第27話 郷に入っては郷に従え
初回のデートの定番と言えばどこだろう?
そう聞かれたら大抵の人は映画館と答えるんじゃないだろうか。作品を見た後なら共通の話題もあるし語りやすいだろう。
だから、僕たちも映画館に行くものだと思っていた。
駅前にあるから行きやすいし。
けれど、僕たちは今、電車の車内で揺られていた。
行き先は遊園地だった。
「新しい乗り物が出来たって聞いたから、どんなものか試しに乗ってみたくて」と言った白石はすでにチケットを二人分持っていた。
当日券は、今日を逃すと使うことができない。
遊園地のチケットはかなりの高額だ。
無駄にするのは僕の貧乏性精神が許さない。
「そのチケット、事前に買ってたのか?」
「今日、遊園地に行きたいって話をしたら、お兄ちゃんがくれたの。だから、お金のこととかは気にしなくていいからね」
白石は薄く微笑みを浮かべながら言った。
「第一、私は守谷くんに模擬デートに付き合ってもらってるし。お礼としてこれくらいのことはしないと」
「…………」
いや、お金のことというか……。
お兄さんが二人分のチケットをぽんとくれたみたいに言っているけれど。高校生の身にはかなりの大金だっただろう。
「それってお兄さんにはどういうふうに伝えたんだ?」
「ん? 女友達と二人で行くって言ったよ。ほら、男の子といっしょだって話したら絶対面倒臭いことになるし」
確かに妹を溺愛するお兄さんのことだ。
男といっしょとなれば怒り狂うのは目に見えている。
バレないことを祈ろう……。
そうしている内に遊園地の最寄り駅へと到着した。揃って下車する。改札口を出て少し歩くと遊園地の入場門が見えてきた。
この辺りでは結構有名な遊園地だ。
それなりの広さに、それなりのアトラクション、それなりの接客と、加点法でも減点法でも七十点くらいのテーマパーク。
普段は溢れんばかりの人でごった返しているが、今日は創立記念日で他の人たちは学校や仕事ということもあり、比較的空いていた。
チケットを渡し、入場門から園内に入る。
「遊園地に来るのなんて、久しぶりだなあ」
「僕も子供の頃に家族と来て以来かもしれない」
「それはまた随分とご無沙汰だね?」
「遊園地に行くのが好きな人とは今まで交流を持ってこなかったから。それに一人で来るほどの情熱はなかったしね」
「ふふっ。そっか。なら、今日は楽しまないとね」
白石はそう言うと、
「そうだ。守谷くん。ちょっとここで待ってて」
「え? あ、ああ」
白石は僕にそう言い残すと、その場から駆けていった。
……トイレだろうか?
言われた通りに待っていると、五分もしないうちに戻ってきた。かと思うと、レザーのバッグから何かを取り出した。
それを僕に向かって掲げてくる。
「じゃーん♪ 思わず買っちゃった」
手に持っていたのは耳付きのカチューシャだった。
園のマスコットキャラであるウサギのウサミンを模したウサ耳がついている。
ポップで可愛らしいデザインだ。
「せっかく遊園地に来たんだもん。郷に入っては郷に従えじゃないけど。どうせだったら思いっきり楽しまないとね」
白石はイタズラっぽく言うと、躊躇なくカチューシャを身に着けた。
ピンクのウサ耳がぴょこりと生えている。
後ろ手を組んだまま、上半身を曲げ、上目遣いで僕に尋ねてきた。
「ふふ。どう? 似合ってる?」
正直、尋常じゃないくらい似合っていた。
これより可愛い人は他にいるのかと思うくらいだ。
こんなウサギがいたら群れの秩序は確実に乱れるだろう。オス同士が殺し合って群れが全滅したっておかしくはない。
思わず意味不明な思考が浮かぶほど、似合っていた。
「あ、ああ。凄く良いと思う」
自分の語彙不足に辟易としながら答える。
僕が受けた衝撃に対して他に当てはまる言葉が見つからなかった。
ネットではこのような時に『神』という言葉を付けるのかもしれないが、目の前の白石はそれを遥かに超越していた。
「はい。守谷くんの分」
「――えっ?」
「私だけが着けるのもあれだし。いっしょに着けられたらなって。こっちはウサミンの夫のウサオカラー」
手渡されたウサ耳は白石のピンクとは違い、ブラックだった。
この遊園地のマスコットキャラはウサギの夫婦――お嫁さんのウサミンと旦那のウサオの二匹がいるのだった。
これを付ける……? 僕が……? 嘘だろ……?
「い、いや。僕は止めておくよ」
思わずウサ耳を突き返した。
「どうして?」
「僕のキャラじゃないと言うか……。性に合わないというか……。これを付けることが許されるのはポップな人だけだと思う」
「守谷くんはポップじゃないの?」
「まあ。どちらかといえばアングラ寄りのような……」
ポップだアングラだと言っているが、要するに陰キャってことだ。
「大丈夫。だったら今日、その殻を破ろう? 守谷くんはウサ耳を被ることで、ポップな人に生まれ変われるから」
そんなに簡単になれるものだろうか?
「やっぱり、僕は止めておくよ。白石さんだけが楽しんでくれれば」
恥ずかしさも相まって、固辞することに。
「……そっか。守谷くんがそこまで嫌がるのなら無理強いはしないよ。私一人ではしゃいじゃってゴメンね?」
白石はしゅんと項垂れながら謝ってきた。
その表情を見た瞬間、急激に罪悪感が襲い掛かってきた。
……僕はバカか! 何をくだらないプライドを守ろうとしてるんだ。それは白石さんをしょんぼりさせてまで守る価値があるものなのか?
――答えは否だ。そんなのは心底下らない。小市民のプライドなんてものはその辺の犬にでも食わせておけばいい。
いや、犬ですらマズくて吐き捨てるような代物じゃないか。
「……ちょっとトイレに行ってくるよ」
「え? 分かった。前で待ってるね」
僕は一言断ってから男子トイレに駆け込むと、鏡の前に立った。羞恥心を押し殺して耳付きのカチューシャを身に着ける。
そして、意を決すると白石の元へと戻った。
「お待たせ」
「守谷くん。早かったね――って、えっ?」
白石は僕の姿を目の当たりにして、驚きの表情を浮かべていた。
「どうしたの? さっきは付けないって……」
「何だか急に付けたくなってきてさ。さっきの白石さんの言葉じゃないけど。ちょっと殻を破ってみようかと」
僕は首筋を掻きながら言った。
場に沈黙が下りる。
「えーっと……。やっぱり変かな?」
「ううん。凄く似合ってるよ。可愛い!」
そう言った白石の表情には、さっきまでの曇りは見当たらなかった。やっぱり、彼女には晴れの顔が似合うなと思った。
「守谷くん。写真撮ってもいい?」
「それはさすがに勘弁してくれ!」
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