第20話 宣戦布告
「ねえ。白石さんってさー、守谷のこと好きなんでしょ」
休み時間。
守谷くんが教室から出ていった時を見計らって、友江さんが私に声を掛けてきた。
彼女は机の上にぐでんと寝そべりながら、温い生クリームのような口調で、けれど核心を突いた言葉を投げかけてきた。
「――えっ!?」
ドキリとして思わず聞き返してしまう。
本当は一言一句違わずにちゃんと聞き取れていた。
だけど、図星を突かれて一瞬頭が真っ白になったから、クールダウンをするための猶予として敢えて聞き返した。
「だからー。白石さんは守谷のことが好きなんでしょって話」
「ふふ。友江さん。恋バナとか好きなタイプだったんだ。何か意外かも。てっきり他人のそういう話には興味ないのかと思ってた」
私は口元に手を宛がい、微笑みを浮かべると、はぐらかそうとした。
「守谷くんのことは好きだよ。クラスメイトだもん。守谷くんも、友江さんも、クラスの皆のことも好きだから」
周囲の人たちが求める反応を返す。
だけど――。
「や。そういうんじゃなくて。異性としてってこと。――あと、別に、あんたは私のこと好きじゃないでしょーよ」
銃口のような友江さんの目は私を逃してくれない。
じっと照準を合わせたままだ。
気を抜いてしまったら、即座に撃ち抜かれてしまいそう。
私は慎重に言葉を選びながら尋ねる。
「……どうしてそう思うの?」
「それはどっちに対しての質問なワケ?」
「両方かな」
「見てれば分かるってば。守谷と話してる時のあんたは女の顔をしてるし、私があいつとじゃれてる時は不満そうにしてる」
何もかもお見通しだ、というような表情。
「へえー……。友江さんの目にはそういうふうに映ってるんだ」
私は肯定も否定もせずに相手の言葉をただ受けた。
実際は当たっていた。
友江さんが守谷くんと楽しそうに話している時、私は嫉妬していたのだから。
「だけど、どうしてそんなことが気になるの? ……あ、分かった。もしかして友江さんは守谷くんのことが好きとか?」
話を逸らすために揺さぶりを掛けたつもりだった。
友江さんが動揺するようであれば、そこから一気に崩せる。攻守が逆転すれば私のことを突かれることもなくなると。
けれど――。
「まーねー」
友江さんは何の躊躇いもなくそう答えた。
「私は守谷のこと、好きだよ」
「ふ、ふーん……。それは世話を焼いてくれる人として? 友江さん、守谷くんにおんぶにだっこって感じだもんね」
そうであって欲しい――と思いながら尋ねる。
「それもあるけど。普通に異性としても好きかなー」と友江さんは言った。「付き合うのなら守谷かなーって思うし」
友江さんが守谷くんのこと、異性として好きだったなんて……。
だけど薄々、そんな気はしていた。
友江さんが守谷くんにちょっかいを掛けるのは悪意からじゃない。構って欲しいという愛情表現だと心のどこかでは気づいていた。
だからこそ、二人のじゃれ合いを見て、私の心は沈んだのだろう。
「友江さんは」
「ん?」
「友江さんは守谷くんを好きになったきっかけとかはあるの? ……それとも、一目惚れしちゃったとか?」
「やー。ないない」
友江さんはひらひらと手を横に振った。
「守谷に一目惚れする奴なんていないでしょ。別に顔が良いわけでもないし。ずば抜けて何かが秀でてるわけでもない」
――酷い言い草だ!?
守谷くんが聴いたら悲しむことだろう。
「じゃあ。どうして?」
「あいつはさー。押しつけがましくないから」
友江さんは言った。
「他の連中は皆、私のことを変えようとしてくるんだよね。怠惰なのを直せとか。もっと愛想良くしないとダメだとか」
「守谷くんはそうじゃない?」
「そ。あいつは今の私のことを受け入れてくれてるから。去年の体育祭の時、泣いてる人を見て私が爆笑したことがあってさー。周りから総スカンを喰らったんだけど。守谷だけは私のことを責めなかったんだよね。呆れてはいたけど。その時にさ、あんたは私のことを非難しないのかって訊いたワケ。そしたらさ。別に人の考えはそれぞれだから、友江はそのままで良いんじゃないかって。他人がどうこう言うことじゃない。必要に迫られたら自分から変わっていくだろうしって」
大人な意見だ。
「当然、私は周りの連中から腫れ物扱いされるわけだけど。守谷だけは何食わぬ顔で私に話しかけてくるんだよね。私と関わったら友達なくすよって忠告したら、『そんなのでなくすような友達なら最初からいらない』って答えるし。『小説を読んでたら、変わった価値観の人なんていくらでも出てくるから。それに比べると友江は可愛いもんだ』って。それ聴いた時には思わず笑っちゃったなー」
当時を思い出したのか、友江さんは楽しそうな笑みを浮かべていた。
きっと、彼女は守谷くんにそう言われて嬉しかったのだろう。周囲から異物扱いされていた自分を肯定して貰えたから。
自分と同じ価値観しか認めない狭量な人が世の中には溢れている。
けれど、守谷くんはそうじゃない。相手への想像力を働かせることができる。それは本を読むことで培われたものなのかもしれない。
「それで? 白石さんはどうなん? 守谷のこと、異性として好きなの? あんたの答えを私に聴かせてよ」
友江さんは周囲に聞こえるようにわざと大きな声を出していた。
クラスメイトたちが耳を澄ます気配が伝わってくる。
私は自分が崖際に追い詰められていることを自覚した。
この人は私が小心者であることに気づいていたのかもしれない。その上で退路を断って逃げられないようにしてきた。
「私は……」
声を振り絞って答えようとした時だった。
「まあ。どっちでもいいんだけどね」
「えっ!?」
「白石さんが守谷のことを好きだろうと、そうじゃなかろうと。私は守谷を独り占めするためにアタックするだけだし」
友江さんは頬杖をついたまま、ふふん、と笑った。
……この人はたぶん、私が守谷くんに想いを寄せてることに気づいてる。その上でわざわざ宣戦布告をしてきたんだ。
よほど守谷くんを落とすことに自信があるんだろうか?
だけど、私だって負けない。
守谷くんに対する想いは友江さんよりも上のはずだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます