第25話 浮かれる白石

「おい、真奈。どうしたんだよ。今日はやけに豪勢な晩飯じゃねえか」


 お兄ちゃんが食卓に並ぶ料理を見てそう言ってきた。


「ローストビーフにパプリカマリネに白身魚のカルパッチョ。ホタテとしめじのキッシュにちらし寿司……。それにケーキまであるなんてよ」


 すらすらと料理の名前を羅列していく。

 一見するとがさつそうで、牛肉と豚肉の区別もつかなそうなお兄ちゃんだけど、意外とこういうのは詳しかったりする。

 インスタとかやってるからだろうか。


「何かめでたいことでもあったのか? ……ははーん。わかったぞ。さては兄である俺に日頃の感謝を込めてってところだな?」

「ううん。全然違うから♪」


 私は満面の笑みと共にばっさり切り捨てた。


「そうか。真奈は日ごろから俺に感謝してるからな。父の日や母の日のように特別な日を設ける必要はないってことか」

「お兄ちゃん。ポジティブすぎない? 悩みとかなさそう」

「バカ言うんじゃねえ。俺にだって悩みくらいあらぁ」

「へえ。どんな悩み?」

「スマホゲームのガチャで目当てのキャラが出ねえ」

「聞いて損した……」


 お兄ちゃんみたいな性格だと、人生毎日、楽しいに違いない。


「しかし、お兄ちゃん記念日じゃないとすると、なんでこんな豪華なんだ? 真奈に何かいいことでもあったのか?」

「ふふ。まあね。それもとびっきりのが」

「ほお。そりゃよかったじゃねえか。兄としても嬉しいぜ。……で? 今日はいったい何の祝いの日なんだ?」

「ナイショ♪ お兄ちゃんには教えてあげない」


 私は口元に指をあてると、ウインクしながら微笑む。


「なっ……!?」


 お兄ちゃんは絶句の表情を浮かべる。


「ま、真奈! まさか男ができたんじゃねえだろうな!?」

「さあ。どうでしょう♪」


 本来なら、お兄ちゃんの前では完全黙秘するつもりだった。

 ちょっとでも仄めかそうものなら、面倒なことになるのは目に見えていたから。だけど今日に限って私は浮かれていた。

 この喜びを自分ひとりの中に秘めるのは無理だった。


 私は守谷くんをデートに誘ってしまった。

 守谷くんが意中の相手をデートに誘ってみればと背中を押してくれたから、気づいた時には口を衝いて出てしまっていた。


 そして――。

 守谷くんは私の打診を受けてくれた。

 模擬としてという口実はあるけれど。

 休みの日に守谷くんと二人きりでお出かけするのだ。

 私にとっては立派な本命のデートだ。


「うわ~~っ! うわ~~っ!」


 晩御飯を食べた後。

 私は守谷くんとデートの約束をしたあの場面を思い出しながら、嬉しいやら恥ずかしいやらでベッドの上をゴロゴロと転がる。

 枕をぎゅっと抱きしめながら、顔のニヤニヤが止まらない。


「やったっ……! 守谷くんと初デート……! ふふふ……。一日中ずっと、守谷くんのことを独り占めできるっ……!」


 友江さんのちょっかいに妨害されるようなこともない。

 私と守谷くんだけの空間だ。

 私は守谷くんのことだけを考えているし、守谷くんは私のことだけを考えている。まるで夢のような蜜月の時を過ごせる。


 勇気を振り絞って踏み出した一歩。

 それは私を想像していたよりもずっと遠くに連れていってくれた。


 私はクローゼットを開けながら、当日に着ていく服を吟味する。


「何を着ていこうかな……? 守谷くんの好みってどんな感じなんだろう……。清楚系の方が喜んでくれるかな?」


 カジュアル系がいいだろうか。ガーリッシュ系がいいだろうか。それともフェミニン系の方がいいだろうか。

 守谷くんに喜んで欲しくてつい悩んでしまう。


「あんまり気合いを入れ過ぎたら引かれちゃうかな……? でも、模擬っていう言い訳があるから大丈夫だよね」


 そう――。

 体裁はあくまでも模擬デート。

 私がどれだけ気合いを入れた服装をしていこうと、積極的なアプローチをしようと全て後学のためにという言い訳が立つ。

 逃げ道さえ確保していれば、勇猛果敢に攻め込める。

 まさに無敵状態だ。

 模擬デートという体裁を取りつつ、守谷くんに積極的なアプローチを掛け、私のことを好きになって貰うのだ。

 そうすれば守谷くんはきっと、私に告白してくれる。


 今日この瞬間までは、私は友江さんにリードを許してしまっていた。

 けれど、それはもう終わり。

 デートが終わったその時には、形勢はすっかり逆転している。

 私と守谷くんの仲は、友江さんの介入を許さないほど強固なものになる。何ならすでに恋人同士になっているかもしれない。

 私は明日のデートに備えて入念にシミュレーションを重ねることにした。

 そして、守谷くんの心を射止めてみせる!


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