第19話 お弁当

昼休み。

 僕はいつものように購買部に焼きそばパンを買いに行く。


「あら。今日も来たね。あんたの分の焼きそばパン、取っておいたから」


 毎日飽きずに同じものばかり買っているからだろう。

 購買のおばちゃんは僕の分の焼きそばパンを確保していてくれた。百二十円と引き換えにラップに包まれたそれを受け取る。


「おばちゃんの懐で温めておいたから、熱々やで」


 張りのある大阪弁と共に冗談を飛ばしてくる。


「すみません。返品お願いできますか」


 僕がそう言うと、おばちゃんはワハハと高らかに笑った。


「けどあんた、毎日焼きそばパンだけじゃ身体に悪いで。いくら若いとは言え、ちゃんと野菜は取らないとアカン」

「焼きそばパンに入ってるじゃないですか。キャベツが」

「焼きそばパンに入ってるキャベツは、野菜とは言わん。野菜もどきや。ビールと第三のビールくらい違うもんやで」


 未成年には分かりづらい例えを平然とぶっ込んでくる。


「僕は今、両親が出張してて家にいないので。自分で弁当を作る腕もないですし。これが一番楽なんですよね」

「せやったら、女の子に作って貰ったらええやんか。ええ子はおらんの? あれやったらおばちゃんが作ったろか」

「遠慮しておきます」


 笑みと共にやんわり断ってから、購買部を後にする。


 昔から僕はおばちゃんたちには良くモテた。

 子供の頃に住んでいたマンションでは特にモテモテで、よくお菓子を貰ったり、正月になるとお年玉を貰ったりした。

 噂によると、おばちゃんたちの間では、どれだけ僕に課金したかというマウント合戦が行われていたとかいないとか。

 故に僕は両親に年上キラーと称されていた。年上すぎる気がする。その代わりに同世代の女子にはてんでモテない。


 焼きそばパンを手にしたまま、図書室前の廊下へやってくる。

 机にはすでに先客がいた。

 白石は僕の姿に気づくと、小さく手を振ってきた。


「守谷くん。おかえり。来るの遅かったね」

「購買のおばちゃんと話してたんだ。……って、そのタッパーは? 中にぎっしりおかずが詰まってるみたいだけど」


 机の上には大きなタッパーが置かれていた。

 中には様々なおかずが詰め込まれている。

 唐揚げやエビカツ、鶏団子、ハンバーグにちくわの竜田揚げ。どれも弁当では四番打者になれるような主力級ばかりだ。


「白石さん。今日は随分と食欲が旺盛なんだな。どれも濃いおかずばかり……。強豪校の野球部なのかと思ったよ」

「違うよ!? 私、そんなに食い意地張ってないから!」


 白石は慌てて否定してきた。


「実はね。今日、お弁当を持ってくるのを忘れちゃったの。そしたらクラスの皆がお弁当をお裾分けしてくれることになって。誰かが家庭科室から借りてきたタッパーにそれぞれが思い思いのものを詰め込んだら、こんなことに……」

「な、なるほど……」


 クラスの連中は皆、白石のことが大好きだ。

 故に弁当を忘れた彼女のためにと手持ちの中で一番良いものをお裾分けした。その結果とんでもない超重量打線が爆誕してしまった。

 これは皆の善意が産んだ化け物なのか……。


 後、白石はもしかすると、自分は完璧じゃないということをアピールするために弁当をわざと忘れたのかもしれない。

 ただ一度に一気にやり過ぎだ。

 同じ日に教科書や筆箱を忘れて、しかも弁当も忘れたとなれば、隙があるとかより体調不良を疑われてしまうような……。

 結構、抜けているのだろうか。


「とてもじゃないけど、私一人でこれだけの量は食べきれないし……。かと言って残すのは皆にも食材にも悪いし……」


 白石は僕に向かって両手を合わせて拝んできた。


「お願い。守谷くん。いっしょに食べるのを手伝って!」

「……そうだな。この量を白石さん一人に任せるのは余りにも酷だし。どこまでできるか分からないけど協力するよ」


 僕と白石は協力してお裾分け弁当を平らげることに。

 一旦、焼きそばパンは置いておくことにした。胃の許容量には限りがある。無駄遣いをするわけにはいかない。

 僕は白石から受け取った割り箸でミートボールを割った。口にする。


「――おおっ! 美味しいな!?」


 ジューシーな肉汁が口の中いっぱいに広がった。


「うん! これもイケる!」


 次に食べた唐揚げは、醤油だしが効いていた。


「守谷くん。ご機嫌だね」

「普段、焼きそばパンしか食べないからかな。どれも凄く美味しい。皆は普段、こんなに良いモノを食べてたのか……」

「どれ。私も食べてみようかな」


 白石は僕と同じミートボールと唐揚げを続けざまに口にした。


「ふむふむ……」

「な? 美味しいだろ?」

「うん。確かに美味しいね。だけど、これなら私の方が上手に作れるかな。ミートボールや唐揚げ以外のものも」

「えっ」

「だから、そんなに美味しそうな顔をされるとちょっとね」


 なぜか白石はクラスメイトの母親たちに張り合ってきた。

 ……いったいどうしたんだ?


「――あっ。もしかして守谷くん、疑ってる?」


 別に疑ってはいない。


「なら、明日ここに来て。本物の美味しいお弁当を見せてあげるから。守谷くんにお弁当を作ってきてあげる」


 美味しんぼみたいな台詞と共に打診してきた。


「えっ? いいのか?」 

「ふふ。楽しみにしててね」


 成り行きで白石に弁当を作ってきて貰えることになった。他の男子たちが聴いたら嫉妬で血の涙を流すことだろう。


 僕たちは再び、タッパーのおかずへと相対する。

 美味い料理とは言え、食べ続けるとさすがに腹も膨れてくる。お互い油物を見ると気が滅入るようになってきた。


「そろそろキツくなってきたな……」

「私に一つ、考えがあるんだけど」

「考え?」


 僕が尋ねると、白石はこくりと頷いた。


「守谷くん。私におかずを食べさせて貰ってもいい? あーんって」

「ええっ? 僕が?」

「別に変な意味でじゃないよ? 人にあーんって言われたら、プレッシャーで食べないといけない気になるかなって。それに気分も変わるだろうし」

「そ、そういうことか。……まあ、このままじゃ完食できないだろうし。わかった。白石さんの案に乗ることにするよ」


僕は割りばしでちくわの竜田揚げを掴むと、


「あ、あーん……」


 と恐る恐る白石の口元に近づける。


 はむっ。

 白石がそれを咥えた。もぐもぐ。


「うん。自分で食べるよりはイケるかも」


 彼女はそう言うと、割り箸でエビカツを掴み――。


「はい。今度は守谷くんの番ね。あーん♪」


 左手の平で受け皿を作り、僕の口元に運んでくる。

 確かにこれは断れない。

 僕はエビカツにぱくりとかぶりついた。

 確かに自分で食べるよりは、食べやすいような気がしないでもない。無碍にはできないというプレッシャーもあるし。


「はい。あーん」「あーん」


 僕たちは互いに食べさせ合う作戦を決行した。

 端からみればとんだバカップルに見えていたことだろう。

 ここが人気のない場所で良かったと心底思った。


結局、この「あーん」をし合う作戦は功を奏し、タッパーいっぱいに入っていたおかずは全て平らげることができた。

 もう食べられないと音をあげれば、食べさせ合いの時間は終わってしまう。だからムリをすることができた面もあった。

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