第21話 じゃれあい
オセロもそうだけど、角を取られているというのは大変に不利な状況だ。
自分の今の席順を鑑みながらしみじみとそう思う。
僕と友江の席の位置が逆だったならば……どれほど良かっただろう。
かの世界的に有名なスナイパーも言っていたじゃないか。俺の後ろに立つなと。自分の死角になる背後を取られるのは=死だ。
友江は授業中、席の並びで常に僕の背後を取っている。故に遠慮も躊躇もなく、欲望のままにちょっかいを掛けてくる。
「ねー。守谷。今、めっちゃヒマなんだけど」
「そうか。なら、先生の話に耳を傾けて、黒板に集中するのはどうだろう。あっという間に時間が経つこと請け合いだ」
「経たない経たない。退屈すぎて精神と時の部屋状態になってるから。一分が一日くらいの長さに感じてるから」
「じゃあ、みっちり勉強できるな」
「守谷。凄い勉強させようとしてくるじゃん。教育機関の回し者なん? もしかして前世はトライの人だったり?」
「違う。単に関わり合いになりたくないだけだ。後、トライの人は存命だから。バリバリテレビCMにも出てるから」
勝手に死んだことにするな。
「僕は真面目に授業を受けてるんだよ。邪魔しないでくれ」
「そんなこと言ってー。自分だって集中力切れてるくせにー。筆箱の陰に隠れて文庫本を読んでるのモロバレだかんね?」
「――うっ!?」
ドキリと心臓の鼓動がジャンプした。
僕は手元の文庫本を思わずしまった。
「な、なぜそれを……」
「見てりゃー分かるっての」
友江はにやりと笑った。
「けどそうかー。先生が一生懸命授業をしてるのに、隠れて本を読むのが果たして真面目と言えるのかどうか……。一回訊いてみようかな」
「何が望みだ……?」
「だから言ってんじゃん。遊んでくれればいいって」
「わ、分かった」
「そうこなくっちゃーね♪」
友江は水を得た魚のように生き生きとしていた。
「今から私が守谷の背中に文字を描くから。当ててみてよ。見事、正解した暁には素敵なご褒美もあるかもよ」
「ご褒美?」
「あ。今、エロいこと考えたでしょ。この思春期男子め。うりうりー♪」友江は肘で僕の背中をつついてくる。
「…………」
う、ウザい……!
「冗談だってば。無視しない無視しない。私、寂しがり屋だから。反応ないと守谷を告発しながら泣きそうになっちゃう」
「泣くのは別にいいけど、告発はしないでくれ。頼む」
もう慣れているからアレだが、友江の相手をするのは面倒臭い。他の人たちと接する時はあんなにドライなのに……。
なぜか僕に対してだけは溶けたアイスくらいベタベタしてくる。
「そんじゃ。ちょいと失礼して……っと」
失礼なのはさっきからずっとだろ!と思っていたら背中に友江の指が触れた。つん、とした刺激に身体を浮かしそうになる。
「あはは。守谷の身体、敏感だねえー♪」
友江は愉しそうな声を上げる。
つつぅ……と細い指先が僕の背中のキャンパスを走り回る。敏感になった神経が指文字を読み取ろうとする。
……こ、これは……。
僕は思い浮かんだ文字に煩悶する。
……どう考えても『SEX』って描いたよな……?
「はい。何でしょーか?」
「い、いや……」
「なーに照れてんの。言ってみ? ほら言ってみ?」
こ、こいつ……! わざと口にしにくい文字を描きやがったな……! それで動揺する僕の反応を楽しんでるんだ。
「友江。これ男女逆だったら完全にセクハラだからな?」
「いやー。女性に優しい世の中になったもんだねえ」
友江はニヤニヤと表情を緩めている。
「んじゃ。気を取り直して今度は易しめの奴でいこう」
「まだやるのか……」
再び、背中に友江の指先が触れる。スラスラと文字が描かれていく。
「うーん。一文字目は『た』だってことは分かるんだけど……」
「ヒント。私の好きな食べ物です」
――知らねえよ! それヒントになってないからな!?
友江が僕の背中に描いた文字数は四文字だ。それは間違いない。とすると、『た』から始まる四文字の食べものになるが……。
「タピオカ……じゃないよな。友江は流行とか興味なさそうだし。一か八か――たこ焼きでファイナルアンサーだ」
「おおっ。正解。やるねー」
友江は僕の背中をバシバシと叩いてきた。
一応、当てられたのは嬉しい。
「……もうこれで終わりでいいか?」
「ラスト。これを正解したら百二十ポイント。逆転優勝」
「クイズ番組でよくある演出じゃないか。あれ滅茶苦茶醒めるんだよな。今までの問題が全部茶番ってことになるし」
まあ、付き合わざるを得ないんだけどさ。
僕は観念して背中を差し出す。
友江はそこに軽快に指先を踊らせていった。
……くるって円を描いたってことは……『す』とか『ね』だな。横線を引いてたから一文字目は恐らく『す』だろう。
一旦、指が離され、二文字目が描かれる。
……横線が二本あって斜めに線が入ってる。その斜め下に曲線。ということは二文字は恐らく『き』だろうな。
その後、友江は指の動きを止めると、僕の背中から離した。
たった二文字だけ?
じゃあ、答えは『すき』になるけど。
「ヒント。私の守谷に対する気持ちです」
――えっ!?
友江が僕に対する気持ちだって?
彼女が描いたであろう文字を思い出す。
あれはどう考えても『すき』以外ありえない。
ということは……。
「さあさあ。答えてみ?」
僕はしばし黙り込んで考えた。
いやいや。あり得ないだろ。友江が僕のことを好きとか。きっと似たような紛らわしい文字を描いてからかおうとしてるんだ。
「……いや。分からない」
自爆を恐れた僕は勝負から降りることにした。
「仕方ないなー。なら、正解発表したげる」
友江はそう言うと、背後からすっと僕の耳元に顔を寄せてささやいた。
「正解は――守谷のことがすきでした」
「はあ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
周囲のクラスメイトたち、ひいては先生までもが僕の方を注視していた。
滞りなく流れていた授業の空気が、一瞬、完全に止まってしまう。普段、浴びることのない量の視線に晒されて冷や汗が噴き出た。
「す、すみません……」
僕は慌てて席に着くと、声を殺して背後の友江に耳打ちした。
「何言ってるんだよ。またからかってるのか!?」
「本当だってば。私は守谷のこと『すき』だと思ってるし」
「……あれ? 何か発音がおかしいような……。なあ友江。今言ったこと、ノートに文章として起こしてみてくれ」
「はいはい」
友江は手元のノートの切れ端にペンを走らせる。
掲げた切れ端には『私は守谷のことが隙』と書かれていた。
「『すき』ってのは、『隙』のことだったのか?」
「そゆこと。現に今も隙だらけだしね。……ぷくく。守谷。私に告白されたと思って動揺しまくってたでしょ」
「べ、別に……」
実際、動揺しまくっていた。
友江は僕のことが好きなのかと……。
「まあでも、アクセントの位置は自由に変えてくれていいけどね。私が守谷のことをすきな気持ちは変わらないし」
……絶対、またからかってきているだけだ。
まともに取り合うだけ損だ。
僕は高鳴った鼓動を抑えるためにそう言い聞かせる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます