた。


「そうだなあ……。少なくとも悪い気はしないかな」と僕は正直に答えた。「まあ、腕を組まれたことないから分からないけど」

「だったら、試してみよっか?」


 えっ――?と思ったのも束の間、僕の右腕は取られていた。

 白石の両腕が絡みついてくる。ぐいっと身を寄せてきた。


「これで守谷くんは初めて女の子と腕を組んだことになるね」


 小悪魔のような上目遣い。

 互いの腕と腕とが触れあい、じんわりと熱を感じる。

 天使の輪が走る黒髪からはシャンプーの香りが立ち上っていた。

 緊張でぶあっと背中に汗が噴き出してきた。


「今、どんな気持ち? 後学のためにも、感想を聞かせて貰えると嬉しいな」

「う、うん。さっきも言ったけど、悪い気はしないかなあと……。きっと白石さんの意中の相手も喜んでくれるんじゃないかな」

「それは守谷くんも喜んでくれてるってこと?」

「えっと。まあ、喜んでる……ってことかな」


 恥ずかしさを押し殺しながらも、白石のために今の気持ちを正直に答えた。


「そっかそっか♪ 貴重な意見、ありがとう」


 白石は満足そうにうんうんと頷いた。

 ……何だか僕の困った反応を見るために楽しんでないか? 前も思ったけど、白石さんにはどうも軽いSっ気があるんだよな。


「私としても、初めて男の子と腕を組んだみたわけだけど。実際にすると、想像だけじゃ分からないことはたくさんあるね」

「たとえば?」

「守谷くんって細身に見えるけど、結構腕は固いんだねとか。さすが男の子。頼りがいがありそうだなって思っちゃった♪」

「……」


 頼りがいがありそう――。

 白石にそう言われたら誰だって舞い上がることだろう。


「せっかくだし、このままで園内を回ろっか」

「えっ!?」

「あれ? もしかしてイヤだった……?」


 白石が不安そうに尋ねてきた。


「別にそんなことはないけど……」


 彼女のことをめちゃくちゃ意識していることは悟られたくない。もしバレたら引かれてしまうんじゃないかと心配だった。

 だから、なるだけ動揺を表に出ささないよう努める。

 僕たちは腕を組んだまま園内を進んでいく。

 この姿をもし学校の誰かに見られようものなら、即座に噂が立つことだろう。


 ……ここは学校から結構離れた場所にあるし、チケット代も高校生の財布には堪える額だから大丈夫だとは思うけど……。


 誰にも会わないことを祈りたい。


「守谷くん。まずは景気づけにあれ乗ろうよ」


 しばらく歩いた後、白石はアトラクションの前で立ち止まった。


「えっ」


 指さした先を見やった僕の顔は強張った。

 ゴォォォォォ!

 という轟音と共に目の前をコースターが急降下していく。観客たちの悲鳴が雲一つない青空に吸い込まれていった。


「ジェットコースター……」


 それは遊園地の花形の乗り物だった。


「このジェットコースターは後ろ向きに進んでいくんだって♪ この前新しくできたって聞いてから乗ってみたかったんだ~」


 白石はうっとりした表情を浮かべていた。


「早速、乗りにいこうよ」


 ぐいっと僕の腕を引いていこうとする。


「ぼ、僕はいいよ。ここで待ってるから……」


 さりげなく辞退しようとした。

 白石はきょとんとした表情を浮かべた。


「あれ? 守谷くん。もしかしてジェットコースターは苦手?」

「べ、別にそんなことはないけど……」


 僕は言った。


「だいたい、好き好んで危険な目に遭うっていうのが理解できない。もし落ちたら大惨事になるじゃないか」

「そういうこと言う人って、だいたい苦手だよね」と白石は苦笑した。「守谷くん。意外と怖がりだったんだ」

「……僕は怖がりってわけじゃない。ただありゆる方向からリスクを想定した上での結論を言ったまでだから」

「ふふっ。じゃあ、いっしょに乗れるね?」

「どうしてそうなるんだ?」

「守谷くんの危惧しているような事態にはならないから。私、運はいいの。だから絶対に無事に帰ってこれるよ」


 白石は確信に満ちた表情を浮かべる。


「ねっ? 乗ろうよ」

「…………」


 ここまで言われて乗らないのは男が廃るというものだ。

 まあ、元々大した男ではないけど。


「分かったよ。乗るよ」

「そうこなくっちゃ」


 僕は渋々了承すると、白石と共に順番待ちの列に並んだ。このまま閉園時間にならないかと期待したが、割合早めにその時は訪れた。

 しかも、よりによって一番前の席だった。


「やった♪ ついてたね」


 全然ついてない!

 席に座ると、安全ベルトを着けられる。もう逃げられない。

 少ししてコースターが走り出した。

 上へ上へと昇っていく。反り返るような体勢になる。まるで自分が天国に向かっているかのように生きた心地がしない。


「うっ……」

「大丈夫大丈夫♪」


 そっ、と。

 僕の手を白石の手が握りしめてきた。


「私が守谷くんの手を握っててあげるから。怖くないよ」 


 ……白石さん。

 その柔らかな声色と表情に少し緊張がほぐれたと思ったその時だった。

 頂上に辿り着いたコースターは一気に下降へと転じた。重力に引っ張られるようにして物凄い勢いで落ちていく。


「うわあああああああああああああ!?」


 気づいたら、尋常じゃないほどの大声で叫んでいた。こんなに叫んだのは、赤ちゃんとしてこの世に生を受けて以来かもしれない。

 その隣では白石が楽しそうに万歳をしていた。


 ……男子より女子の方がこういうのは強いのかもしれない。

 薄れゆく意識の中で僕はそう思った。

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